出会い
「もう、洗面所早くどきなさいよ!女子より長いってどういうことよ!」
「寝ぐせが直らないんだよ~ていうか姉ちゃん自分で女子って言うか~?」
バタバタと走り回りながら、洗面所にいる二つ下…今年中等部二年になったすぐ下の弟・レンに
向かって抗議する。
朝はゆっくり支度して、時間に余裕をもってココアの一つでも飲みたいところだけど
当番で朝早くでなければならないレンが寝坊したせいで支度時間が重なってしまったのだ。
そのせいで、私の支度時間もずれこみ、冒頭のやりとりに戻る。
中等部に上がってから、レンはやたらと身だしなみを気を付けるようになった。
小さい頃は髪の毛ぼさぼさ、泥だらけになりながら友達と遊んでいたというのに…
いっちょ前に女子の目気にしているのだろうか?
私と同じピンクベージュのくせ毛を鏡を見ながら懸命に直している姿はちょっと微笑ましい。
「あーもう直らないな~…ってうわ!時間ない!もう出ないとマズイ!」
「ヘアピン貸してあげるからそれで抑えておいたら?」
「そうする、ありがと姉ちゃん!じゃ、いってきまーす!!!」
私のヘアピンを寝ぐせに差して、カバンを持ちバタバタと慌ただしく出ていく。
ヘアピン、リボンモチーフのものだったけど良いのかな?
普段からクラスメイトに可愛い可愛いと揶揄われていることを愚痴っていたけど
あれじゃ余計に言われるんじゃないかなぁ…
まぁ、寝坊したレンが悪いんだし良いよね。
やっと空いた洗面所へ入りブラシで髪を梳かしているいると、階段の上から泣き声が聞こえてくる。
「あ゛あ゛あ゛~!!痛いよ~!ばかーーー!」
「お姉ちゃ~ん!ジュエがああああ!」
双子の弟 ジュエとスリエが朝から喧嘩をしているみたい。
はぁ…朝から本当にうるさい。
10歳とは言えまだまだ赤ちゃんみたい。
二人セットだからかパワーも騒音も二倍で、レンが十歳のころよりもっと騒がしい。
「は~…今行くから待ってて…」
家でこれだけ煩い弟たちに囲まれているから、年下の男の子って好きじゃないんだよね。
もちろん、弟たちは可愛いし大好きだけど。
どうしても”弟”みたいな目でしか見られないから、過去何度かレンの同級生から告白されたりしても
そのたびに断っちゃったんだよね。
年齢気にしない子とか、年下好きの子からは勿体ない!ってすごく言われたけど。
***
「は~…今日はすっごく疲れたぁ…」
朝から大騒ぎしたおかげで、授業が終わるころにはもうクタクタ。
メグは委員会、セナは選択授業でもう一限あるからもう帰ろうかな。
まだ時間があるし、寄り道してカフェでケーキでも食べようっと。
イチゴタルトにしようか、チーズケーキにしようか…とルンルンしながら長い渡り廊下を
歩いていると、ふと後ろから呼び止められた。
うーん。何か嫌な予感がするんだけど?
こういう勘、結構当たるんだよねぇ私。無視しちゃおうかな。
うん、聞こえなかったことにしよう、そうしよう。
一歩足を踏み出そうとしたところで、肩をガッシリつかまれる。
あ、やっぱりダメか。
「ルーシェ。聞こえているだろう。」
「…ディマージ先生。私これから帰ります。ゴキゲンヨウ」
「ま ち な さ い 。帰る前に一つ頼まれてくれ」
「先生私すごくお腹が痛いんです、早く帰りたいんです」
お腹に手をあてて辛そうな顔をしてみせる。
今からケーキ食べるんだけどね。
ディマージ先生の頼まれごとは大体面倒でちっとも楽じゃない。
きっと今回もそうだろうし、頼まれたら最後。ケーキは食べに行けないと思う。
ここは絶対に帰って見せる!
渾身の演技で…!
「可笑しいな。たった今、”イチゴタルトかチーズケーキどちらにしよう?”とシッカリ聞こえたぞ」
声にでてた!?
