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インド洋放漫作戦④

インド洋:セイロン島南東沖



「どうもうちら、囮か何かにされておるようです」


 そんなことをぼやくのは、航空母艦『天鷹』の副長を務める陸奥中佐だ。

 つい先日までペナン島は美女が多くてよいとか、随分と鼻の下ばかり伸ばしていたものだが、塩気を浴びれば多少はシャキッとするもの。そうして艦の針路と海図を見比べていると、かような結論に行き着いたようだ。


 艦長の高谷大佐としても、まあそうなのかもしれないと思う。

 『天鷹』の属する原艦隊の航路はというと……まず先月下旬に空襲のあったサバン島沖へと進出、そこからインド洋を西南西に横切り、4月4日の早朝、セイロン島南東までやってきた形だ。一方で南雲中将の機動部隊はといえば、それとほぼ直交するような針路で進んでいるはずで、現在位置はスマトラ島西方に浮かぶムンタワイ諸島を過ぎた辺りとかだろう。

 つまり機動部隊はほぼ1日遅れの到着で、敵が待ち構えているとしたら、まず『天鷹』に喰らい付く公算が高そうだ。


「この艦が沈んでも、英東洋艦隊を引き出せれば元は取れる……山本長官がそう考えておっても不思議はあるまい」


「肉を斬らせて骨を断つ。その肉になるのも悪い気分ではないですが」


 陸奥は台詞とは裏腹な顔をし、


「継子扱いの結果かと思うと気に入らんですな」


「やはりきちんと敵主力艦を沈めんと駄目なのかもしれん」


 顎に手を当てつつ、高谷は鼻を鳴らす。

 それから艦橋に居合わせたインド丸を口笛で呼び、その頭を撫でてやる。航空母艦『インドミタブル』と一緒にこの猫も英軍から鹵獲した訳ではあるが、結局のところそれは、無茶な接近で一番近くにいたが故。戦艦『金剛』がいたら彼女の戦果になっていただろうと言われると、どう反論したものか分からない。


「その意味では、今回は絶好の機会と言えるかもしれん。囮といっても航空機を50機くらい積んでいるし、しかも戦闘機は無敵の零戦だ。英軍なんぞ返り討ちにすればいいだろう。敵巡洋艦が突っ込んできたら少々面倒だが、こちらにも『足柄』がおるしな」


 その通り、眼前には妙高型重巡洋艦三番艦の頼もしい姿。原少将の座する旗艦である。

 流石にセイロン島南方へと進出するだけはあり、他にも軽巡洋艦の『五十鈴』と『川内』、駆逐艦7隻が随伴していたりする。


「英海軍が昔、あれは本物の軍艦とか餓狼だとか絶賛してた。なら怖くて近付いてこんだろ」


「飢えた狼みたいな女性は大変好みですな」


「ムッツリな、それでも妻子持ちか」


 呆れんばかりの溜息が漏れる。

 こんな調子だからこの艦に押し付けられたんだろう。もっともそれは跳ね返ってくる訳だが……自分の場合は何故だったか。勤務態度というよりは、単に出来がよろしくないからかもしれない。やはり汚名返上には戦果が不可欠だ。


「とはいえ艦長、殴られるだけ殴られて、手柄は南雲中将のもの……というのは絶対避けたいですな」


「うむ。そのためにもしっかり索敵はやらねばならん。見つけ次第叩くのだ」


 握り拳を作って高谷は凄む。

 ただその直後、厄介な報告が舞い込んできた。見張りが雲の合間に見慣れぬ機影を発見したとのことだった。北西からやってきた双発のそいつはあからさまに英空軍機で、盛んに無電を打ち始める。


「拙いな、いきなり見つかってしまった」


 大勢がゴクリと唾を呑み込んだ。

 直掩の零戦がすぐに急行したものの、敵機はすぐさま雲に隠れ、そのまま取り逃がしてしまった。幸先の悪い戦である。





インド洋:セイロン島東方沖



 実のところ英東洋艦隊主力は、トリンコマリー軍港を出撃した直後だった。

 そのままセイロン島南方沖へと向かい、日本の機動部隊を待ち受ける心算であったが――何とも予想外なことに、空軍機から敵発見の報告があったのだ。


「何と、もう現れたのか!?」


 誰もが仰天し、冷静さを失いかけた。

 だがすぐにそれは終息した。空軍機が発見したのは航空母艦1隻、戦艦もしくは重巡洋艦1隻を中核とする、露払いと思しき小艦隊だったためだ。しかも航空母艦というのは、全ての英国民にとっての仇敵たる『天鷹』の公算大とのこと。すると誰もが闘志を燃え盛らせ、是が非でも討ち取らんとの気炎を上げた。


