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大騒動! 伊豆温泉図演合宿⑥

伊豆:山中



 襲撃計画は既に破綻した。生まれながらの楽観主義者なハーレー大尉も、そう思わざるを得なかった。

 己が油断が招いたものだ。ただの老いぼれ下士官と思っていた輩は、英語での会話を耳聡く聞き取っていたのか、こちらの正体に気付いていた。結果、別れ際に斬り付けられて深手を負った者が出、大騒ぎされた挙句に取り逃がすという始末である。


 しかもそれに続けて竹槍が飛来し、更に2人が無力化されてしまった。

 新たな襲撃者の潜んでいるであろう辺りに向けて、ただちに短機関銃の掃射を実施。すると今度は甲冑の化け物が飛び出してきた。不気味なる月明りに照らし出されたそれは、この世のものとも思えぬ冒涜的気配を存分にまとっていて、鈍くぎらつく刀を振り上げながら威嚇してくる。

 オニだのニンジャだの呼ばれる物の怪と遭遇したのだろうか? いやそんなはずはあるまい。だが何が起こっているのか、頭の中でさっぱり整理がつかなかった。


「隊長、何なんですかこれは!?」


「分からん、もうまったく分からんが……」


 少しばかり逡巡し、


「作戦継続が不可能になったことだけは間違いない。残念だがここは撤退する」


「ア、アイサー。重傷者はどういたします?」


「戦友を見捨てろと教わったことはない」


 ハーレーは断固そう言った。

 傍らから響いてくる苦悶の声に、微かながら希望の色が滲む。


「全員で手分けして担ぎ、逃げるのだ」


「アイサー」


 ハービンジャーの声色にも精気が戻り、今はそれに満足することとした。

 少なくともこの場においては、頭数ではこちらが優位だと推定できた。そうでなければ今この瞬間にも、黄色人種どもの猛攻を受けているだろう。加えて連中が用いた武器は、今のところ日本刀と竹槍。拳銃や小銃を装備していたならば、真っ先に銃弾が雨霰と降り注いだに違いない。

 とすれば――作戦は失敗としても、全員で帰還することは不可能ではないはずだ。


 加えて計画内容からしても、1人であれ捕縛されては拙い。

 日本列島に住んでいるのは野蛮な類人猿の親戚であるし、自分達はその頭目の根城を破壊しようと試みた訳である。仮に捕らえられでもしたら、その者が生き永らえらる保障などあるはずもない。それどころか想像もできないほど悍ましい拷問の末、切断された首を東京駅前に飾られてしまうような目に遭うかもしれないのだ。


「とにかく全員で戻るぞ」


「はい、全員で戻りましょう」


「いい返事だ。俺のキャリアはボロボロだろうが、生きていればチャンスはある」


 決断的な口調でハーレーは告げ、部隊は撤退を開始した。

 この際、荷物にしかならぬものは打ち捨て、余力を負傷者の運搬に充てる。それから幽霊みたいに光る腕時計を一瞥した。次の無線交信のタイミングまで1時間弱。追手はすぐに集まってくるであろうから、可能な限り移動しておかねばならぬ。





「うん……奴等、追ってきておらんのか?」


 音を立てぬよう鈴を握り締めながら、高谷"一等兵曹"は訝んだ。

 追い縋る敵を各個撃破するべく物陰に潜んでいながら、肩透かしを食らったようである。時折パラパラと銃声が響いてきたりはする。しかし神経を研ぎ澄ませて周辺の様子を探るも、何者かが近寄ってくる気配がまるで感じられないのだ。


 とすると――敵は任務を放棄したかもしれない。

 発砲音など響こうものなら、誰であれ異常に気付き、一帯の警備態勢も厳重となる。故に隠密作戦を遂行するならば、火器の使用は最小限とせねばならないはずだ。だが乗ってきた潜水艦か何かのあるところまで一目散に逃げるだけであれば、そうした理屈も当てはまらなくなるだろう。


「ならば……後はひっ捕らえてやるまで!」


 闘魂を沸々と滾らせ、高谷は来た道を引き返していく。

 もしかするとそう思わせるのが狙いかもしれぬから、細心の注意を払うことも忘れない。だが杞憂であったようで、たちまちのうちに敵を斬り付けた辺りへと戻ることができた。


 打ち捨てられた諸々の物資が目に付き、更に生々しい血痕が何処かへと続いているのが分かる。

 手負いの者であれ、いや手負いの者が相手だからこそ、油断大敵という言葉を噛み締めねばならぬ。天地容れざる残虐非道の敵ではあれど、米英将兵もまた勇猛果敢。剽悍決死の士が殿を務めるべく茂みに潜んでいて、奇襲的な一大打撃をもって、我が追撃を食い止めようとしているかもしれないのだ。