バッチリこの後の予定が聞かれていたらしく、結局私はディマージ先生に頼まれてしまった。
「…はぁ、これじゃいつもより遅いくらいだよ…」
ディマージ先生に頼まれたのは中央図書館への本の返却。
この学園は各学部が円を描くように建てられていて、その円の中心が本館と図書館になっている。
全学園の生徒が使うだけあって図書館はとても大きく、いくら高等部で使用する本に限定されているとはいえ、脚立に上ったり下りたりを何度も繰り返し、すでにクタクタだ。
「…あと一冊…」
やっと終わりが見えてきた。
本の著者とタイトルを確認し、棚を見渡す。
「あ、あった。…あ~一番上か…」
ふと、脚立を見る。
うん、ギリギリなんとかなりそう。
最上段の本棚は段数の少ないこの小さな脚立だと背伸びをしてなんとか届く程度。
ちょっと危ないが、カウンターへ行って再度脚立を借りるのも面倒。
サクッと終わらせて早く帰りたい。
脚立を真下へずらし、本を手に持ち最上段へのぼる。
「ん…っと。あ…あと…ちょっと…」
目測を誤ったようで、私の身長では若干足りない。
あと少し、もう少しと脚立の上で悪戦苦闘する。
「や、やっぱり借りてこないと―――わわわっ」
下りる方へと意識を向けたせいで右足がぐらりとよろける。
脚立の上では踏ん張ることもできず、そのまま左足も追いかけるように右へ傾き、倒れる、と目を瞑った。
「―――!………あれ…?」
衝撃を覚悟したが、痛みも脚立の倒れる音もしない。
こわごわ目をあけると、誰かに背中から支えられていた。
「危ない。無理して怪我したらどうするの」
テノールの綺麗な声。
一体だれが、と振り向くとそこにいたのは王子様。
…いや、王子様、のような青年だ。
シルバーグレーのサラサラとした髪が夕日を反射してキラキラ輝いている。
アイスブルーの瞳は宝石のよう。
瞳にかかる睫毛のなんと長いことか…
あまりの丹精な顔立ちについ魅入ってしまい、声を失った。
「……はっ…あ、あの、すみません、助けて頂いてありがとうございます」
「どういたしまして。足とか怪我してない?」
「…はい、大丈夫です」
両足を動かしてみるが痛みはない。
「なら良かった。手、放すよ」
「はい。ありがとうございます」
脚立に立ちなおし、ひと呼吸おいてから階段を下りる。
低い脚立とはいえ、ここから落ちていたら足は骨折、顔も思い切り腫れあがっていたと思うと
今更ながらゾッとする。
「あの、本当にありがとうございました。ちゃんと脚立借りてきます。」
「いや、ついでだから俺がやるよ。貸して」
「えぇ!?いやいや、助けて頂いただけでなくそんなことまで…」
「大丈夫。その隣の本をちょうど借りたかったから」
せっかくの厚意だし、ここは甘えることにしようと本を差し出す。
「これ、もしかしてディマージ先生から頼まれた?」
「はい、そうです。ご存じですか?」
「授業を聞いたことはないけど、個人的にこの本の事で話したことがあるから」
「そうだったんですか」
同じ高等部とは言っても、クラスが多く同じ教科の先生が複数いるので、ディマージ先生の授業を受けているのは一握り。
というか、彼は高等部の生徒なのか?
ふと視線を服装へやると、黒いパンツに白いワイシャツ。
ジャケットを脱いでいるのか、私服なのか判断つきかねる。
しかし、ディマージ先生は今まで三年生担当であり、今年から一年生の担当に降りてきたはず。
ということは大学部の生徒?
「先生とお知り合いだったんですね」
「うん。講義で使う資料を探すときにね」
講義。
この言い回しは高等部ではないから、大学部の生徒だ。
「先生の授業、面白い?」
「うう~ん…お話は面白いんですけど、課題が多いしミニテストも頻繁で…」
そしてこういった面倒な頼み事が多い。
うんざりしながら告げる。
あ、さすがにズケズケ言い過ぎたかな…と今更恥ずかしくなる。
「へぇ、そうなんだ。先生の課題見てみたいな」
「!」
ぽつりと呟いた彼の言葉に反応する。
「あ、あの!また明日授業があって…必ず課題でると思うんです。一人でやるのも結構大変で…良ければ見て頂けるととってもありがたいです」
つい、いつもの課題量を思い出しまくしたてる。
私、必死過ぎ。
「うん、いいよ。楽しみにしてる」
「ありがとうございます!!」
「じゃ、またこの時間でいい?」
「はい!大丈夫です」
いつも憂鬱な課題も、強力な助っ人を得て、明日は寝不足にならずにすみそう。
初対面の人になんてお願いしているんだとも思うけど、まぁいいよね。
今回は先生頼み事してくれてありがと、なんて思う。
「私、マリア・ルーシェです」
「俺は…リカ。よろしくね」
この時私は、こんなイケメンな先輩に課題見てもらえてラッキー♪なんて軽く考えていた。