表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/372

猛烈横着MO攻略②

ポートモレスビー:航空基地



 日本海軍の航空母艦といったら、恐怖と破壊の権化が如く扱われていた。

 故にそれがニューブリテン島ラバウルに停泊中という情報が入るや、連合国軍はたちまちのうちに大騒ぎとなった。珊瑚海方面への侵攻が近いとの判断からではない。恐るべき海の化け物を討伐し、それが常勝無敵の存在ではないことを世に知らしめる、絶好の機会と考えられたためだった。


 事実、要衝ポートモレスビーからラバウルまでの距離は、直線で結べば800キロ程度でしかない。

 つまり長距離爆撃機による打撃が可能ということだった。実際、爆撃隊はこれまでに度々ラバウルを襲っている。戦果が碌に挙がっていないのは、損耗を恐れて積極的行動を避けてきたからであり、停泊中の航空母艦が確認された以上、その前提が覆るのも道理というものだろう。


「爆撃機だ、爆撃機を搔き集めろ!」


「如何なる犠牲を払ってでも、忌々しい空母を沈めるのだ!」


 南西太平洋地域連合軍最高司令官たるダグラス・マッカーサー大将は、シドニーの司令部にて激しく吼えた。コーンパイプの吸い口を噛み千切りながら、何度もそう繰り返した。

 自分がフィリピン脱出を余儀なくされたのは、日本海軍の航空母艦がフィリピン近海を遊弋し、開戦劈頭にクラークフィールド基地を爆撃するなどしてきたからに他ならない。一敗地にまみれた忌まわしき経験からも、航空母艦は沈められる時に沈めねばならぬと分かっている。ニューギニア防衛には絶対それが必要だと、彼は参謀達に念を押しまくった。


 なおフィリピンでの緒戦を飾った零戦隊は、周知の通り台湾の飛行場から出撃したものである。

 だがこの時、マッカーサーはそれを知らなかった。というより世界大戦が終わって随分経った頃であっても、


「そんなはずはない。戦争も終わったというのに、何故隠すのか」


 と頑として認めず、山と積まれた資料を前にようやっと、渋々ながら間違いを認めたという逸話があるほどだ。

 ならばこの時点では誤解したままで当然である。ただ航空母艦の脅威に関する軍事的評価としては、それほど間違っている訳でもないから、何ともややこしいところでもあった。


 ともかくもそうした訳で、ポートモレスビーには爆撃機がドンドコ集結し始めた。

 主力たる空の要塞B-17が4基のエンジンを轟かせ、東京爆撃の功あったB-25も続々と引き出される。他にもA-20攻撃機だとか英軍のハドソンだとか、航空博覧会場めいて滑走路に集い、大急ぎで作戦準備を整える。これまでの少数機によるゲリラ的攻撃とは次元が異なる、持てる限りの戦力を投じた一大航空打撃作戦だ。


「雌伏の時は終われり。今こそ憎き敵空母を撃沈し、反撃の嚆矢とならん」


「真珠湾の仇を、仲間の仇を俺も取りまくってやるぜ!」


「歴史が俺等を見ているんだ!」


 米英、それからオーストラリアのパイロット達は、凄まじいばかりの気炎を上げた。

 彼等が闘志とガソリンとを盛んに燃焼させながら、爆撃機は離陸していった。防護機銃で互いを援護し合えるよう、各機が強靭なる編隊を組み上げ、一路北東へと向かっていく。これまで跳梁跋扈する零戦隊を前に苦闘を強いられ、多くの仲間を失ってきた彼等にとっては、ようやく訪れた捲土重来の機会だった。

 無論、敵本丸への殴り込みであるから、犠牲も決して少なくなるまい。だがそれを恐れる者など1人としていないのだ。


「お前等、海軍野郎に負けねえよう、気合入れていくぞ!」


「おう、敵空母撃沈の栄誉は陸軍航空隊のもんだ!」


 特に米軍機とはお喋りなもので、威勢のよい声が電波に乗っていく。





ラバウル:シンプソン湾



 停泊中の航空母艦『天鷹』。その艦尾扉から、大発動艇が出入りを繰り返していた。

 大発動艇の舳先にワイヤを引っ掛け、どうにか軌条に乗せて下段格納庫に引き込む。そうして積載されていた貨物をエッサホイサと艦に仕入れ、豆戦車を引き込むなど、ポートモレスビー上陸作戦の支度をしているという訳だ。


「それッ、もうひと踏ん張りだ!」


 何とも威勢のいい掛け声は、件の大本営参謀のものである。

 剃られた頭から流れ出る汗をものともせず、作業衣を着て兵とともに弾薬や糧秣を運んでいた。率先垂範、軍人の鑑というもので、一般の脳裏に描かれる参謀の姿とは似ても似つかない。しかもそれをごく自然に、何ともなしにやっているところが物凄かった。彼は実のところ員数外だが、小隊長や中隊長が挙って荷役をやり始める。