「何とも予定外、だがここで会ったが百年目。それもまた楽し」


「戦場の女神は我等に微笑んだようですな、長官」


「うむ。ここで奴を沈めてしまえば、明日以降の戦いも楽になろう」


 サマヴィル中将は満面の笑みを浮かべた。セイロン茶が大変に美味だった。

 すぐさま攻撃隊準備が命じられ、格納庫のアルバコアに魚雷が取り付けられていく。エレベータで飛行甲板へと持ち上げられたそれらは、轟々とエンジンを唸らせ、発艦はじめの合図を待ち侘びる。


「海軍と祖国を辱めた仇敵を必ずや討ち取り、名誉を挽回するを、今ここに約す」


 航空母艦『ヴィクトリアス』の攻撃隊長は妙に古風な長広舌を振るい、そんな具合に締めくくった。

 既に空軍も爆撃機を差し向けているはずで、断じて遅れなど取らぬと、艦載機が次々と飛行甲板を駆け抜けていく。もっともアルバコアは最高速度が140ノットというあり様だから、放っておいても遅れてしまうかもしれない。


「ここで勝てば、アジアの戦争はクリスマスまでに終わるさ」


 何とも慢心に満ちた台詞を吐き、後部座席の航法員を困らせる戦闘機乗りもいた。

 とはいえ航空母艦3隻でもって1隻を叩くのだし、先手を取っての攻撃でもあるから、それほど酷い結果にはなるまい。サバン島での成功もあって、パイロット達はそれなりに楽観的だった。





インド洋:セイロン島南東沖



「うおーッ、覚悟しろチンピラゴロツキども!」


 自己紹介めいた絶叫をしながら、打井少佐は零戦を駆る。

 戦の舞台は高度3000の蒼穹。艦隊防空の緊迫感と新型機の爽快感が全身に満ち、ギラギラと輝いた双眸には炎を吹く敵機が焼き付いた。視界が黒煙に霞みそうになった辺りで、一撃必殺の20㎜機関砲弾を見舞う。野太い光弾はブレンハイム爆撃機を直撃し、主翼を根元から圧し折った。


「撃墜、撃墜だ!」


 歓喜に咽びながらも、操縦桿を力の限り引き寄せる。

 寸でのところで零戦は空中衝突を回避。照準器いっぱいに敵機が映るくらいでないと、20㎜機関砲弾は当てられない。しかし自分まで追突してしまっては、不運どころでは済まないというものだ。


(さて、どんな具合だ?)


 打井はフクロウみたいにグルリと首を回し、翼を翻したりしながら状況を確認する。

 まず僚機は全機が揃っていて、かつ致命的な被弾もなかった。他の小隊もまた健在だった。爆撃機の防護機銃など滅多なことでは当たらないし、ブレンハイム爆撃機はそこまで重武装の機体でもないから、当然の連戦連勝ではあろう。


 ただし連戦であるところは確かに厄介。軽快なる敵機は200ノット超の速度で、四方八方から突っ込んでくるのだ。

 母艦は未だ無事なようで、護衛艦艇も盛んに対空砲火を撃ち上げている。直掩の零戦隊がいれば被害など出ないだろう。だが弾や燃料がなくなれば補充に戻らねばならないし、既に鋒山小隊は帰投してしまった。艦隊上空ががら空きになったところを襲われたら最悪、飛行甲板に穴が開いて上がれないなどということにもなりかねない。

 打井はサッと残弾を確認。7.7㎜機銃弾も、20㎜機関砲弾も、概ね残り4割だ。僚機も似たようなものと思われ、次の戦闘を終えたら1度帰艦する必要が生じそうである。


(うん、何だ!?)


 舞鶴飛曹長の乗る二番機が、ダダッと機銃を連射した後に加速する。

 打井はその意図するところを察し、追随すべくスロットルを開きながら、目を皿のようにして集中索敵。北の空に米粒みたいな影が浮かんでおり、2.0の視力はそれを見逃さなかった。


「おおッ、遂に本丸のお出ましか」


 40機はいるだろうか。先程までの波状攻撃と違い、まとまった数の敵編隊だった。

 高度はほぼ同等で、真っ直ぐこちらへ向かってくる。英東洋艦隊が放った攻撃隊に違いない。


「まあいい、まとめて千切っては投げてくれる!」


 打井は猛獣のように吼え、多勢に無勢という危惧を圧殺した。

 そうして直掩の零戦8機は迎撃に向かった。敵編隊はその辺りで分裂し、半分ほどが降下に移る。艦隊も無事では済まぬかもしれぬ、そう思いもしたが、敵機の動きは不思議と緩慢であった。

明日も18時頃に更新します。


余計なのが現れたお陰で、英東洋艦隊がさっさと戦闘に入ってしまいます。

例によって、そんな艦載機で大丈夫か?

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― 新着の感想 ―
[一言] ひょっとしたら、前作に出てきた天羽さんの御先祖様がレイ式艦上戦闘機に乗ってたりするんですかね?
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