魔獣テスラ
決着。とりあえず。
ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss
「すみません」
何を謝るのか。七海はそう穏やかに言った。
しかしファラは絶望に表情を歪めていたのも一瞬、すぐに思い立ったかのように反転した。
そして城へと――玉座に座るイヴィドギへ駆ける。
「あなたは無理でも、こっちだけでも!」
ファラは再度フラガラッハに力を込め、そしてイヴィドギへと振るった。
――と、その間に割って入るように、七海が降り立つ。
そしてその光の一撃を受け止めた。
だがダメージは通らずとも、身体が勢いに押される。
このままでは、イヴィドギへその光の刃は届くだろう。
「どうして貴方たちのような害成す存在が生まれてくるの! 貴方たちはどこまで私たちを、人間を傷つければ気が済むの!」
それはファラだけの言葉ではない。
人類が経験してきた、何百、何千年という思いが、恨みが、悲しみが。
ファラの言葉に乗せられて、七海に降りかかる。
「この戦いは私が終わらせる! ふんぞり返った魔人を、玉座から引きずり下ろしてあげる! 見栄を張って玉座にしがみついたところで、意味はないことを教えてあげる! そこに座っていても、この国は蘇らない!!」
「…………違う!」
押し込んでいたファラの光の剣が、七海に一歩押し返される。
「魔人さんは、この国が滅んでいないことを主張するために、意地を張って玉座に座ってるんじゃない!」
「何を……!」
「魔人さんは、玉座に座り続けることで、家族を失った悲しみに耐えているんだ!」
七海の叫びに、表情を崩したのはイヴィドギだった。
まるで、心の中を覗かれ掻き乱されるような感覚。
七海はその身を一歩、前へと出した。
「ここが……この場所だけが、唯一魔人さんが心を強く保てる場所だから……」
「やめ、ろ……」
七海の言葉に反応を見せたのは再びイヴィドギ。
「この椅子を離れてしまったら、魔人さんは王様じゃなくて、ただの女の子に戻ってしまうから……!」
ひらひらと、イヴィドギの足元に一枚の紙が落ちてきた。
そこにはそばかすの女の子と並ぶ、イヴィドギの絵が描かれていた。
その顔は笑っている。
「悲しさや寂しさに押し潰されないように、ここにずっと座っているんだ!」
イヴィドギが何かを隠すように、顔を下へと向けた。
その時、幾度か聞き覚えのある音がして、次の瞬間にはイヴィドギへと砲弾が直撃した。
生き残った兵たちが、アナムの指示のもと城外から砲弾を浴びせ始めたのだ。
だがそれはもちろんイヴィドギには効かない。
効かないはずなのに、砲弾の雨は止まない。
「魔人がその場を動かないと言い張るのであれば都合がいい。海に落としてしまいなさい! 魚の胃の中で一生生き続けるがいいわ!」
アナムが興奮気味に声を飛ばす。
彼女の思惑通り、砲弾はイヴィドギの周囲を次々と打ち砕いていく。
そしてただでさえ崩壊しかけていた城の床がずれ落ちていく。崖の飛び出た部分に乗っかっている城だ。崖が崩れていくと、その城自体も海へと引きずりこまれていく。
それでもイヴィドギは動こうとしない。
魔人は、頑なにその場を離れようとしない。
「魔人さん!」
七海が片手を伸ばす。
すると、崩れ落ちそうになる崖を、不自然に海面から吹き出た水が押し返す。
今イヴィドギの座る玉座の床が保っているのは、その力のおかげでしかない。
「魔人と共に、落ちろ!」
無敵の鎧を手に入れようとも、その手は二本しかない。片手になった七海の隙を突くように、ファラが力を込める。すると海を操る力にブレが生じ、イヴィドギの玉座が後方へと傾く。
「魔人さん! 手を掴んで!」
「もういい! もういいのだ人間!」
「よくないです!」
「私には、向こうで待っている人たちがいる! そしてあちらで償わなければいけないのだ! 彼らがぶつけるべき恨みを受けてやらねばならんのだ! 謝らなければならんのだ!」
