脅威! 青天の霹靂作戦④
太平洋:犬吠埼南東沖
黎明。空前絶後と評する他ない数の艨艟が、10月半ばの荒海の中を威風堂々驀進していた。
艦隊型航空母艦7隻を中核とする第38任務部隊である。合計600機超の艦載機を擁し、2隻のアイオワ級戦艦を始めとする40余の艦艇を護衛として従えたるそれは、世界に比べ得るもののない最強の艦隊と言えそうだ。
この破壊という語を具象化したような機動部隊は、驚くべきことに日本列島から僅か220海里の沖にあった。
しかも飛行甲板の後ろ半分には金属製の猛禽類が犇めき合い、晴れ渡りたる蒼穹を叩き割らんばかりに、ダブルワスプエンジンの大合奏を始めていた。それらが翼下や胴体に抱かれた爆弾やロケット弾が、何処に叩き込まれるべきものかは言うまでもない。奇襲的なる一撃をもって、関東地方に存在する航空戦力を粉砕する所存なのである。
「諸君、満願成就の朝が来た。戦争の夜明けにようこそ!」
史上最大の軍艦たる航空母艦『ラファイエット』。その艦橋にて、ハルゼー大将は獅子吼する。
とにかく感慨深かった。開戦以来やられる一方だった太平洋艦隊が、冷酷無比なジャップ殺戮機械と化すのだ。もうじき夜明けだろうが、赫々たる戦果とともに日は沈む。その瞬間が楽しみで仕方ない。
「真珠湾奇襲の仕返しが、舐められた屈辱を倍返しにするためのスカイボルト作戦が、今ここに始まるのだ。最も技量優秀なる諸君こそ、反撃の嚆矢に他ならない。目標は東京周辺の航空基地や軍港、そして停泊中のジャップ機動部隊だ。目に付いた艦艇と軍事施設は、皇居以外は何でもぶち壊して構わん。ともかくやりたい放題やってこい」
ハルゼーはそこで一呼吸置き、
「以上だ、発艦はじめ!」
「アイサー! 日本語を話す奴は片っ端から地獄送りよ!」
攻撃隊長もまた獰猛に雄叫び、機動部隊の実力が解き放たれ始めた。
機敏な動きと大仰な身振り手振りで人々を魅了する、色とりどりのジャケットを着た甲板要員達。彼等が細心の注意と沸騰せんばかりの熱量をもって送り出すは、男児の永遠の憧れなる空の戦士達。階級や職掌の差はあれど、誰もが主役だった。
そして獰猛なる戦闘機は甲板上を慎重に進み、油圧式カタパルトへと連結された。
「いいぞ、貴様も英雄の一部だ。征ってこい!」
目を爛々と輝かせたカタパルト士官の絶叫とともに、攻撃隊の発進は始まった。
風上に向かって疾駆を続ける7隻の航空母艦。何千という眼差しに見送られながら、F6FヘルキャットやF4Uコルセアが轟然たる勢いで飛行甲板を加速していく。危うげなく宙へと舞い上がったそれらは、艦隊上空をグルリと旋回しつつ僚機を待ち、整然と隊伍を組み上げる。制空を目的とした総勢200機の先遣隊だ。
「空前の勝利はまさに目前、見事この手で掴み取ってくれる」
心地よい爆音の中、ハルゼーは拳に渾身の力を籠める。
これまで敵に発見されなかったのは、まさしく奇跡だった。それも無謀な作戦との誹りを何度も退け、断じて行った末の奇跡であった。恐らく真珠湾奇襲を前にした南雲や山本も、同じ気分を味わっていたに違いない。
「ならば今度は俺の番だろう。徹底的にボコボコにしてやるから覚悟しておけ!」
勝浦市:防空監視哨
「うん、何だ……妙な音がしているな」
太平洋を望む丘陵に建てられた民防空監視哨。もうじき当番の明ける三谷少年は、微かに響く遠雷の如き音に気付いた。
元服を終えて間もない彼は、ごく普通の漁師見習いである。だが昔から耳には自信があった。悪ガキの頃からその敏感性を活かし、皆が寝静まった頃に響いてくる母親の喘ぎ声を始めとして、まあいらんことばかり盗み聞いたりしてきたのだが――少なくともこの業務にはうってつけの能力を有していた。
