第一章、何もかもが違う幻想郷 ⑧
【第八話、威風堂々の花堂威様】
…思えば自分が【鬼】であることを意識したことはなかった。
この山では強いことが一番だった、
強ければ食える。 負ければ食われる。
それがこの山のたった一つの掟だった。
だから姉ちゃんたちが父さんと母さんに勝ち、食べ始めたときも疑問はなかった。
四人で父さんと母さんを食べてから百年。 いろんなことをした。
親を食べて力を付けた私たちはすぐこの山で敵なしになった。
逆らうものがいなくなると人間の居るところまで行き食べた。
私たちは敵なしだった。
だけどある時、私たちの力が衰えてきてることに気づいた。
理由は簡単だった、人間が強くなり妖怪は信じられなくなったからだ。
妖怪、特に鬼は人間の恐怖が一番の力の源なのだ、
私たちは生まれて初めて恐れた。
自分たちの力が無くなることにではなく、人間に恐れたのだ。
昔、なんてことはない、いつものように人間の里を暇つぶしで襲っていたころ。
一人、男が逃げ出していた、私が目の前で女と赤ん坊を食べた時、近くにいた男だ。
男の肉はまずいから男は殺すんだが気付いたらいなくなっていた。
そのときは一人、逃げ出した臆病者と嘲笑っていた。
だが、その男が打った刀が鬼退治に使われた際、鬼側が全員殺され、人間は死ななかったという。
それから人間は鬼の力を信じなくなった。
そうして鬼は次第に数を減らし、姉ちゃんたち以外で唯一知り合いの鬼が殺されたと知ったとき、
あの女が現れた。 私たちと同じぐらいの背丈なのに気迫は全盛期の私たちに匹敵していた。
女がいうには、私たちはこのままだといずれ殺される。
だから閉ざされた世界に来ないかということだった、
人間が変わることはなく、戦うにも困らない世界に。
私たちは二つ返事で了承した。
それは私たちがお互いのことを強く思ってたからだろう、
姉ちゃんたちが殺されないならどこだってよかった。
そうして私たちは【幻想郷】に連れてこられた。
幻想郷はあの女の言った通りだった。
人間は妖怪を恐れているし、退屈しのぎになる天狗や河童もいる。
実にいいところだった。
…だがそんな幻想郷だからこそ今までしていたことの恐ろしさを私は知ってしまった。
ある村では人間を生きたまま四肢をもいで最後に心臓を抉り出した。
ある里では人間を一か所に集めて灰になるまで燃やした。
ある家族には男を縛り付け目の前で女に赤ん坊の肉を食わせた。
そんなことを友達の天狗や河童、ここで生まれた鬼に話したら…
気付いたときには幻想郷に来る前と同じ状況だった。
唯一違ったのは私たちは誰よりも強く誰も逆らわなかったことだった。
私は…死にたかった。
毎晩夢に現れる今まで殺し食べてきた奴らがじっと、こっちを見てくる悪夢から解放されたかった。
姉ちゃんたちも会うたびに元気がないのは目に見えて分かった。
だから私だけは笑顔でいようとした。
口調も変え、ただ姉ちゃんたちを元気にしようとしていた。
…そんなときだった。
山を散歩しているときに出会った人間。
普通のえぐれかたではない、まるで超高温の物体が爆発したかのような跡。
面白そう。 頭の中はなぜかそんな言葉で埋まっていた。
鬼怒が人間なのは分かっていた、だからあえて親を食らった話をした。
予想通り鬼怒は私と戦ってくれた。
…だけどね鬼怒。 貴方の刀は私に後少し届かなかったみたい。
「……」
50メートルぐらいは多分吹き飛んでる。
それに所々がどろどろに溶けている、私の炎でもあそこまで溶けはしない
「……」
鬼怒を見つけた。 酷いケガだ、全身を火傷しているっぽいが特に右腕が酷い。
手から腕が黒くなっていて肘には白いものが見えるため骨がはみ出しているのだろう。
「……」
一歩。 鬼怒に近づく。
私も無事ではなく、左腕は折れ曲がりだらんと下に垂れている。
足も折れており満足に歩けない。
「……」
それでも前に進む。
「……」
それでも私は進まなければならない
「……」
この山の掟に従わないといけない。
「……」
私は鬼の四天王の一人。
「……」
花堂威様なのだから。
「……」
鬼怒はもう何もしなくても死ぬだろう。
だから聞こえるかはわからないが言うべきだろう。
お前はよく戦ったと。
鬼を恐れずよく挑んだと。
…でも一つだけわがままを言うなら。
「姉ちゃんたちを助けて……」
…鬼怒から返事はな、!?
なんだ? 意識が、これは最初に鬼怒がやった…!?
あ、ありえない! そんなに酷いケガでぼろぼろなのに
どうして頭をなでるの?
「言ったな」
「え?」
「姉ちゃんたちを助けてって言ったな」
「……」
「威様の姉ちゃんとかもうとんでもないくらい強いんだろうな」
「…うん。 姉ちゃんたちはすごく、すごく強い」
「はは、正直なんだな。
でも、助けるよ」
「…それはなんで?」
「じつはな、僕は八雲紫っていう妖怪から威様達を助けてやってくれと頼まれてるんだ」
あの女がそんなことを…。
「でも、それだけじゃない。
僕と威様が出会ったのは偶然だが今から起こることは偶然じゃない」
「…?」
「…後ろ、向いてみ」
…そこにいたのは威様の姉ちゃんたちだった。
「ね、姉ちゃん」
「威様」
勇儀姉ちゃんが近づいてくる。
…抱きしめられた。
「威様、お前は言ったな。 姉ちゃんたちを助けてって。
でもな、姉ちゃんたちはもう助かってるんだ。
確かに今までしてきたことは許されないことだ、
でも威様があのとき姉ちゃんたちを元気にしてくれたから。
笑顔にしてくれたから、それで姉ちゃんたちは十分なんだよ」
「そうだぞー。 威様。 私よりちっこいお前に私たちは助けられちまったんだ。
だから今度はお前が変わる番なんだぞ」
萃香姉ちゃん…ちっこいは余計。
「…威様。私たちが頼りないならはっきり言ってくれていいわ。
お互い、もう隠し事はやめにしましょ?
…だから私も貴方への気持ちを隠さず伝えるわ。
…今まで助けてくれてありがとう。
貴方のおかげで私は救われたのよ。」
華扇姉ちゃん…。
「…う…ううう…良かった…姉ちゃんたち……ぐす…良かったよう……」
「あーよしよし、泣くなよ威様」
「あー! 勇儀が威様を泣かせたー!」
「ふふ、そうね。 これは罰が必要ね」
「お。おいおい。 私のせいなのかぁ?」
「ぐす…ふふ…あはははははは! 勇儀姉ちゃん! 変なの!」
「な!? 威様まで! もう…まったく」
「ああ、まったく」
「ええ、まったく」
【助けてくれてありがとう、威様】
「うん!」