「謝ってなんかほしくない!!」
「なに……?」
「この国を歩きました! どの家に行っても、その部屋を見ても、この国は魔人さんとの思い出で溢れていました! みんな、あなたが大好きだったんです! だからあなたに死んで欲しいわけがないでしょう! 謝って欲しいわけがないでしょう! 生きて、もっとたくさんの人たちを幸せにしてあげてほしいに決まってる!」
「私、は……」
「僕と、一緒に! 今度こそ誰にも負けない! 誰にも文句を言わせない! 誰もが分け隔てなく笑える国を作りましょう! 亡くなってしまった人たちのために!」
「……!」
「僕の居場所になってください!!」
七海の懇願に、イヴィドギがその手を伸ばした。
そして七海がその手をしっかりと掴みとった。
同時に、吹き上げる水の力が弱まり、崖が――城の半分が海へと落ちていく。
七海はイヴィドギの小さな身体を胸の中に受け止め、地上に残った城の床へと倒れ込んだ。ファラの攻撃は城が崩れ去った衝撃で上方へと消えた。
「ははっ……魔人さん、ちゃんと軽いですね」
「っ……っ……!」
胸に顔を埋めるイヴィドギを見る。彼女はその目からボロボロと涙を流しながら、小刻みに震えていた。
玉座という制御が無くなり、ずっとずっと我慢していたものが、溢れ出てくる。
その様子に、ほっと気が安らぐ。
「しぶといわね」
そこにファラが再び現れ冷たく言い放つ。
「さすがに、しつこいですよ……」
「私がここで倒れたら、世界が終わるのよ」
「意外とそうならないかもしれません」
「そうなってからでは遅いの!」
「殺してからじゃあ遅いんだよっ!!」
はじめて、七海が激昂する。
七海は感情を押さえつけるように息を吐き、
「魔人さんだって、殺してしまったらそれでおしまいなんです。いなくなってから間違いだってわかっても手遅れなんです。悲しんで謝罪して立派なお墓を立てて毎年その死を悼んでも、それは殺した側が納得できるだけで、殺された側には無意味なんです」
「しかし、魔人はこれまでも必ず世界に災厄をもたらしてきた」
「歴史とか伝統とか宗教とか、そんなものどうでもいいじゃないですか。目の前で見て経験したものを信じませんか。ファラさんは魔人さんの何を見ましたか? 人を殺して不幸にするところですか? 世界を滅ぼすところですか?」
静かに、だけど圧倒させるような言葉に、ファラは言葉を詰まらせる。
「それとも、大切な家族を失って泣かないように威張ってたけど、それでも泣いちゃった年相応の女の子ですか?」
ファラの視線が、七海の胸元で泣きじゃくるイヴィドギへと向く。
ファラは少し考えた後、その手に持った剣を下ろした。
「何をやっているのです!?」
痺れを切らしたように、アナムが迫ってくる。彼女はファラの剣を奪い、光の刃を出して七海たちに向けた。
「こんなにも弱った状態なんて今後来ないわ。やるなら、今!」
老いた腕でフラガラッハを振り上げる。
だがその時、眩く地上を見下ろしていた太陽の光が、陰った。
その突然にアナムとファラが顔を上げる。
するとそこにあったのは。
いや、そこにいたのは、巨大な、あまりにも巨大なタコの触手だ。それは人の想像を遥かに超えた、まるで巨大なビルのような。
「あ……あ……」
「これ、は……魔獣……テスラ」
今にも振り落とされかねないその高層ビルのような触手を刺激しないように、ファラが呟いた。
触手の根元を辿れば、海の向こうにそれ一つでソーラスを飲み込んでしまいそうなほどに大きな怪物の顔がある。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
魔獣テスラが唸った。
その声だけで、大地を揺らす。
「そんな……」
がくん、と膝を落としたのはアナムだ。
「魔人に気を取られていたら、海の底ではすでに魔獣が育っていたのね……ふ、ふふふ……世界が、終わる」