そして今まさに聴知したそれに、どうにも嫌な予感を覚えていた。
何故なのかはよく分からない。だが特設監視艇として太平洋に出ていた漁船が、先週相次いで米潜水艦に襲撃されたという噂と、不可思議な因果があるのではないかと思えたのだ。
「班長、海の方からゴーッと響いてきております」
三谷はただちに報告を上げ、
「耳慣れぬ音です。もしかすると米軍機のものかもしれません」
「いや、別に何も聞こえんが……」
監視哨の滝原班長はまず怪訝そうな声色で応じた。
海鳴りを敵機と間違えるなど日常茶飯事だ。とはいえ万が一もあり得る、すぐさま面持ちに変化が表れる。
「よし、双眼鏡で捜索してみろ」
「了解いたしました」
首を左右させて大まかな到来方向を探り、急ぎ双眼鏡に取り付く。
音は先程と比べて明瞭に聞こえるようになっており、それが一層の不安を掻き立てた。学がある訳ではないので、音響に関する諸々の理論を野獣的感性で肩代わりさせ、何とか違和感を見出さんと試みる。
そうこうしているうちに、異音は常人にも判別できるほどの大きさとなってしまった。
本当に拙い状況かもしれない、三谷は焦りを覚えた。またその一方、味方の危機を救う少年軍記ものの主人公に自分を準え、今こそ死力を尽くせ己を叱咤する。そうした努力が奏功してか、索敵を開始してから数十秒の後、彼は東南東の空に異物を発見した。死を携えた多数の逆カモメ状の機影が、明るみ始めた水平線ぎりぎりを飛行していたのだ。
「て、敵機多数を視認!」
「何ッ、本当か!?」
「間違いありません、三時半の方向より急速接近中!」
三谷は声の限り叫び、あろうことかそれが空襲の第一報となってしまった。
千葉県太平洋岸には相応に高密度な電波警戒網が敷かれ、弛まぬ監視を続けていたが――低高度から殴り込んできた米攻撃隊の前にはほぼ無力だったのである。
館山市:館山海軍航空基地
「米艦載機の空襲だと……糞ッ、何たることだッ」
横須賀鎮守府より発せられた空襲警報は、基地司令たる中村大佐の顔色をなからしめた。
南東より急速接近する敵機多数を、勝浦の監視哨が捕捉したというのだ。しかも推定100機超と尋常ならざる規模で、それらは既に日本本土上空にあるかもしれぬという。
態々言葉にするまでもないが、かような芸当は空母にしかできぬ。
その事実に打ちのめされた中村は、喧しく鳴り響くサイレン同様に泣き叫びたくなった。現在の館山海軍航空隊は、主として東日本近海の哨戒を実施する部隊でに他ならない。少数であれ最新鋭偵察機の彩雲すら装備していながら米機動部隊の接近を見逃し、あまつさえ空襲が始まるまで気付かなかったとあっては、大失態もいいところだ。
更に思い出すならば――山本大将が視察に訪れた際、ドゥーリトル空襲の再来を懸念したのに対し、索敵は任せろとバリバリ壮語していた。恥ずかしくて生きていられないにも程がある。
「ああ、俺はここでおしまいだな……」
「司令、そんなこと言っておられる場合ですか!?」
副長もこれまた血相を変えていて、
「直ちに空中退避を命じていただきませんと。片っ端から地上撃破されてしまいます!」
「うん、そうだな……いや、何だ」
中村は盛大に狼狽しつつも、己が舌をきつく噛んでどうにか正気を取り戻す。
それから敵機を視認した勝浦から、直線距離で40キロほどしか離れていないことを思い出した。
「退避だ、搭乗員はただちに壕に退避」
「しかし司令」
「空中退避など間に合わん、ほれ急がせろ」
