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インド洋放漫作戦⑤

インド洋:セイロン島南東沖



「複葉機じゃなかったら即死だった」


 高谷大佐は胸を撫で下ろし、ボソリと呟いた。

 実際、雷撃機は30機ほどもやってきた。九七艦攻と同程度の機体がそれだけの数で襲ってきたら、艦の構造的な弱点も相俟って、危ないことになっていただろう。だが英海軍の雷撃隊は全部複葉機で構成されていた。速度もまた随分と遅い。お陰で零戦が編隊をひっちゃかめっちゃかにできたし、対空砲火もよく当たったので、射点に着けた機があまりいなかったのである。

 更に言うならば、ぎりぎりで発艦が間に合った零戦が、味方の誤射も恐れぬ大立ち回りを演じたことも見逃せない。


「損害は『足柄』の被雷だけでしたな。まあ旗艦ですが」


 副長の陸奥中佐が言い、


「しかも応急処置が適切で、最高速力が28ノットに低下ってだけで済んだと。うちとはえらい違いだ」


「ムッツリな、そういうことは言うもんじゃあない。まあ事実だが」


 乗組員の練度は自分の兵学校時代の成績が如しで、高谷は困った顔をする。

 加えて航空母艦『天鷹』は元々が客船であり、しかも変テコな構造をしていることもあって、魚雷防御力が高いとは言い難い。1発の被雷で浸水が止まらなくなり、航行不能や沈没に至る――という可能性すらあり得るのだ。

 そうした事情を踏まえれば、損害を被った『足柄』には悪いとはいえ、まあよかったと思う他ない。


「で、撃墜は40近くにもなったのか」


「はい。まず爆撃機を9機。続いて戦闘機が5に、雷撃機が23。大航空戦だと自慢できますな」


「ところで戦闘機、随分と少ない気がする」


「どうも打井少佐が、雷撃機を狙うよう指示したとか」


「あの話を聞かないダツオがか? どういう風の吹き回しだ?」


「トンマーなんて撃墜しても嬉しくないとか」


 英海軍の艦載戦闘機たるフェアリー・フルマーは、随分な渾名を付けられたものである。


「相変わらずチンタラと向かってきたので捨て置き、先に雷撃機を片付けたんだそうで」


「ううむ、まあ結果論としては万々歳ではあるか。一騎打ちにかまけて帰る母艦がなくなったら元も子もないと、あいつもちっとは思ってくれたのかもしれんし……それはそうと、まだ敵艦隊は見つからんのか?」


 少しばかり心許なげな口調で高谷は尋ねる。

 無論のこと第二次攻撃を受ける可能性については、あまり頭に入っていない。


「敵が逃げてった方に索敵機を送ったはずだ、何故まだ見つからんのだ? 早くせんと日が暮れてしまう。戦果を挙げて聯合艦隊を見返す機会が遠のいてしまう」


「まあそのうち見つかるでしょう」


 陸奥は投げやりな調子で返し、実際そのようになった。

 ただし高谷の言う通りにもなった。スコールの下にでも隠れていたのか、索敵に出た九七艦攻は往路で敵を見逃してしまい、帰投の途上でようやく英東洋艦隊を発見した。日暮れ間際の出来事で、しかもこれから針路を南西に取らねばならぬので、『天鷹』の艦体は地団太に揺れた。





インド洋:セイロン島東方沖



 英東洋艦隊の首脳達は、暗澹たる現実に打ちひしがれていた。

 チャーチル首相の台詞ではないが、信じて送り出した海軍航空隊が、日本海軍の対空迎撃で大損害を受けてしまったからだ。32機もの雷撃機を20機の護衛機を付けて発進させたにもかかわらず、戻ってきたのは半分より少なかった。損傷を受けた機体も多かったから、航空戦力は激減という他ない。

 しかも南雲機動部隊に対する決死攻撃の結果ですらなかった。相手が改装航空母艦1隻ならと出撃を命じ、直衛の巡洋艦1隻に損害を与えたのと引き換えに、壊滅的打撃を被ってしまったのである。


