始動! 連合国大反攻作戦
ワシントンD.C.:ホワイトハウス
このところのルーズベルト大統領は、今までになく神経質になっていた。
今までもそうだったと言われれば、その通りなのかもしれないが――ありもしない盗聴装置を探させたり、政権内にドイツのスパイが潜んでいると言い出して側近を振り回したりと、顕著に脳味噌がおかしくなっている部分が否めなかった。挙句、お気に入りの秘書相手に赤ちゃん言葉でダダを捏ね、元々関係の冷え込んでいたエレノア夫人を心底呆れさせたというから、色々と拙いのではないかと懸念する者も出て当然である。
かような表沙汰ならぬ醜態の原因として真っ先に挙げられるのは、再来月に行われる大統領選挙であろう。
ルーズベルトの人気は未だ根強く、世界大戦の最中に指導者を変えるべきでないとの声も大きいから、史上初の四選すらも視野に入ってはいる。それでもここにきて、共和党のデューイ候補の追い上げが相当なものとなっているようだった。ギャラップ社の調査では僅差ということになっているし、東部の幾つかの有力州では逆転を許してしまったとの情報すらある。
それから副大統領候補を選出するに当たって、これまで忠実に職務を遂行してくれたウォレスが、
「あいつこそ本物の共産主義者で、ソ連邦のスパイだ」
「仮にあれが大統領になりでもしたら、合衆国がコミーランドになっちまうぜ」
といった言葉の暴力に晒され、南部の赤首な上院議員どもがそれに同調した結果、トルーマンとかいう人物が指名される運びとなってしまった。
かの弁護士上がりの地味っぽい人物を、正直なところルーズベルトはよく知らない。そんな調子の狂いそうな二人三脚でもって、結構な厳しさが予想される選挙を勝ち抜かねばならぬのだから、気が重くなるのも仕方ない。
「ともかく……ここで反攻を成し遂げねば、連合国は瓦解を余儀なくされるかもしれぬ。勝利が必要なのだ」
個人的事情を連合国全体へと微妙に転嫁させつつ、ルーズベルトは言葉を紡いでいく。
それらをまことに真剣に、あるいは多少の苦笑を混じえつつ拝聴するは、陸海軍の統帥を任された将官達。
「実際、ついこの間もチャーチル卿がジェットだロケットだと電話を寄越してきてきたし、スターリン書記長に至っては対日戦を一時中断してはどうかと暗に仄めかしてきた。まったくあり得ん話だ。あり得ん話だが、我々が明確な勝利を挙げていないからこんな情けないことになってしまう。その意味においても一刻も早い作戦発動が求められており……最も重要なのが、欧州大陸に他ならない。マーシャル将軍、第二戦線構築の準備は滞りなく進捗しておるのだろうね?」
「はい閣下。既に英本土には、機械化充足率の極めて高い150万もの連合国軍将兵が待機しております」
陸軍参謀総長たるマーシャル大将が、地図上に並べられた多数の駒を指しながら答えた。
それから1万機もの作戦機と戦艦5隻を含む150隻近い艦艇が空や海から支援する態勢を整え、4000もの上陸用舟艇が用意されていると付け加える。圧倒的という他ない戦力だ。
だがルーズベルトが苛立ったのは、その言葉の端々に妙な懸念が滲んでいることだ。
確かにドイツ軍は強力である。世界初の実用ジェット戦闘機からなる飛行隊を運用し、70トンもある超重戦車を備えた機甲師団を幾つも編成している。それでも何百億ドルという予算を投じ、渋る財界を説得して武器弾薬を量産せしめ、邪悪なナチ軍団を撃ち破れるだけの物量を用意したのではなかったか。
「マーシャル将軍、先程から君の口ぶりを聞いておると、何か厄介な懸念事項があるのではないかと思えてきてならんのだが……我等が合衆国軍がドイツに負けるようなことは、万が一にもあるまいな?」
「閣下、戦の世界において確実に言えることがあるとすれば、それは確実なことは何もないということになりましょう」
堅物のマーシャルは不愉快な前置きをし、
「その上で敢えて申し上げますならば、欧州上陸の成功はほぼ確実です。東部戦線で苦戦続きのソ連邦も、これで息を吹き返すに違いありません。ただ……フランス人の反応は予測困難かつ気がかりとしか言えません。半月前に始まったマダガスカル上陸は概ね予定通りに推移しておりますが、同島守備隊は未だ抵抗を続けております。フランス本土でも同様の傾向が見られた場合、軍事的にはドイツ軍の打倒は可能としても、かなり厄介なことになるかと」
「ううむ。自由と博愛を愛する国民が、何故そんなことになるのだ?」
「折り紙付きの変態性癖主義者でもあるからでしょう」
眉を潜めたくなるような横槍が入れられた。
