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#003【罪】

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 長い時間が流れた。

 少なくとも兵士にとっては永遠にも思えた長い時間が。


 兵士はもう既に言葉を発する気力すら失っていた。

 顔が変形する程に殴られ、絶命しないよう丁寧に斬られ、痛みを与えられながらそれでも倒れ込む事もできない。

 動く事ができない、というのが何よりも精神に負荷をかけた。


「なはは、なんかもう飽きちったな。最後に一つだけ聞いてやる、助かりたいか? 死にたくないか?」


 ソウルはやりたい実験をできるだけ行ったのちに兵士に問う。

 兵士はようやく解放される、と残った気力を振り絞る。

 既に顔の内部でも出血し腫れ上がり、声を出す事すら簡単ではなかったが……それでも掠れた声で答える。

 

「………ふぁ……ふぁい………………たふけて……ふらさひ……」


 そして誓う。

 『ここから解放された暁にはこの悪魔達に復讐してやる』『俺をこんな目に合わせた事をいつか後悔させてやる』『ケガが治ったらまた新しい奴隷の女を切り刻んで憂さ晴らししよう』『こいつの連れのあの女を捕らえて飽きるまで犯した後こいつにその首を見せつけてやる』、と。

 ここまでの目に合わせられても人の性分というものは簡単には矯正されるものではなかったのだ。


 そして、ソウルは望むままの要望に応える形で答える。

 

「なはは、ならてめぇは生かしてやる」


 しかし、続く言葉は兵士の望むものとはまるで違っていた。


「この『箱』は島で採取した爆撃にも耐える要塞の壁箱だ。俺以外に壊す事はできない。助かりたかったらてめぇらがした罪を呪文のように一生呟く事だ、運良く死刑を免れて俺がまたこの街に出向いててめぇの事を覚えてたらその時に解放してやる。なはは、死刑になってもこれならさぞ断首し易いだろうな、じゃあな」

「───っ!? ま……まっへ…………!」


 

 瞬間、兵士の視界は光を失う。

 それは助かる希望が無くなったという意味合いでもあるが、同時に、物理的にも兵士の視界はまっ暗闇に包まれたという意味合いでもあった。


 ソウルは一閃、兵士の両目を切り裂いたのだ。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 兵士の必死の叫びと痛みによる悲鳴は届く事はなく、悪魔と共にあっさりと闇夜の中へと消えていく。


 きっともう夜明けが来るまでこの兵士の異常な状態は誰の目にも触れる事はないだろう。

 そして、たとえ誰かに見つけられ助けを求めたとしても……この不可思議な術を解呪する事はできないであろうし、仮に解放されても兵士の眼に光が宿る事はもうないだろう。

 そうでなければ悪魔がこの兵士を生かして置き去りにする理由がない。

 この兵士はこの重量のある箱の中で、罪と罰を背負い自由と光を奪われたまま生きていく他ないのだ。

 ソウルがこの兵士を解放しない限り。


 それを感じ取った兵士はうわ言のようにこれまで犯してきた行いを何も見えない中で呟く。

 そうする事でしか助かる方法は無いのだ。

 悪魔が気紛れを起こすその日まで。


----------------------------


 ──ソウルは少女メリアと共に待つマインの元へと歩く。

 暗闇を抜けた先……昇る朝日に照らされた道にマインはメリアと手を繋いでソウルを待ち構えていた。


「ソウル様」


 少し暗い表情をしたソウルにマインは開口一番に告げる。


「お話は少し聞こえていました、差し出がましいとは思いますが……これだけは言わせてください。ソウル様には何の罪もありません」


 マインにはソウルの浮かない表情の真意が既にわかっていた。

 そう、あの兵士に向けた言葉は……一年前の自分に向けた言葉でもあった。

 たとえ何も知らされず関わっていなかったとしても……あの島に自分達が来たから悲劇を産み出した。

 島の住民達にとっては荷物持ちの自分であろうと島を滅ぼした一味の一人には何ら変わりないのだから。

 寧ろ、被害者面している自分が一番の元凶なのではないかと……ソウルは常に自責の念を感じずにはいられなかった。

 島を出るまでの一年間、それを口にする事も思い悩むような素振りを見せる事も決してしなかったソウルではあったが……心の片隅からそれが消える事も決して無かった。


 しかし、それはここに来て溢れてしまう。


 初めて、人を手にかけた。

 喩えそれが生きる価値の無い人間だったと判断したとはいえ。

 喩え人が人に手をかけるのが割合珍しくもないこの世界とはいえ。


 そして、喩え人を殺した事にそれほどの罪悪感を覚えてないとはいえ。


「……俺に……あの兵士達を裁く権利なんかあったのかな、俺だってあの兵士と何ら変わらないのに……」


 復讐の第一歩、実験、『人を殺す』事をいとも簡単に平常に成し遂げてしまった言い訳のように。

 法を犯した事への免罪符のように、元来優しい人間であったはずのソウルにのし掛かり迷わせる。


「違います、ソウル様はあの人達とは全く違います。これっぽっちも同じではありません」


 マインはそれを聞かずとも全て理解していた。

 一年間、共に過ごし共に生き抜いた大人びた少女にはソウルがそう感じているであろう事を見抜く力があったから。

 彼が自身にとってどうしようもなく『特別』になったから。

 

