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魔人さんは動かない  作者: 色川玉彩
第6章
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碧色の騎士

覚醒シーンを終盤まで引っ張ってしまうのが悪い癖。

ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss


 希望都市ミァンに地響きが起こった。


 激しく揺れる大地に、ファラは体勢を維持するためにバランスを取った。

 激しく放たれていたルーの光線は止まり、誰もが天変地異への恐怖と警戒を示す。


「何事です!」


 アナムが叫ぶ。

 その時、玉座に座るイヴィドギの向こう、切り立った崖の向こうから、碧色(へきしょく)の光が天に向かってまっすぐに伸びた。


「あれは……」


 誰もが唖然と天を見上げた。


「光の柱」


 世界が常闇に染まりし時、天より舞い降りるは光の騎士。騎士は世界に光をもたらさん。

 その神話を再現するような碧色の光柱から何かが飛び出てくる。

 飛び出てきたそれは、一直線に城の一番高い所へと着地した。

 それは光と同じ、碧色の鎧を全身に(まと)った、光輝く騎士だ。

 その右手には、赤い国旗の付いた棒を持っている。そして騎士はその旗を城へと突き刺した。


「ナナミ……なの?」

「あんなものに構うな。標的は魔人のみ! 撃ち方再開!」


 アナムの視線はイヴィドギをすぐに向く。

 地響きでずれた照準を即座に合わせ、七台のルーが一斉に照射を始める。

 ――と、アナムのすぐ傍にあった一台に、上から碧色の騎士が飛び降りてきて、それは呆気なく破壊される。

 目があった。騎士の碧色の瞳の奥にあるのは、確かにあの少年の、吉良七海の眼差しだ。


「貴方――」


 七海が両手を左右に差し出す。

 するとその波動だけで、左右に並んでいた六台のルーが吹き飛んだ。


「そんな、馬鹿なことが……!」


 アナムを守るように、傍にいた兵士が二人、剣を振り上げて襲い掛かる。

 碧色の騎士はそれを白刃(しらは)取りしようとしたが、取りそこねて刃は手をすり抜けて脳天へと落ちた。

 予想外の出来事に、兵士たちは顔を見合わせた。

 しかし重たい剣による一撃は全く騎士には響いていないらしく、碧色の騎士は一間置いて正拳突きを兵士にくらわした。

 うめき声を上げる暇もなく、殴られた兵士はボールのように五十メートル先まで吹き飛んだ。


「え……」


 もう一人の兵士が今目の前で起こったことを理解しきれないように困惑していると、今度は足で蹴りつけ、もう一人の兵士も同じように吹き飛んだ。

 碧色の騎士はなにかを確かめるように自分の身体を見下ろしている。

 そうこうしている内に、アナムが後退しつつ、片手をあげる。

 すると後方に位置していた弓隊が一歩前に出て構えだした。


「放て!」


 アナムの指示に、幾百の矢が上空へと放たれる。それらは大きく弧を描き、碧色の騎士へ天から襲いかかる。

 しかし碧色の騎士は、慌てた素振りを見せず、ただそれを見上げている。


 そしてその場で、パンッと両手を叩いた。


 するとその小さな波動が爆発的に周囲に広がり、襲い来る無数の矢をあさっての方向へと弾き飛ばした。

 唯一残った一本の矢が碧色の騎士を襲うが、しかしそれはコンッと鎧に当たって弾かれ突き刺さることはなかった。

 今度こそ、明らかな異変に兵士たちがざわついた。


「剣隊、前へ!」


 それでもアナムはたゆまない。

 即座にそう指示をし、次なる攻撃を始める。言われて数百の剣を携えた兵士たちが前へと出る。

 その中には、七海がソーラスの酒場で出会った大男たちの姿も見える。


「あれ、なんだ?」

「サメみたいな鎧だな」

「お前想像力豊かだな」


 陣形の片隅で、男たちはそう漏らし剣を構える。

 標的は魔人の前に立ちはだかる、(いびつ)な鎧の騎士だ。

 陣形の前方から大きな叫び声が聞こえた。百戦錬磨のソーラスの兵隊たちが、雄叫びを上げて地面を足で打ち鳴らす。その地響きは対する相手を縮み上がらせ、戦意を喪失させる程だ。