壊れたような笑い出した母の身体に寄り添うように、ファラがしゃがみこむ。
山のように高い魔獣テスラを見上げ、やはり抵抗することの虚しさを感じとる。
こんなものを相手にするくらいなら、いっそのこと押しつぶされて死んだ方が幸せだ。
人がどうこうできる存在ではない。
すると、足下から碧色の光が迸った。
ハッとして見下ろすと、七海の身体から碧色の鎧が消え失せていた。七海は青白い顔で気を失っている。
「いろいろ、ごめんなさい」
ファラは諦めたようにふと笑った。
そして再度上空を見上げる。
巨大な触手がおもむろに持ち上がり、そして勢いをつけて振り下ろされる。
――しかし、その触手が途中で止まった。
いや、何かが触手の下から止めたのだ。
それは藤紫の髪をした――。
「魔人……!?」
魔人イヴィドギが、空中に浮いた状態でその腕で触手を受けている。
その巨大な触手からすれば、米粒のようなサイズしかないのに。
「フォトンの波動につられて来たか」
先程までの泣き顔ではない、玉座に座っていた時と同じ鋭く険しい顔つきだ。
「それとも子供を襲われた仕返しか? だとしたらすまぬな、本人は疲れて眠っておる」
睨んだ。
その怪物の瞳よりも小さい魔人が、山のような怪物に向かって。
その不遜な態度に腹を立てたのか、魔獣テスラは再び雄叫びを上げた。そしてその身ごと陸地に乗り込もうとしてくる。
「彼奴の眠りを妨げることは、何人たりとも許さぬ!」
イヴィドギはそのまま空を疾走し、瞬く間に魔獣テスラの目前まで迫った。
そして、大きくフォトンをその右手に纏い、その小さな腕で魔獣テスラの頰を思い切り殴りつけた。
ドゴォォォッッッ!!
破裂するような音と共に、魔獣テスラの巨体が後方の大海に向かって倒れこんで行く。
あまりの巨体にそれはまるでスローモーションのように。
「私は……なんてものに戦いを挑んでいたの……」
神々のごとき争いに、ファラはそれを唖然と見上げていることしかできなかった。
数十秒してやっと、テスラの体が海面へ着水した。
着水などと言う可愛い表現では済まされない、隕石の落下のようなその衝撃に再び大地は揺れ、そして天地が反転したかのように水飛沫が天高く上がった。
数秒遅れて、ファラにその水飛沫が雨となって降り注いだ。それは数分続いた。
イヴィドギがファラの目の前へと降りてくる。
ファラは茫然自失とした状態でそれを見つめた。
「倒した、の?」
「海に帰しただけじゃ。痛みを知ったから、しばらく陸地には上がってこんだろう。魔獣と言っても、ただのでかい獣だ。生存本能には逆らえん」
言ってイヴィドギは青白い顔で仰向けに横たわる七海へと近寄った。その頰を愛おしそうにつんつんする。
「死んでるの?」
「気絶しておるだけだ。短剣とあの鎧の仕組みはわからんが、腹を裂いたのだから、血を流しすぎたのだろう。どうやら無敵に思えた光の騎士様にも、弱点はあるようだ」
くすりと笑う。
そしてまた愛おしそうに、七海の顔をその白い手で弄った。
「もう帰れ。これに懲りたら、ここには来るな」
「……できない。兵を全て失って、民にどう説明したらいいの?
私とお母様だけが生き残って、こんなの誰も許してくれない」
と、イヴィドギが黙って右方を指した。
初めはわけがわからなかったが、ファラは指さされた方へと進んだ。
その崖の下には坂道があり、それはまっすぐ入江へと続いている。そしてその浜辺には、流された兵たちが横たわっている。
「なにあれ……?」
「海に流された者は全て、フカが拾い上げあの入江へと運び上げている」
「誰も、死んでないの? 貴女が?」
「違う。この小僧がフカを操って助けたのだ」
ファラは気絶する七海を見下ろした。
阿呆な顔で眠っていて、それはただの情け無くひ弱な男にしか見えない。
「降参よ」
ファラは言って、あきれ気味に笑ったのだった。