 そんなあり様を目の当たりにするものだから、手隙の『天鷹』乗組員の中からも、


「我々も手伝いましょうか?」


 なんて奇特な奴が出てきたりする。それに対して参謀はといえば、感謝の念を表しつつも、


「これは運んでもらう自分等の仕事。海軍サンは艦の安全にこそ専念していただきたい」


 と笑顔で答えたりするので、皆がびっくりしたものだ。

 ああいう傑物が人の上に立つのだ、将来の参謀総長だろう、あんな人の部下になりたいものだ。そんな声が艦内に蔓延し出し、親族への手紙にそんな内容が反映されたりするので、ちっとも面白くないのが高谷大佐などである。


「ガミガミ喧しいのかと思ったら、ちと違ったな」


 高谷はぼやきながら、海原を茫洋と眺める。

 人心掌握のための演技であるなら役者顔負け、そうでないなら天性。一応は艦長に収まっている彼にしても、十分以上に思うところがあった。ただ半世紀の年月によって鍛造された人格というのは容易く修正し得る代物ではないから、どうにも煩悶とする他なかったのである。


 もっとも面倒臭いので、そうした思考はまるで長続きしなかった。

 主力艦撃沈の手柄を挙げる機会が、艦ごと潰されてしまってはたまらないから、今のところは出航後に予想される空襲をどう凌ぐかを考えよう。そんな結論に至った直後、とんでもない発光信号が飛んでくる。


「何、米軍の空襲だと!?」


「はい、大規模な敵航空部隊が急速接近中とのこと」


「拙いな。至急、作業を中止させろ!」


 艦の安全に専念せねばならぬ状況は、思っていたよりずっと早くやってきた。

 ラバウルに殴り込んできたのは60機超の大編隊だった。それも高い防御性能と大搭載量を誇るB-17や、案外と速くて面倒なB-25を中心とした爆撃隊で、護衛戦闘機が随伴していないとしても剣呑なこと極まりない。


 とはいえ早期警戒は成功。一旦陸に上げておいた零戦だとか、現地の九六艦戦だとかが飛び立っていった。

 ニューブリテン島南岸付近の対空監視哨から緊急電があった結果で、空襲が始まるまで1時間弱ほども余裕があった。お陰で戦闘機隊や高射砲隊は余裕をもって邀撃に当たれたし、『天鷹』も錨を上げて罐を焚くことができた。数は多く厄介な機体も多いかったが、シンプソン湾上空にまで到達までに次々と落伍が出る。火を吹く機が出る度、喝采が上がった。

 それでも米英の爆撃機乗りは勇敢だった。僚機を失いながらも編隊を維持し、爆撃航程に入らんとする。


「どうもやたらと狙われるが……当たらなければどうということはない」


 波状攻撃を躱しつつ、高谷は焦燥しつつも豪語した。


「敵機5、向かってくる」


「ほれ、取り舵」


 抑揚の独特な復唱が木霊し、直後に敵機投弾の報告が舞い込んだ。

 高度3000からの水平爆撃というのは、特に航行中の艦にはそう当たるものではなし。だが敵もさるもの、B-17からポロポロと落とされた爆弾は、投網となって襲い来る。公算爆撃と呼ばれる奴だ。


 それから何十秒ほどは、あたかも針の山に座しているかのよう。

 だが艦の舵が利き始めると、焦燥も僅かに和らぎ始める。これで当たるようなら大変に運がないとなるのだろうが、どうにか回避に成功したようで、右舷の先に次々と水柱が立ち上る。見たところ500ポンド爆弾のようだから、飛行甲板に当たっていたら作戦参加が危ぶまれていただろう。


「まあ、ざっとこんなもんだ」


 敵機が一目散に逃げ出してから、高谷はガハハと笑った。

 空襲の被害といえば、繋ぎ方が甘かったのか、露天係止の陸軍機が1機転落したくらい。それから下段格納庫で豆戦車がひっくり返り、負傷者が出たという。他の艦に関しては敷設艦『津軽』が1発食らって損傷、駆逐艦『追風』が深手を負いて後退という具合で、まあ作戦続行に支障はないといったところ。


「我が『天鷹』はお天道様に守られておるのよ」


「そのようですな。先程の操艦、お見事でした」


 いつの間にか大本営参謀が艦橋に現れていた。

 見れば左腕に添木を当てられ、包帯を巻いている。ひっくり返った豆戦車に足を挟まれた兵を助けんとしたところ、彼も巻き添えを食らったらしい。ならば名誉の戦傷ということで、東京に戻ってはくれぬものか。高谷は切に願いはしたが、そればかりは聞き入れられそうにない。

明日も18時頃に更新します。


開戦劈頭のクラークフィールド空襲、ありもしない空母を探し回っていた……なんて話は実際にあったかと思います。

なお大本営参謀ドノは負傷しても帰ってくれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 実に『あの参謀』らしい話でしたw
[一言] 参謀どのー頼むから帰ってー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