態々問うまでもなく、海軍作戦部長にして合衆国艦隊長官なるキング大将の暴言だった。例によってサンドイッチをパクパクと食べながら、小馬鹿にしたような顔をしている。戦時中は彼のまたとなき実務能力が不可欠だとしても、戦争が終わったらさっさとクビにしてしまおうと、ルーズベルトは改めて思った。
「例えばあの国の文学作品ときたら、陰湿で変質的で負け犬気質なものばかり。そんなしょうもないのが流行るくらいですから、人間の方も同じなんでしょう。だから大軍を有しながらもドイツにボロ負けするし、ナチ野郎にヘコヘコすることに躊躇いがなく、黄色人種どもに戦艦を身売りさせたりもする。それでいて見栄っ張りだってのだから救い難いですな。あの国でいいのは女だけだ」
「キング長官、ここは貴殿の趣味趣向や個人的感想を披露する場だったかね?」
「フランス人の反応が気がかりと言われたので、彼等の性癖について説明したまでですな」
陸海軍の軍令の頂点がまるで無意味な火花を散らし、頭痛がその分激しくなった。
キングの性格破産者ぶりはあまりに有名だが、最近は更に磨きがかかっている。ここ10年で最悪の出来栄えといった具合で、我慢強かったマーシャルも最近は堪忍袋の緒が切れっ放し。
もっとも仮にも大将である。単なる悪口の専門家に、大海軍の長は務まらない。
「そうした意味では、パリが落ちればだいたいの事は片付くでしょう」
キングは凄みのある断言をし、
「連中はヘタレでカエル食いで事大主義なので、パリが陥落すれば今度はドイツ人に牙を剝きますよ。やることといったら捕虜や対独協力者を虐め殺すのが精々かもしれませんが、スーパーマンみたいに強くて格好いいアメリカンボーイズには逆らわない。ですから難しいことを考えず、ただパリに向けて進軍すればよいのです」
「なるほどな」
物言いたげなマーシャルに先んじて、ルーズベルトは興味深げに肯いた。
あまりに短絡的な侮蔑言動であるとはいえ、何処か物事の核心に迫ったところもあると思えてしまったのだ。実際、首都を取り戻すことの戦略効果は絶大であろうし、事大主義云々という嫌な精神性にしても――唯一絶対の神に与えられし智慧を母親の子宮に置き忘れてきた輩がそれだけいるのかと思うと暗澹たる気分になるが、人間の本性とか表現されるべきものの中に含まれていてもおかしくはなさそうだった。
あるいはこうした直截さこそ、暴言暴君が眼前に座っている理由なのだと回顧する。
それに以前、罵詈雑言の果てにキングの案を採った覚えもあったし、考えてみればそれこそが今現在に繋がっているのだ。先程は戦争が終わったらクビにしてやると思いはしたが、間違いなくそれは戦争が終わった後でなければならない。そんな具合に考えを固めた後、視線を卓上に広げられた地図へと落とす。
「まあ予定通り9月中旬に上陸として……パリ解放まで1か月半というのは難しそうか」
「クリスマスまでに云々という言い回しは、特に軍事の絡む話題では好ましくありませんが、概ねその頃の予定です。国の内外に諸々の事情があるとしても、私にも将兵に対する責任がございますので」
マーシャルはなかなか事務的で無感情な口調で説明する。
フランス北岸への上陸に成功しさえすれば、ようやくの大反攻となる訳であるから、それだけでも大統領選挙への寄与は大きいだろう。ルーズベルトはそのように楽観せんとし、香り立つコーヒーに砂糖など放り込んでいると、キングがまたも大胆不敵な笑みを浮かべていることに気付いた。
「大統領閣下、二番目に重要なことをお忘れではありませんか?」
「うん、何だね?」
「太平洋戦線に他なりません。確かに欧州上陸より優先度が落ちるのは致し方ありませんが、こちらもまた反攻の時です」
自信に満ち溢れたる口調で希望は語られ、ルーズベルトはその内容を心の内で反芻する。
その通りであった。ガダルカナルではまたも遅れを取ることにはなったが、大躍進に備えて身を屈めたが故。そうした事実関係は胸に炎を灯すには十分過ぎ、それを見計らったようにキングは続けた。
「太平洋艦隊は空母10隻を中核とする200隻の大艦隊を擁し、更にその戦力を増強しつつあります。またこれをもって忌まわしき日本海軍を徹底的に、跡形もなく撃滅する方策を……あの恐るべき『大和』を過去のものとし、忌々しい食中毒空母を海底に叩き込む大作戦を、全力をもって発動する用意を既に整えております。となれば……赫々たる戦果を、2か月以内に挙げてご覧に入れましょう」
次回は7月11日 18時頃に更新の予定です。
遂に連合国軍による反攻作戦が、欧州と太平洋の双方で発動します。
満を持しての大作戦となりそうですが、それを迎え撃つに十分な戦力を枢軸軍も有しています。世界大戦の行方は、それからル大統領の四選や如何に?