中村は有無を言わせず命令し、その判断はまったく正しかった。
ただ空襲が始まるまでの時間は想像以上に不足していた。何時の間にやらおどろおどろしい発動音が喧騒に混じり始めた思いきや、突如として閃光が走り、耳を劈くような大轟音が響き渡った。滑走路上にあった九六式陸攻が爆風に拉げ、燃え上がる。
「馬鹿な、もう始まったと……」
口許より漏れたる絶望的な呻きは、発声途中に強制終了させられた。
館山航空基地を襲撃した恐るべきシコルスキーの群れ。そのうちの1機が放った500ポンド爆弾が、最前線と比べればまるで防備も擬装もないような指揮所を直撃してしまったのだ。
横須賀:追浜飛行場上空
「見事に奇襲成功ですね、エッジ。真珠湾の仕返しだ」
「そうだなマイケル。これが初陣だとは、お前サンまったくツイてるぜ」
F4Uコルセアを駆るブレイズ少佐は、改めて眼下を眺めてほくそ笑む。
日本海軍の牙城とでも言うべき横須賀軍港。その周辺は既に地獄さながらで、あちこちで濛々たる黒煙が上がっている。恐ろしいジークもボコボコの滑走路の脇で燃え盛るジュラルミン塊になっていて、そのうちの何機かは、今回新たにコンビを組んだミラー中尉との共同戦果だった。
であれば後は第二波の到着まで粘るだけ。航空時計を一瞥し、残り何分ほどかと訝った。
港湾には複数の航空母艦が停泊している。真珠湾以来の仇敵たる翔鶴型も揃っている。それらを急降下爆撃隊や雷撃隊がコテンパンに叩き潰すところを見物し、ホノルルで待っている女の子達に対する自慢話のタネにしたいところだ。そのためにも、空をバッチリ制圧し続けておかねばならない。
加えて重要なのは、ミラーを帰還させることだ。中隊でも最年少の彼は、期待の新人だが敵を侮り過ぎるきらいがある。
「エッジ、三時上方に敵影多数」
「何ッ」
すぐさまその方角に視線を固定させる。
それらしきものが十数機、確かに目に留まった。スラリと長い胴をしたフランクだ。日本では疾風だか突風だかと呼ばれているそれらは、2000フィートほどの高みから一直線に突進してくる。なかなかやるじゃないか。
「三時上方に敵機だ。全機ブレイク、互いの相棒を見失わず戦え」
編隊を解かしめた後、ブレイズは間を置くことなく増速。
ダブルワスプエンジンの鼓動と加速度が心地よい。多少の不利などひっくり返してくれると操縦桿を決断的に握り、それから背後を確認する。ミラー機は過不足なく追従してきていた。
「マイケル、さっきはお手柄だったぞ」
「どうってことありません。もっと獲得してみせます」
「今日のところは手柄を持って帰還するのが優先だ。出っ歯のメガネと敵を侮るな、何が何でもついてこい」
ブレイズは少しばかり厳かな声で命じ、速度を維持した右旋回へと突入した。
六時を再度確認し、フットバーを力一杯に踏み込む。全身を揺さぶらんざかりの衝撃を堪え、高速を利しての一撃を横滑りで回避。僚機との連携の下、反撃に移らんとエンジンを猛らせる。
かくして激烈なる決戦場となった大空は、それ自体が重力を有しているかのよう。
敵も味方も片っ端から引き寄せられ、幾筋もの飛行機雲が交錯、真剣勝負に敗れたる者から墜ちていく。空中戦はほぼ拮抗。誰が生き残り、誰が勝者となるのかはまだ分からない。
「だが……俺達がここで互角なら、合衆国の勝ちは確実だ!」
次回は8月1日 18時頃に更新の予定です。
第38任務部隊による本土空襲が、ほぼ最悪の形で始まってしまいました。
攻防ともに圧倒的で、更に戦いの主導権すら握った敵を前に、聯合艦隊はどう巻き返しを図るのでしょうか?




