桜色スライムのメイドカフェ
ここは、剣と魔法の世界。たくさんの魔王がいる不思議な世界です。魔王といっても、すべてが恐ろしい怪物ばかりではありません。とってもかわいい魔王もいるのです。
「サクラちゃん、今日はあの森に行ってみよっか。迷い子がたくさんいると思うの」
魔王界のアイドル、風の魔王プセルは、親しくしている友達に、そう声をかけました。彼女は、長い時を生きていますが、見た目は20歳くらいに見える可愛い女性です。
「はーい、ぷせるちゃん。まいご? かわいそうなの」
その友達は、魔王界の天使、スライムの魔王サクラです。彼女は、魔王になったばかりで、5歳くらいに見える女の子です。言葉もまだうまく話せません。
◇◆◇◆◇
魔王ジャクに挑み、そして呆気なく敗れてしまった勇者カント。彼は、子分の魔導士アビルと一緒に、暗い森をさまよっていました。
「カントさん、もう、俺は無理っす」
「大魔導師の息子が何を言っているんだよ、アビル」
「もう歩くのも辛いっす」
「俺もだ。だが、森を抜ければ……」
「この森、おかしいっすよ」
勇者カントも、確かにおかしいと感じ始めていました。あちこちに、いろいろな骨が落ちているのです。こんなにも気味の悪い森が存在するなんて、考えられません。
「なぜ、こんなにあちこちに……」
「カントさん、ここは死者の森じゃないっすか。生きる希望を失った者を誘い込むという……」
「死者の森? ふっ、ただの作り話だ。そんなものは存在しない」
だけど歩いても歩いても、暗い森から出られません。同じ場所をぐるぐると回っているかのような感覚に、嫌な汗が流れてきます。
ふと、パンの焼けるような匂いが漂ってきました。勇者カントと魔導士アビルは、ハッとして顔を見合わせました。
「こんな森にも、住人がいるのかもしれないな」
「助かったっす〜!」
「だが、こんな森に住むなんて、まともな人間じゃないだろう。何かの罠かもしれない」
勇者カントは、そう言ったものの、もはや余裕はありませんでした。回復アイテムも持っていません。彼は、負け知らずの傲慢さから、非常時の備えを怠ってしまっていたのです。
二人は、池の上に浮かぶ小さな小屋を見つけました。
彼らが何度もそばを通った池です。さっきまでは、こんな小屋はありませんでした。突然、現れたようです。
それに気づいた勇者カントは、さらに警戒を強めました。だけど、疲れきった空腹の身体は、漂ってくるパンの匂いには勝てません。
「カントさん、助かったっす」
「そうだな、金はある。メシの交渉をしようか」
カランカラン
勇者カントは、恐る恐るその小屋の扉を開けました。
「おかえりなさいませーっ、おにいさま〜」
ふわっとした雰囲気のかわいい女の子が、笑顔で近寄ってきました。肩までの桜色の髪、クリクリっとした目、まるで天使のような女の子です。
「えっ、あ、いや、俺達は、お嬢ちゃんの兄さんではないが」
「おきゃくさまは、おにいさまとよぶんですっ。おしょくじですかぁ?」
「あ、あぁ、ここは食堂なのか?」
「ここは、かふぇですっ。こちらへどうぞっ」
テーブル席がふたつ、あとはカウンターだけの小さなお店です。二人は、窓際の席に案内されました。
窓の外では、色とりどりのスライムがぽよんぽよんと跳ねています。どのスライムも楽しそうに見えました。
「メニューをもらえるか?」
勇者カントがそう言うと、女の子は首を横に振りました。
「おまかせきまぐれせっとだけですっ。あの、おにいさまは、まいごですか?」
「うん? 迷い子といえばそうかもな。この暗い森の出口を探しているのだ」
女の子は、首を傾げています。話が難しかったのでしょうか。
「サクラちゃん、できたわよ」
「はーい」
女の子はパタパタとカウンターへ戻り、そして、美味しそうなシチューやサラダが乗ったトレイを、席へ運びました。
さらに、カウンター内にいた、とても可愛い女性が、焼き立てパンと紅茶を運んできました。
「パンは、おかわり自由ですので、ご遠慮なく」
「あぁ、ありがとう」
「カントさん、当たりっす! めちゃくちゃ美味いっす」
魔導士アビルは、もうシチューにがっついています。
「おまえ、もう食ってるのか」
呆れながらも、勇者カントはシチューをすすりました。期待なんてしていませんでした。ですが、とても美味しかったのです。もう、手を止めることなんてできません。二人は、夢中で食べました。
「おかわりを置いておきますね。あら、お二人は、何を迷っておられるのかしら?」
パンのおかわりを持ってきた可愛い女性は、勇者カントと魔導士アビルをジッと見ています。
「ぷせるちゃん、まいごなのー。でぐちがわかんないの」
小さな女の子が、そんなことを言っています。すると、可愛い女性が静かな声で、怖ろしいことを言いました。
「森の出口ですか? 迷いのある者には、出口は現れませんよ。ここは死者の森ですから」
「死者の森、だと?」
「ええ、そうです」
「まいごなのーっ」
