死者の野菜スープ~亡国の想い出を添えて~
コミュ力は重要。
ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss
「それでは今夜のメニューは、どこぞの民家から拾ってきた野菜の塩ゆでです」
「おい」
「まずは食材についた土や血をよく洗い流してください。血がついていたというのは気持ちが悪いので、料理を提供する際は言わないように気を付けましょう。聞かれない限りお伝えする義務はございません。見た目が綺麗になったら、一口サイズに切っていきます。この時、包丁で手を切らないように気を付けてくださいね」
「おい」
「切れたら、沸騰したお湯の中にぶちこんでいきます。料理はできなくても、とりあえず消毒して菌を殺せばなんでも大丈夫です」
「おい!」
イヴィドギに叫ばれ、七海は調理の手を止めた。
「なんですか? わからないとこありましたか? 切り方は自由で結構ですよ」
「誰もそんなこと聞いてない。夜になって私の前へ戻って来たと思ったら、いきなり調理器具を並べて独り言しながら料理を始めたことに意味がわからないと言っているんだ」
「そんなこと言ってましたっけ」
「いま言ったんじゃボケ」
「お口が悪い」
やれやれ、と言わんばかりに七海は肩をすくめた。
「ていうかそのエプロンどこから見つけてきた」
「これ? 泊まってる民家から借りてきました。可愛いでしょ、女の子のものですかね。包丁とか調理器具もだいたいそこから」
「食材も、よくそんな血のこびりついたものを食えるな」
「洗って茹でれば問題ないでしょう。多分」
「茹でることに対する信頼が半端ないな」
そんなやり取りをしながらも、七海は手元を動かし茹でた野菜を丁寧にかき混ぜ続ける。
「ではここでは味付けしましょう。今日はその辺の民家から拾ってきた塩っぽい調味料を使います」
「ぽいってなんだ。よくも詳細のわからないものを口に入れる勇気があるな」
「茹でれば大丈夫!」
「もうよい」
やれやれとイヴィドギは大きくため息をついた。
「料理をするのは構わんが、他所でやってはくれないか。目障りだ」
「いや寂しいかなと思って」
「寂しくなどない」
「いや僕が」
「知るか!」
七海は再度肩をすくめ、鍋で煮込んだ野菜ぶちこみスープの味を確かめる。
「すっぱ! なんすかこれ! 塩じゃないじゃんふざけんな!」
「もうお前黙れ!!」
七海は渋々とおたまを置いて、汚い皿にスープを盛り付ける。
見た目は不細工だがまあそんなこと言ってもいられない。
すべてを考えるのは、腹を満たした後だ。
「まあ今日はこれで我慢しましょう。できました。死者の野菜スープ~亡国の想い出を添えて~です」
「笑えん」
「笑った方がいいと思いますよ」
「愛想笑いは苦手でな」
「学校で孤立するタイプですね」
背に腹は代えられないと、七海は強烈な酸味を帯びたスープをすする。
美味しくはないが、暖かいスープは冷えた七海の身体に染みわたる。
「この世界に着火剤があってよかったです。火が点けられれば、死ぬことはないでしょう」
「人間は軟弱だな。すぐに死んでしまう」
「魔人さんは死なないんですか?」
「死なん。いや、死ねんと言った方が正しい」
ほんの少し、イヴィドギの表情に陰がさしたのを七海は見逃さなかった。
「死ねないって……どうしてですか?」
「それが魔人だからだ。人の形をした魔種。魔人は本来人間よりも遥かに身体能力や耐久力が高く、従来の生物の外の存在だ。だからちょっとやそっとのことでは死なん」
「魔種っていうのは、例えば?」
「端的に言えば、人間に害なす言葉の通じぬ醜く汚い種という意味だ。魔人も同じ。その始まりは定かではない。神々が人類と同じく創造したこの世界の負の要素であると唱えるものもいれば、大気中のフォトンがより集まって結束し、知性を持った自然発生的な存在とも言われている」
「フォトン……」
その意味がわからず、七海の口からさ迷い出る。
おそらくこの世界では常識のワードなのだろうが、異世界人の七海にはちんぷんかんぷんだ。
漠然と「光」だという知識しかない。
「とにかく、人よりも頑丈で強い生き物だってことですね。魔人は」
「圧倒的にな」
「それって、嫌われるんじゃないですか?」
「なに?」
「いや、ごめんなさい。悪い意味ではないんです。ただ人間ってほら、そういう存在は差別したがるというか……争い事があったりするのではーと」
明らかに変わった空気に、七海は言葉の棘を極力抜いて伝えようと試みた。
だがそれは好ましい話題ではなかったのだろう。イヴィドギはつまらなさそうに視線を外にやり、
「あるさ。常に人とそれ以外はいがみ合ってきた」
その言葉を最後に、イヴィドギは黙りこみ、沈黙だけがその場に残った。
何を言っても地雷を踏んでしまいそうな。この空気を壊してしまいそうな。
ガラスの床にヒビが入った状態。
七海は学園生活を通してこの感覚をよく知っている。
空気は読まねば。
「死ねないって言ってましたけど、逆にどうすれば死ぬんですか? 例えば、高いところから落ちたら?」
「死なん」
「刃物で刺したら?」
「死なん」
「嘘だ~?」
「どれも試した。でも無理だった……なんなら試してみるか?」
イヴィドギは七海の脇に置いてある包丁を見つめた。
「刺してみろ」
「冗談やめてくださいよ……えーっと、じゃあ溺れるとか?」
「水中でも息ができる」
「息を止めるとか」
「大気中のフォトンを皮膚で摂取しているから意味がない。海の中も同じ理屈だ。人間とは呼吸の仕方が違う」
「じゃあどうやったら死ぬんですか?」
「魔人の耐久力を上回る衝撃。そんなものがあるのかは疑問だが。あとは寿命か、餓死か……私にもわからん。こうしてじっと七夜過ごしてみても死ぬ気配すらない」
「え、七日間も? 飲まず食わずでですか?」
「ああ」
「え、ていうかずっとそこにいるんですか?」
「ああ」
「ずっとその玉座に座って?」
「ああ」
「お尻痛くないですか?」
「心配するのはそこなのか。貴様、変なやつだな」
「よく言われます」
「見ているだけで腹が立つ」
「酷くないですか?」
「うるさい」
「酷くないですか?」
「しつこい」
「でもどうしてそんなことをしているんですか? 暇なんですか?」
七海の問いに、イヴィドギは視線を落とす。
「……死ぬ、ためだ」
「え?」
「私は死ぬためにここにいる」
顔を上げ、七海を見る。その目は変わらず鋭いのに、奥の瞳には光が宿っていなかった。
何も言わせない空気を作られ、押し黙る。
死ねない魔人が、死のうとしている。
らしい。
「でもどうして。こんな、誰もいない場所で……」
その問いに、イヴィドギはまた沈黙を突き付けた。
一気に張りつめた空気にまた言葉の選択を間違えたと後悔する。
「去れ」
「すみません、余計なことを聞きました」
「去れ」
睨まれた。そう思った時には身体が既に一歩後ろへ下がっていた。
額に汗がにじみ出て、全身の毛が逆立つ。
あの時と同じだ。深い海の中で強大なサメに睨まれた時と。
死――その感覚に限りなく近づいたのだ。
七海は何も言わず。
正確には何も言えず、その場をあとにした。
「調理器具も片づけて行け」
「はい」
すぐ戻った。




