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排便

まぁ生活を描いても、端折りたくなるものもあります。

ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss


「ん……ふう……」


 腹を壊した。

 (もだ)えるような苦しみが七海を容赦なく襲う。七海は床をもぞもぞとうごめいた。

 なんだかんだと水をくんで帰ってきたのはいいが、その水にあたったようだ。


「一口ぐらい大丈夫だと思ったんだけどなあ……やっぱり煮沸(しゃふつ)消毒か」


 重い身体を起こし、水の入ったバケツを手に取る。

 一階のキッチンへと向かい、鍋へと水をぶちこむ。

 集めておいた木々が入った(かまど)へ、たまたま見つけた着火材で火花を散らし入れる。

 火だねが強くなる理屈はわからないが、ここは最近まで厨房として使われていたことから考えるに、そう不思議なことでもないのだろう。


「とりあえず、煮えるまで待つとして」


 厨房からすぐ傍にある勝手口を使って外へと出る。

 そこはこの屋敷の庭で、踏み荒らされてしまっているが野菜なんかを育てていたような形跡がある。


「作物とかで交易をしてたのかな」


 この屋敷に限らず、街のいたるところで作物を栽培していたような跡があった。そのほとんどが踏み荒らされ、火をつけられていたが、その中から辛うじて生き残っていそうな作物を広い集め、そこから種を取り出した。

 それを適当に地中に埋め、もう一杯汲んできていたバケツの水をかける。


「めちゃくちゃ安直だけど、水あげればなんとかなるでしょ」


 というかこれ以外の方法を知らない。イヴィドギいわくこの国は土壌がいいと言っていたから、土の栄養面などは大丈夫だろう。

 あとはランダムにかき集めてきた野菜の種の中から、無事に育ってくれるものが一つでもあれば(おん)の字だ。


「3日で育つって言ってたから、すぐ結果が出るでしょ」


          ○


「あれから3日が経ちました。しかし芽はいっこうに出てきませんでした」

「だから何故いちいち私に報告しに来る」


 いつもの玉座の間。

 慣れた様子で七海は玉座の前に座っている。


「は? 寂しいじゃないですか。話くらい聞いてくださいよ」

「迷惑だ」

「あなたには僕の話を聞いて(うなず)いてあげる義務がある」

「いつそんな義務ができた。ふざけろボケ」

「また口が悪い……女の子なのに」

「偏見だな」

「偏見ですが何か?」

「開き直りはみっともないぞ」

「さすがに食べ物も底をついてきて、へとへとなんですよ。気づいたんですけど、水筒が無いんです。だから持ち歩ける水の量に限界があって、正直今のままだと半日分しか持てません」

「節約して飲んだらいいだろう」

「は? なんで水程度で僕が遠慮しなくちゃいけないんですか」

「水相手にマウントを取る(やから)に初めて会ったわ。貴様ソーラスに行きたいのか行きたくないのかどっちだ」

「行きたいですよ。安全に、確実に、あわよくば快適に」

「貴様には危機感が足りんな。そもそも川の水をそのまま飲むとか変わっているな。この世界の人間はよほどのことがないと飲まんぞ」

「え? 先言ってくださいよ」

「そういう発想自体ないのだから仕方がなかろう」

「じゃあなんであの滝を教えてくれたんですか」

「あわよくばそのままどこかへ消えてくれないかと思ってな。あそこには妖精(バンシー)が住んでいるからな」

妖精(バンシー)? あの灰色で透明の?」

「そうだ。あれは人の願望を見せ森の奥へと誘い込む」

「めっちゃ見ましたよ幻覚。でも明らかに設定がおかしかったのでツッコンだら発狂されました」

「設定がおかしい?」

「両親は僕の両親でしたけど、性格が違ったのと、妹が見知らぬそばかすの女の子で、家とか服装も僕の世界とはほど遠い見た目でした」

「そばかす……」

「知ってるんですか?」

「おそらくこの国に住んでいた少女だろう」

「どうしてそんな人が僕の幻覚に?」

「バンシーは人の記憶を読み取りそこから幻惑を作り出す。夢のようなものだな。故にすべてが曖昧(あいまい)だ。だから記憶で足りない部分はそれっぽいもので(おぎな)う。それにこれまで読み取ってきた様々な記憶が入り交じったのだろう。家も服装も貴様の世界の物は妖精(バンシー)にとってはもっともらしくなかったのだろう。妹は……貴様あまり顔を合わせない環境にいるのではないか?」