 挙句の果てに先程、索敵機に発見されてしまった。

 既に午後4時過ぎであったから、今日のところは空襲に見舞われはしないだろう。だが明日以降は分からない。接近しつつあるはずの南雲機動部隊の位置は依然掴めておらず、このままでは一方的に叩き潰されてしまう公算が著しく高い。貴重な主力艦を喪う訳にはいかぬから、暴風が過ぎるまで何処かに避退しておくのが妥当だろう。


「だが……何処へ赴くべきか」


 戦艦『ウォースパイト』司令長官公室での討議にあって、サマヴィル中将は大いに悩んでいた。

 本来ならば、アッズ環礁の秘密基地に逃げ込む予定である。だが今からそちらへ向かうとなると、件の小艦隊の哨戒圏内を突破せねばならないという問題が浮上した。全く、厄介なところに占位されたものである。『インドミタブル』が拿捕されたことといい、あの改装航空母艦は悪魔か何かかと悪態を吐きたくなる。


「とはいえ、流石にマドラス方面への後退は拙かろうな」


 それについては司令部全員の見解が一致するところであった。

 東南アジア方面から迫る優勢な敵艦隊を相手に、ベンガル湾に逃げ込むのは、袋のネズミになるのと一緒である。インド本土とセイロン島の間を通過すればと、世界地図を一瞥しただけなら思うかもしれないが、ポーク海峡は砂洲と浅瀬の連なる海だか陸だか分からない海域だ。大型艦が通れば確実に座礁してしまう。


「とはいえあの忌まわしき食中毒客船空母を何とかせねば、敵の目を逃れることは難しい」


「いっそのこと高速の巡洋艦部隊を分派、夜のうちに距離を詰めて水上戦で叩いては?」


 参謀長がなかなかに戦闘的な案を出した。

 普段は慎重派な人物であるが、状況があまりにも悪化した結果、半ば捨て鉢になっている。


「改装空母ですから、そんな速度は出んでしょう。敵巡洋艦も手負いならば勝ち目もありましょう」


「ですが夜間索敵は困難を極めます」


 航空参謀が疑問を呈し、


「敵もどう動くか不明、とすると巡洋艦部隊が朝までに敵と接触できる確率は低過ぎるかと。夜明けとともに捕捉され、一方的に航空攻撃を食らうことになります。しかも直掩機は出せません」


「それを踏まえても尚、決断する価値はある……との見解なのであろう」


 サマヴィルは一旦議論を取りまとめ、熟慮に移った。

 この場合、重巡洋艦『コーンウォール』、『ドーセットシャー』を中核とする打撃部隊を編成するものと予想され、当然ながらその生還はほぼ期することが困難だ。幸運にも戦果が挙げられるとしても、確実に撃沈されてしまうだろう。


 とはいえより重要なのは、大を生かすことであるのもまた事実。

 心苦しさしかないとはいえ、彼等を囮とすることで、主力を逃がすという手もあり得る。戦争はこれから何年も続くであろうから、怯懦からではなく、戦略からそれが必要とされているのだ。


(全く、如何ともし難い……)


 精神を落ち着けるべく、サマヴィルは紅茶を一口啜る。

 セイロン茶は相変わらずの味と香りを保っている。この海空戦の結果次第では、本当に入手困難となることがあり得、異常なほどそれが現実味を帯びてしまってもいる。


「参謀長の案を採ろう」


 穏やかな口調でなされた決断に、司令長官公室がシンと静まる。


「急ぎ巡洋艦部隊を編成、追撃に当たらせてくれ。本隊は空軍の援護が期待できるセイロン島沿岸を西進、一時モルディブ方面へと避退し、立て直しを図るものとする」


「了解いたしました」


 賽は投げられた。重巡洋艦2隻に軽巡洋艦1隻、駆逐艦3隻からなるC部隊が、決死の覚悟で死地へ赴く。

 勇者達を見送りつつ、サマヴィルは彼等が武運を神に祈願した。とはいえ自分も祈られる側なのかもしれぬと、真っ暗闇の海原で思った。

明日も18時頃に更新します。


未だまともな戦果を挙げられぬ『天鷹』ですが、英海軍にとっては大変邪魔な場所にいる疫病神です。

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