嘆きの森
異世界なのに異世界っぽいことしてないことに気がついた。意味ない。
嘆きの森。
希望都市ミアンと技術大国ソーラスとの間を横断する巨大な森で、大陸の最北端に存在している。
そこは行き場を無くした荒くれ者たちが行き着く最後の場所で、彼らは徒党を組んで森に入る存在を虎視眈々と狙っている。
それは人も亜人も動物も関係なく。
通る者すべてから、すべてを奪い取る。
もし何も持たなければ、その命を。
さらに妖精バンシ―も住み着いている。彼らは人を惑わせ、幻覚を見せ、心を殺す。
足を踏み入れたものを、奈落の底に突き落とす。
故に嘆きの森。
その森に近づくなかれ。
それはこの地域に生まれた子供たちが、親から真っ先に聞かされる教訓である。
「僕、ここトラウマなんですけど」
その嘆きの森を歩く七海が嘆く。隣にはイヴィドギがいて、前を先導するようにファラが歩いている。
亜人のゾウさんはミアンに居残りだ。晩ごはんの準備をしておくらしい。
「嘆きの森、か。久しぶりに入ったが、蛮族どもの気配がせんの」
「そりゃもちろんよ。ソーラスから掃討軍を派遣して、この森一帯を掃除したもの」
さらっとファラが言ってのける。
「そうなんですか?」
「ええ。以前から問題視はされていたの。子供たちが面白半分で入ったりして、帰らなかったこともある。子守唄で出てくるほどよ。国民からも対処してほしいという声もあった」
「なんで無視してたんですが。役所の怠慢ですか」
「なんでもかんでも噛みつかないでよ。他にもやるべきことがたくさんあったの。それに、嘆きの森はある意味で荒くれ者たちをそこに閉じ込める役割もあったから」
「閉じ込める?」
「蜂の巣みたいなものじゃな」
「そういうこと。巣を叩けば行き場を失った蜂がどこに行って何をするか分からないでしょ」
「全部殺しちゃえばいいじゃないですか」
「発想が鬼畜なのよあなたはいつも」
「魔人さんを殺そうとしてた人に言われても……」
「ねー」
まさか可愛く乗っかってきたイヴィドギに七海は少し驚く。
イヴィドギは隙あらばチクチクとそのことを根に持ってファラを弄るのだ。
「それは悪かったって言ってるでしょ! しつこいと嫌われるわよ!」
「まあ、別にファラさんになら」
「うむ」
「私あの国で過ごす自信が無くなってきたわ……」
ファラは少しだけ肩を落とした。
「それに、嘆きの森はミアンとの物理的な障壁になっていたことも大きい。魔人の住む危険な国との間に嘆きの森があることで、ある程度の安心材料にもなったし、何も知らない人をソーラスからミアンに近づけないための壁にもなっていた」
「ふむ。確かに合理的ではあるな」
言いにくい空気を誤魔化すように、イヴィドギが自らそう言った。
「だから嘆きの森はそのままにしておいたんだけれど……言い換えると、この森のせいでミアンに人が集まらないのよ。交易を盛んにするにしても、商人たちが安心して往来できる国にしなきゃいけない。だからこの森を掃除したわけ」
「この2日間帰ってこないと思ったら、そんなことをしてたのか貴様」
「何の生産性もないユウエンチを作ることよりもよっぽど有意義でしょ?」
何も言い返せず、七海は黙り込む。
生産性は……なかった。
「バンシーはどうしたんですか? あれは倒せるんですか?」
「バンシ―は暗いところでしか棲息できないのよ。だから今、ソーラスからミアンまでの道なりを綺麗にして、陽のあたる道づくりをしているところよ」
「そう言われれば」
七海が空を見上げると、以前通った時木々に覆い尽くされていた空が、今は一部だけではあるがすっきりと見える。前方を見ると、舗装はされていないが道がしっかりできていて、道の脇ではソーラスの兵士たちが、何やら木々を伐採したりしている。
「インフラってやつですか」
「大層なものじゃないけど、これで随分とミアンには行きやすくなるはずよ。往来する人が増えれば、少しずつ生息域も変わってくるわ。あとはミアンに行きたくなるだけの魅力やメリットがあるかどうか次第ね」
なにかあるかしら、と言いたげにファラはイヴィドギに目配せする。
「飯はうまいぞ」
「泊まるところもないじゃない」
「そこで遊園地ですよ! 任せてください! 来る者拒まず去る者逃がさずな最高のテーマパークにしてやりましょう!」
「いや、帰らせてあげなさいよ……」
「逃がさないのであれば薬が良いだろう。中毒性のある薬を配って、虜にすればよい」
「麻薬ですね。それどうやって作るんですか?」
「任せろ。ミアンには多様な植物が自生しているから、いくらでも調合してやろう」
「完璧じゃないですか! ミアンに来れば悩みから解放される夢の国の住人に! これで行きましょう!」
「現実逃避の間違いよねそれ」
きゃっきゃと楽しそうに倫理観ゼロの計画を練る二人に、ファラは一人首を横に振るう。
「まだ先は長そうね……」
「それで、ファラ、貴様は自分の成果を自慢して七海の愚かさを間接的に罵るためにこんなところまで連れてきたのか?」
「魔人さん。言わないで。傷つくから」
「それもある。それもあるけど」
「あるんだ」
「でも、さっきも言った通り、異世界に関することで伝えたいことがあったの」
そう言ってファラは道の横に立つ一人の兵士に手で挨拶しながら、そこを森の深部に向かって曲がった。兵士は姿勢を正して挨拶を返した。
