脅威! 青天の霹靂作戦⑧
硫黄島:元山飛行場
深夜の滑走路。その両端には石油缶が並べられ、煌々たる炎が灯されていた。
記すべくもなく、夜間着陸を敢行する機があるからである。横須賀を奇襲した米機動部隊は次第に南下し、日暮れの頃に小笠原の主だった島々も空襲を受けた。ならば次が硫黄島であることは自明であって、松山にて再編中であった第341海軍航空隊が、急遽分遣隊を投入することとなったのだ。
そうして日付が変わって十数分が経過した頃、北の空より遠雷が如き音が轟き始めた。
2000馬力を誇る誉エンジンの、凛々しさしかない大合奏だ。現れたのは紫電改18機。抜本的な再設計を経て海軍の主力戦闘機と見做されるようになった悍馬が、ほぼ時刻通りに、1機として欠けることなく到着したのである。それだけを採っても、この部隊がとんでもない腕利き揃いであることが伺え、地上要員達は期待に胸を膨らませた。
そして精鋭どもは摺鉢山上空を旋回し、順々に降り立ち始める。優雅な三点着陸を決める機もあれば、なかなかに豪快な降り方をする機もあるが、いずれも危なげな気配だけは感じられない。
「第341海軍航空隊元山分遣隊、ただいま到着いたしました」
「おおッ、待っておったぞ。貴様等がいれば百人力よ」
早速指揮所にやってきた海鷲どもに、基地司令もご満悦。
当初より展開していた零戦などと合わせると、元山飛行場の戦闘機は50ほどにもなる。万全という言葉にはほど遠いとしても、確かな戦力なのは間違いない。
「諸君等も理解している通り、明日は一大決戦になると予想される。空の関ケ原だ」
明日の大空戦を夢見る搭乗員どもを前に、飛行隊長が作戦概略を説明する。
横須賀を襲った米機動部隊が凄まじく強力であること、既に米艦載機がかつての弱敵ならざることを、隠し立てなく明瞭に伝えていく。それでも誰もが意気軒高、怖気などこれっぽっちも見られない。
「恐らく日の出と同時に、100を超える数の敵機が襲ってくるだろう。だが意表を突いて昼頃に来るかもしれん。故に半分が直掩に上がり、もう半分が電探が敵影を捉え次第すぐ上がれる態勢を取る。とにかく第一波を凌ぎ、飛行場を守り抜くことを考えろ。降りられなくなったらそこで試合終了だからな」
「了解。是が非でも飛行場を守り抜きます」
「よろしい。説明は以上だ。各自搭乗割をきっちり確認し、戦に備えて目を休めておけ。解散」
かくして訓示は終了し、空の荒武者どもは待機に移った。
夜明けまでの時間はさほどなく、覚醒剤の影響で既に頭が冴えていたりもするので、適宜座禅を組むなどして過ごす。生きて明日を迎えられる者は、このうちの半数に届くまい。それでも元より空に散るのを覚悟で搭乗員となったのだ。確固たる矜持をもって朗らかに、互いの存在を己が精神に焼きつけながら、ゆっくり時を待っていく。
「孤軍奮闘というのもまあ悪くない。精々、敵機をデストロイさせてもらう」
破壊的な言動と行動で名を馳せたる紫電改乗りの中尉は、かように息巻き拳を鳴らす。
ただ彼の見立てには誤っている部分があった。現時点で知る由はないとはいえ、硫黄島の戦闘機隊は孤軍でなくなるからである。
太平洋:硫黄島南方沖
「おいおいおい……何なのだよ、これは」
聯合艦隊司令部より直接送り付けられた緊急電は、向こう見ずの高谷少将をも絶句させた。
やれるだけやって駄目なら水漬く屍になればいいと、普段から公言して憚らぬような人物ではある。とはいえ航空母艦1隻と幾許かの護衛艦艇でもって、5倍だか6倍だか分からんような敵と対峙しろと命じられるとは、流石の彼も思っていなかったのだ。
そのため通信参謀の佃少佐などは、受信に失敗したことにしてはと冗談半分に言い出す始末。
だが無茶苦茶なものであっても命令は命令だ。上意下達なくしては軍隊など成り立たぬし、大元帥陛下に背くなど論外に他ならぬ。それに先程駆けつけてくれたばかりの軽巡洋艦『十勝』、つまりは元フランス海軍の『ラモット・ピケ』が、まったく同じ内容を馬鹿正直に転送してきた。となるとどうあっても闇に葬れず、受領する他なくなってしまったのである。
「まるで捨て駒ではないか。聯合艦隊は我等が『天鷹』を何と心得ておるんだ?」
「割とその、今更じゃないですかね……」
航海参謀の鳴門中佐が適当な口調でぼやき、