「サクラちゃん、そうね。お二人は、生き方を見失い、探していらっしゃるようですね。このままでは、この森の出口は見つからないでしょう」
「なぜ、そのような……」
勇者カントは、ハッとしました。目の前にいる可愛らしい女性の後ろに、風の妖精シルフがふわふわと飛んでいます。
「お姉さんはもしかして、風の魔王か。だから未来予知ができる?」
「ええ、風の魔王プセルと申します。お二人を取り巻く風が止まっているのです。大きな挫折、と出ています」
確かに、勇者カントも魔導士アビルも、すっかり心が折れていました。
「おにいさまっ、げんきがでるあいすくりーむです」
女の子が、アイスクリームを運んできました。シンプルなバニラアイスクリームです。
「お嬢ちゃん、甘い物を食べるような気分にはなれないよ」
「あにすちゃんのあいすくりーむだよ」
そう言われて、魔導士アビルは、ハッとしました。そうです。これは、体力や魔力が回復するという噂のアイスクリームなのです。
魔導士アビルは、一口すくって食べました。優しい味がします。そして、体力や魔力が少し回復したようです。
「カントさん、これは、あの噂のアイスクリームですよ。魔王ジャクが怖れている暗黒神が作るという……」
勇者カントは、目を見開き、そのアイスクリームを食べました。優しい味に涙が出てきました。
「ないちゃった。だいじょうぶ?」
心配そうに、女の子が勇者カントの顔を覗き込みました。その温かな眼差しに、カントは涙が止まりません。
「よかったら、お話をうかがいますよ」
風の魔王プセルの優しい言葉に甘えて、二人は、この森に来た経緯を話しました。
「おにいさま、どうして、まおうをころしたいの?」
「俺は勇者の家に生まれた。アビルは大魔導師の息子だ。だから、強い魔王を倒さなければならない」
「だめだよ。やりたくないことは、やっちゃだめ」
「お嬢ちゃんのような子には、まだわからないだろうけどな。多くの守る者がいる俺達には、無理だとわかっていても、挑まなければならないことがあるんだよ」
「だめだよ。なまけることもだいじなの。じゃないと、こころがこわれちゃうの」
そう言うと女の子は、真っ直ぐに彼らを見ています。
「魔王ジャクから逃げたからな。もう俺達には、帰る場所などないけどな」
「にげちゃえばいいの。さくらは、にげるのとくいだもん」
「俺達は、そういうわけにもいかないんだ。次は、普通の人間に生まれたいよ」
「あら、お二人は、諦めているのですね。だから、この森から出られないのですよ。それに、チャンスが到来していることに気づいていませんね」
「チャンス?」
「ええ、お二人が戻らなければ、死んだと思われるでしょう? しがらみから離れ、人生をやり直すチャンスです」
「だが、森から出られないのであれば、死んだも同然だ」
「じゃあ、なんでもできるねっ」
女の子は、キラキラと目を輝かせています。
「お嬢ちゃん、どういうことだ?」
「しぬきになれば、なんでもできるんだよ。それが、にんげんのすごいところなの」
「お嬢ちゃんも人間だろう?」
「さくらは、すらいむのまおうなの。おにいさまは、すらいむをいじめない?」
「えっ、魔王? スライムみたいな弱い魔物なんて、その辺の草と同じじゃないか」
「じゃあ、いじめない?」
「あぁ」
すると女の子……スライムの魔王サクラは、ぱあっと明るい笑顔を見せました。
「じゃあ、さくらのおうちがあるところに、にがしてあげる」
そう言うと女の子は、桜色のスライムに姿を変えました。そして、触手をスルスルと伸ばし、二人に触れました。
「いってらっしゃいませ、おにいさまっ」
その次の瞬間、二人は、ひまわり畑の中に移動していました。
「ここは、いつも訓練に来る地下ダンジョンの中じゃないか。こんなに明るい場所があったのか」
「確か10階層に、癒しの空間があると聞いたことがあるっすよ」
とても明るいひまわり畑では、色とりどりのスライムが、ぽよんぽよんと楽しそうに飛び跳ねています。
突然、目の前に、水色のロリータ服を着た可愛い女性が現れました。
「ようこそ、ひまわり食堂へ。探し物は、見つかりましたか?」
「いや……」
「では、こちらでゆっくりお探しください。その宿屋が人手不足なので、よかったらお手伝いしてくださいね」
そうして、勇者カントと魔導士アビルは、ダンジョン内の宿屋の手伝いをすることになりました。
冒険者の話を聞き、これまでの経験から丁寧にアドバイスをしてあげると、とても感謝されました。
「カントさん、宿屋も悪くないっすね」
「あぁ、だがそのうち、地上に戻ろう。急ぐ必要はない。ゆっくりと、これからの進むべき道を探そうじゃないか」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今年、何かでちょっと心が折れてしまった方へ(自分も含めて)、エールの気持ちを込めて書きました。
頑張ることも大事だけど、たまには休憩することも大事、だと思います。
来年は、良い年になりますように♪
皆様、よいお年を〜(=´∀`)人(´∀`=)