 そうして一層の注意をもって、相応の忍び足で進んでいたところ、茂みがガサリと音を立てた。


「な、何奴……!?」


 高谷は思わず目を疑った。鎧武者が転がり出てきたからである。

 ただその者はあからさまな紅毛碧眼。何かを呻いた気がしたが、とりあえず切り捨て御免だ。三日月刀の錆にしてしまおう。


「少将」


 今度は耳に慣れた声。打井"二等兵曹"のものだった。


「そいつは味方です、イカレてますが」


「むッ……!」


 寸でのところで抜刀を止め、元々あまり備えていない理性を取り戻す。

 どうしようもなく信じ難い話だが、瀬蓮茶之介などと自称する眼前の不審人物は、ドイツ海軍航空隊で艦爆乗りをやっているスタイン大尉であるらしい。無茶苦茶な恰好をしているのもインチキな侍言葉を喋るのも全てが個人の趣味で、何をどうやったらここまでの数寄者の傾奇者が誕生するのかまったく判然としないが、少なくとも敵でないことだけは理解する。


「それにセバスチャンは……」


「拙者は瀬蓮茶之介。気狂いに非ず」


「ああ、分かった分かった。ともかくもこの茶之介とやらはですね、同盟国の誼で自ら助太刀を申し出、しかも危険な囮役を買って出てくれたんですよ」


「何とな、そうなのか」


「然り。己の欲するところに従ったまで」


「なるほど。大したタマだ!」


 高谷は大層感心した。

 それも仇敵どもの目を欺くべく、打井が竹槍を投擲した直後に身を晒し、注意と火力を誘引したというから驚きだ。強引に形から入ったようなものであったとしても、まったく見上げた武士道精神で、実に面白き異国人と思えてくる。


「と、さっさと鬼畜米英の工作員を追い詰めねばならんのだった」


「問題ありません。あんなチンピラゴロツキ、この距離であれば急がずとも追い縋れます」


 真っ暗闇の中ですら分かるほど、打井は不敵に笑んで見せる。


「それから少将、自分に大変いい考えがありまして」


「うん、何だダツオ?」


「奴等は潜水艦でやってきたに違いありませんから、我々の手で潜水艦ごと一網打尽にしてしまいましょう。何処かで浮上してチンピラゴロツキどもを回収する腹でしょうから、その隙に発動艇か何かで忍び寄って手榴弾でも投げ付けてやれば、潜航不能となるに違いありません。そうなれば俎上の魚も同然、あとは千切っては投げるだけかと」


「なるほど、マレー沖以来の大捕り物か。なかなか良さそうな案だ」


 高谷もまた獰猛に笑った。

 また変な戦果だけ挙げると陰口を叩く腑抜けも出そうだが、単身で潜水艦をぶち壊すのには胸が躍る。


「ダツオ、俺が発動艇を拝借してくるのでいいか?」


「はい。自分は追跡を継続、潜水艦が浮かんできたら合図を送ります」


「よし、よし。あのど腐れどもに、神国に土足で踏み入ったことを死ぬほど後悔させてやろう。それで、合図はどうやる? あれこれ言うからにはお前、信号銃か何かでも持ってきておるのだよな?」


「あ……」


 打井はそこで固まってしまった。

 最後の詰めが甘いということだろうか。酔った勢いで飛び出してきたものだから、携えているものといえば、実のところ軍刀くらいである。敵も脱出に際しては灯火を用いるかもしれないが、海の上からそれを確実に捉えられる保障などありはしない。


 だが――素行不良なことにかけては右に出る者のない彼等を、何故か天は見放してはいなかった。

 どうしたものかと頭を捻り、悍ましい形相で唸る高谷の視線が、スタインの腰に提げられた謎の瓶に留まったのである。


「高谷殿、どうなされた? これは我が父が秘境旅行にて入手せし、アドンコ・スピリタスなる銘酒ぞ」

次回は4月8日 18時頃に更新の予定です。


米特殊部隊は早々に退却を始めます。大捕り物は成功するのでしょうか?

なお実際にあるアドンコはアドンコ123、アドンコ・ジンジャー、アドンコ・ビターズの3種類で、アドンコ・スピリタスなる謎の酒は実在しません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 飲むのに火気取扱免許のいるお酒(…酒?)じゃないですかー! コップに入れておくと目を離した隙に消えてくんですよね…
[良い点] 取り合えず「チェスト」と叫びながら知恵を捨ててとびかかって来る連中が居ないだけ温情 代わりに風変わりなドイツ人が居ますけどね [気になる点] 通報よりも自分達で追いかけて沈めようとか功名餓…
[一言] 手榴弾(酒瓶)ですか…チンピラというよりは飲んべえでは? もしかして全てが終わったあとに「拙者の腹の調子が急降下し候」「少将、右に同じであります」ってなるパターンか?
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