「評判が芳しかった試しがあるかと問われると、正直記憶にございませんし」
「メイロ、貴様がそんな腑抜けた態度だから無理難題を押し付けられるのだ」
もっともそんな具合に業腹しても、聯合艦隊司令部が命令を取り消す訳でもない。
普段の素行不良とさっぱり挙がらぬ戦果を論われるのが日常茶飯事であれ、何だかんだで今次大戦を生き延びてきたのが『天鷹』だ。とはいえ悪運もこれまでかもしれぬ、そんな雰囲気が公室にじんわりと滲み出す。
「ただ硫黄島近辺に米機動部隊が来寇するとして、それに即応できる戦力が我々しかおらんのは確かなようですよ。となればどうあっても戦わざるを得ないかと」
「むむむ……」
高谷は眼球をギョロつかせ、暫し沈思黙考。
そうして頭を巡らせて十数秒を経た後――面倒になり、あっという間に覚悟を固める。
「ならば腹を括る以外に道はあるまい。ここで敵と刺し違えてくれる。持てる艦載機の全てを発艦させて大攻撃隊を編成、『天鷹』を公共の電波でもって蔑んでくれおった米客船改装空母に集中爆雷撃を仕掛け、一気に撃沈してしまうのだ!」
「ええと司令官、落ち着いてください」
飛行隊長の博田少佐がすかさず割って入り、
「バンカラもよいですが、もう少し色々と考えていただきませんと。それじゃ話になりません」
「何だバクチ、この期に及んで臆しおったか?」
「自分は平素より金銭を賭してクソ度胸と勝負勘を養い、有事には命を賭して全身全霊戦い抜く所存です。ですが少将、古賀長官直々にどんな命令が飛んできたか、もう一度思い出していただきませんと」
「うん……?」
顔面に激情を滾らせながらも、高谷は改めて命令文を睨みつけた。
微妙に全体性が喪われていたようだった文字列が、どうにかまとまりを取り戻す。内容はといえば――硫黄島の戦闘機隊と共同して敵航空戦力を漸減しつつ、機を見て反撃を実施して米機動部隊を誘引、主攻部隊が到着するまで拘束するといったもの。つまるところ圧倒的に優勢なのを相手取って時間を稼げということで、やはりまともな神経で発せられたものとは思い難い。
実際、こちらの戦力はなかなかにお寒い限りなのだ。
先のお節介軽巡洋艦『十勝』はサイパン停泊中に横須賀空襲の報を受けるや、すぐさま扱い難い機関に火を入れ、秋月型の『新月』を含む駆逐艦4隻を引き連れて第七航空戦隊に合流してくれた。お陰で一応は輪形陣を組むことはできる。ただたった一重のそれに何処まで期待できるかは怪しいところであるし、そもそも予定になかったものだから、如何なる人物が艦長をやっているかもまともに把握できておらぬのである。
ついでに『十勝』は貰われっ子だからか兵装実験艦みたいな扱いになっているようで、対空火器が充実しているとのこと。ただし詳細なところはよく分からず、戦力としては不明瞭だった。
「まあどうにもムシャクシャして敵わんが、とりあえず命令通り動く他ないな」
高谷は曲がりなりにも自然的に結論付け、
「メイロ、硫黄島まであとどれくらいだ? それから米機動部隊はどの辺りにいる?」
「午前6時半には硫黄島沖に到達の見込みです」
鳴門は相応に明瞭なる声色で応答。
更に情報があれこれ書き込まれた海図を一瞥し、僅かな時間を置いてもう一方の質問に移る。
「それから米機動部隊の現在位置ですが……父島東方沖にいるものと推定されます。ここから更に南下し、硫黄島と父島を底辺とする二等辺三角形の頂点に占位、夜明けと同時に双方に100機ずつの攻撃隊を送り込む構えではないかと」
「ふむ。ところで我等が七航戦は、未だ敵の接触を受けてはおらんはずだな?」
「はい。デンパによると、特に怪しい波は出ていないそうです」
「把握した。ならば我等が征くべきはここ、面舵だ」
高谷は海図上の一点をバシッと指差し、語気を大いに強めて命じる。
周囲からはざわめきの声。それでも彼は顔色一つ変えることなく、あくまで己が直感に従った。
「数に驕れるアメ公どものケツを真下から蹴り上げ、思い切り痛い目に遭わせてやるのだ。まさに金的殺法よ」
次回は8月13日 18時頃に更新の予定です。
いよいよ硫黄島沖での航空戦が始まりそうな状況です。航空戦の行方や如何に?
ところで仏軽巡洋艦『ラモット・ピケ』が『十勝』として戦列に加わりましたが、案外この艦が登場する作品って少ないかもしれません。