「まぁ……あんまり。お互い思春期なので」

「だからだな。貴様の記憶に妹の存在が薄かったから、バンシーが以前に盗みとった記憶で補完したのだろう」

「なるほど。夢と言われるとわかる気がします。それっぽいだけで、冷静に考えるとおかしい設定が多いですもんね」

「まあとはいえ、妖精(バンシー)は幻惑を見せて(もてあそ)ぶだけで、人を傷つけるわけではないから安心しろ。奴等自身には力はない。たまに変な人間が面白半分でやつらに会いに行く程だ」

「いやいやいや。タコみたいなでっかい化け物と、(たく)みなコンビネーションのティキタカでめっちゃ殺そうとしてきましたよ。あと一歩で食われるところでした」

「なに? それは初耳だな。あの滝にそのようなものが住みついていたか。少し見ない間に、様変わりするものだなぁ」

「何地元に帰ったら景観が変わってたみたいなノリでほっこりしてんすか。殺されかけたって言ってるでしょう」

「生きているのだからいいだろう。細かいやつだ」

「悪魔ですか」

「魔人だ」

「悪魔人ですか」

「引っ付けるな」

「悪魔魔人ですか」

「そういう意味ではない」

「謝ってください」

「嫌じゃ」

「謝ってください。じゃないと僕たちもう元の関係には戻れないですよ」

「別に良い」

「謝ってもらうまで、僕はここを用事がある時以外は動きません!」

「決意が(ゆる)いな。やるなら徹底的にやれ」

「じゃあトイレもここでやっていいんですね。脱糞(だっぷん)しますよ」

「すまぬ。謝るから許してくれ」

「しゃーなしですよ。しゃーなし」

「くっそ腹立つ」

「くそで思ったんですが、魔人さんは排便(はいべん)はどうしてるんですか?」

「どこで思いたったんだ。そしてなんてことを聞くんだ女性に向かって」

「男にだって聞いたらダメですよ魔人さん」

「じゃあ聞くな」

「興味本意ですよ。魔人って、なにも食べないから排便もしないのかなって」

「そろそろ排便の話はやめてくれないか」

「はーい、べん」

「は?」

「忘れてください。そろそろ話を戻していいですか?」

「待て。説明しろ」

「魔人さん。この世界には、触れてはいけない禁忌(きんき)というものがあるんですよ」

「安心しろ。私も禁忌みたいなものだ」

「ではこの世界の人たちはいつも何飲んでるんですか?」

「話を戻しおった」

「僕も(ひま)じゃないんで」

「死ね」


 イヴィドギはあからさまな舌打ちをし、


「酒だな。この国では特に酒のみが多かった」


 と話を仕切り直した。


「僕未成年ですよ」

「子供には子供用の酔わない酒もある」

「どうやって作るんですか」

「私は知らん。飲まないからな」

「じゃあ魔人さんは何を飲むんですか?」

「生命活動のための水は取らん。強いてであれば、カジの葉を(せん)じた茶を好む。あれを飲むと心が落ち着く」

「ほう。そのカジの葉はどこにあるんですか?」

「根こそぎ持っていかれたわ。あれはこの地域でしか育たない貴重なものだからな」

「誰に?」


 イヴィドギは自然と言葉を発しようと口を開けたが、そこで躊躇(ためら)うように動きを止めた。

 また触れるべきでない話題に触れてしまったかと七海が謝ろうとしたときだった。


「隠れろ」

「はい?」

「今すぐ隠れろと言っている!」

「え、え、隠れろって……」


 冗談でない表情に、あわてふためく七海。

 キョロキョロと周囲を見渡すが、この破壊しつくされた玉座の間に、即座に隠れられそうな場所は見当たらない。

 七海は唯一目にとまった場所へ隠れこんだ。

 それはイヴィドギが鎮座する玉座。その後ろ。

 七海は足が外に出ないよう、その身を縮こまらせた。

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