「マイン……」

「ソウル様がいなかったらマインはあの島で死んでいました、ソウル様がいなかったらマインはこうして生きる喜びを知らないままに無念と悔しさで死んでいました。ソウル様がいなかったらマインはここまで強くなる事はできませんでした。ソウル様がいなかったらマインは今でも一人ぼっちです。ソウル様がいなかったら……メリアさんは助けられませんでした」

 

 そしてその想いの全てを払拭するように、マインは力強く真っ直ぐにソウルを見つめて言った。


「ソウル様は優しいです、ソウル様は素敵です、ソウル様は間違った事は一切していません……これまでも、そしてこれからも。もしも迷った時はマインがそばでずっと支えます。そしてソウル様の行いは決して間違いではないとマインだけは肯定し続けてます。……ですからそのような悲しい顔をしないでください……マインにはそれが一番辛いのです」

 

 マインの言葉を聞いてソウルは顔を上げる。

 照りつける朝日が眩しい、自身が街に入るために開けた壁穴から射し込む燦々と昇る日の光が暗闇にいたソウルの顔の影を払った。


(……そうだ……落ち込むのは全てが終わってからだ。それまで自分の行いの善悪を問う暇なんか無い……そのために俺は生き延びてきた)


 島を出て最初に立ち寄った街にすら、クソ野郎がのさばっていた。

 一体この世界にはどれ程裁かれるべきの馬鹿が蔓延っているだろうか、影で悪事を働きながらのうのうと権威や力に守られながら生きているクソ野郎が、とソウルは剣を強く握りしめる。


(俺だって罪人だ、だが、俺より先に裁かれなきゃいけない奴等が世界には大勢いる……『白銀の羽根』の情報は掴めなかったが……必ずお前らにも報いは受けさせてやる。そして……ネザーを滅ぼした奴等もそれに関わった奴等も全員だ)


 ソウルは迷いを断つ。

 人が人を私刑で裁く、それが法のある世界で許されない事だというのは理解して尚……自身の激情に身を委ねた。

 

「そうだな、考えるのは全部が終わってからだよな。ありがとうマイン」

「いいんです、それがマインのお役目ですから。……け、けれど……マインが少しでもお役に立てたのでしたら……だ、だ、抱いて頂いても宜しいの……ですよ?」

「ん? あぁ、そうだな。いつもありがとうマイン」


 ソウルはマインを抱き締める。

 そう、幼いながらに気丈に振る舞い励ましてくれるこの子の為にも迷った姿など見せられない。

 まだ14歳の少女……本来ならば自分が父親代わりとして導いていかなければならないのに、とソウルは反省する。


(首を洗って待っていろ、反吐の出るクソ野郎ども。法の隙間で悪事を働いてる下衆も、法に守られてのうのうと私財を蓄えている豚も、法に許されて弱者を虐げている為政者も)


 正義を気取るつもりは毛頭ない。

 ただ、あの島のような悲劇はもう絶対に産み出させない。

 そのためならば俺は何にだってなる、と瞳に闇を宿す。


「俺が世界を創り変えてやる。全てを箱にして積み木のように。俺は復讐者──悪魔に魂を捧げた男【ソウル】だ」


 

 奴隷の少女メリアは語る。

 転生の悪魔がやって来た、と。


 そしてそれが虚言ではない事を近い未来、世界は知る事になる。


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──余談だが、翌日、箱に埋もれ満身創痍となった兵士が街の片隅にて見つかりこれまで起こしてきた罪を全て自白したらしい。

 しかし、その箱はどんな武器や魔法や道具を使用しても誰にも壊す事ができず……更に両目の治療は最早不可能と駆けつけた治癒術師に診断された。

 やつれた兵士の呟きは罪の自白からもう殺してくれという懇願に変わっていったという。

 舌を噛み切らないようにと(くつわ)をされた兵士にもう自由などありはしない、彼はいつか殺される日まで『生き殺し』にされるしかない。

 

 二度と光の当たらない闇の中で、かつて殺した少女達の姿(ぼうれい)が嘲笑う。

 


 

 


 

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