「あの人の弱みでも握ってるんですか?」
「私上司ですから!!」
それなりに、結構、まじで、偉い人物なのに。
ファラの立場のすごさに理解を示さない七海だった。
「七海の世界には無かったかもしれんが」
それを見かねたのか、イヴィドギがフォローするように口を開いた。
「ソーラスは大陸でも一、二を争う大国で、いくつもの属国がある程じゃ。その中でも隊長と言えば、王と8人の賢者、その下に位置する高位な存在で、こと戦闘に置いては常人を遥かに超える。それに15やそこらで任命されるのだ。その女が只者でないことは事実であろう」
「ご説明ありがと」
「自分からは言いにくいだろうからな」
「ふんっ」
「っても、親の七光りでしょ?」
「8割ある」
「ないわよ! これでもちゃんと実績を積み重ねてきたんだから! 超勉強がんばったの!!」
「親が王様なら、周りの皆も気を遣ったでしょうね。成果を譲ったり、上手くいくよう口添えしたり」
「あとは金じゃな。掴ませたに違いない」
「違いないですね」
「いつか絶対跪かせてやるんだから!」
後ろから囁かれる嫌味の応酬に、ファラは一人プンスカと怒って歩を早める。
「ていうかどこまで行くんですか? どんどん暗くなってるんですがそれは」
「深部に近づいているな」
「まだ先よ」
「まだ残ってる盗賊とかバンシ―とか出たらどうするんですか」
「出たところで問題でも? あなたたち二人だったら森ごと消滅させられるでしょ」
「魔人さんはできても僕には無理ですよ。良心がありますから」
「ナチュラルに魔人差別しおったな。魔人にだって良心はある」
「冗談ですよ。ただ腹切らなきゃならないのが嫌なんです」
「それよね。なんで変身するのにいちいち腹を切るのかしら。異世界人って不便ね。異世界ではよく腹を切るの?」
「昔は自害する時とかにあったみたいですけどね。こんな文化を作ったご先祖様を恨みます」
「何故腹を切るのだ?」
「確か、遠い昔に武士だか侍だか人たちが、誰かに殺されるくらいなら、名誉とかプライドとかを守るために自死していたとかなんとか」
「名誉を守るためなら死ぬまで戦うべきだろう」
「それは……価値観の違いですね。獣姦ものに何故劣情を催すのかということと同じです」
「ジュウカン……? 何の話じゃ?」
「わーーーーー! わーーーーー!」
慌ててそうファラが大声を出して会話を掻き消そうとする。
「まあいいじゃない! 国には国の、種族には種族の、そして異世界には異世界のルールや価値観があるの!」
「まあ、それはそうじゃが……なんだこいつ急に叫んで、頭がおかしくなったのか?」
「それは元からですね。頭も性癖もおかしいんです」
「そ、ん、な、こ、と、よ、り! ナナミ、今短剣、持ってるの?」
「持ってないですけど」
と言いながら、手を前に差し出す七海。
するとその掌から碧色の光が淡く灯り、それが次第に短剣の柄の形と成る。
そしてそれは確かな硬さを持った物体へと変貌を遂げた。
つまり、七海の掌の上に、短剣が現れたのだ。
「自由自在に呼び出せるようになりました」
「すごいわね。元々どこに置いてあったの?」
「昨日トイレの中に落としたまま放置してました」
「こっち向けないで!?」
汚れはついてはいないが、どこか匂いが漂ってくる……気がする。
「大丈夫ですよ! 研究した結果、この短剣は僕以外の物質を寄せ付けないので、汚れることも傷つくこともありません!」
「あなたの排泄物よね!?」
「あ」
「さいってー!!」
七海から逃げるようにファラは距離を取った。
その後視線を前方にやると、少し険しい顔つきになる。
「そろそろね……」と一拍起き、「七海、貴方がこっちの世界に来る前、学校に通っていたと言ったわね?」
「そうですが?」
「そして三年に一度しかない修学旅行とやらに行く途中で、山道から乗っていた乗り物と一緒に転落した。その時、白い光に包まれて気が付いたらこちらの世界に来ていた……そう言ったわね」
「言いましたけど……それ前に語りましたよね。なんで二回目を言ったんですか?」
「整理してるだけよ。気にしないで」
「ナナミ。こやつは、目的地に着いた時にいい感じに話のタイミングを持っていくために、会話を調整しておるのだ」
「あーなるほど。だからここまで無駄話をして、『そろそろね……』とか言い出したんですね」
「やめなさい! そうだけど!」
恥ずかしそうにファラは頬を赤く染め上げる。
「どうぞどうぞ。恥ずかしがらずに続けてください」
「やりにくいわよもう!」
「それで何を見せたいんで……す……」
セリフを出しきる前に、七海の声が止まる。
前方の光景に、唖然と口をかためる。
「やっぱり、貴方の世界のものなのね」
暗い森の前方では、小さな木々が寄り集まって一つの大樹を形成しているような、そんな巨大な樹が泰然とたたずんでいた。
森の主とも言うべきその大樹。
その幹の中心に埋め込まれる形で、それはあった。
まるで数千年も前から放棄されていたもので、大樹の成長に合わせて枝が絡みついていき、次第にそれを持ち上げていったかのような。
大樹の腹には、この世界には不釣り合いな武骨な鉄の塊。
それは――。
「これ、僕が乗ってきたバスです」