 しかし、その地響き以上に大きな響きが、向こうから返ってくる。

 ドスン、ドスン、ドスン。

 ソーラスの兵たちの鳴らす足音が、まるで小太鼓のような矮小さを感じさせる程、確かな揺れを持って地鳴りがする。

 それは碧色の騎士だ。騎士がその足を力いっぱい地面に振り下ろす。するとそれだけで地震のような揺れが起こった。

 精悍(せいかん)な顔つきで構えていたソーラスの兵たちが、動揺を見せる。

 そしてついには地面に亀裂が入る。


「何を怯えているのです! 魔人はすぐそこ! 行けーーーー!」


 アナムが鼓舞すると、兵士たちは動揺した顔を改め直し、剣を片手に駆けだした。


 と――碧色の騎士がジャンプした。


 高く、高く、高く。


 人の仕業とは思えない程高く飛びあがり、誰もがその行先を見上げた。

 そして数秒後、剣隊の最前線へと落ちてきて、地面を揺らす。

 その波動で兵士たちはみな吹き飛び散らした。

 それは別に何もしていない。

 ただただ手を叩き、ただ足踏みんし、ただ跳んだだけだ。

 なのに。

 なのにそれだけで、千もの精鋭たちが、まるで木の葉のように(もてあそ)ばれ、その戦意を完全に奪われる。


「な、なんなのですか貴方は!?」

「吉良七海です! 宜しくお願いします!」


 碧色の騎士から、ものすごく丁寧な返事が返ってきた。


「ナナミ……やはり貴方も魔人だったのね……ソーラスに刃向うのですか!?」

「刃向うつもりはないです! でも……でも、僕は魔人さんを守りたい」

「世界中を敵に回すのですよ」

「異世界人なので問題ありません」


 暖簾(のれん)に腕押し。

 目の前のこれは、もはや開き直った子供のように説得に応じる様子はない。


「知っていますか?」

「……何の話です?」

「僕のいた世界では、サメは空を飛ぶんですよ」

「は?」

「うわああああああ!!」


 後方から叫び声が響く。

 アナムが慌てて振り返ると、ソーラスの兵たちが宙を滑空する多数のサメに次々と襲われているではないか。

 よく見るとそれはサメが飛んでいるのではなく、海から伸び出た海水の太い管のようなものに乗って、(そら)を自由自在に行きかっているようだ。サメが大砲のように兵士に襲い掛かり、地面に着弾するとすぐに海水の管が鞭のような動きでサメを拾い上げる。

 長い歴史の中でも、一度も語られたことのない、異様な光景だ。


「私は……妖精(バンシー)に惑わされているの?」

「必殺、サメ大砲!」


 叫んだのは七海。

 アナムとファラが強張(こわば)った表情で振り返る。


「いや、こういうの必要かなって…………すみません」

「馬鹿に、してるの……?」

「してません! って、えっと……オッケー! いったん無しで!」


 そう七海が言って両手で操るように指示すると、サメを伴った海水の管が左右に分かれて海へと戻っていく。

 気がつけば、千はいた兵たちが半数近く姿を消している。


「全員、構え!!」


 そんな七海を見据えつつ、アナムが叫ぶ。

 訓練された兵たちは、女王の命に大きな声で答えた。


「これじゃあ話ができないですね……」

「魔人と語る言葉は持ち合わせていないわ」


 アナムは取りつく島もなくそう言い捨てる。


「しょうがない」


 七海がその右手を上に掲げる。

 するとミァンの周囲の海から吸い上げられるように七海の上空に海水が集まり始める。

 それは碧色の光に包まれるように球体となり次第にその大きさを増していく。


「そんな……ことが……」


 アナムは唖然とし、その天変地異を見上げていることしかできない。

 そこには城1つを飲み込んでしまいそうなほどの水球が出来上がった。


「見よう見まねですが、とりあえずこれで!」

「待っ――」


 アナムの言葉よりも先に、碧色の騎士がその手を振り下ろすと、その巨大な水球が天から降り注いだ。

 それは地面に当たると同時に弾け飛び、一瞬にして大地を飲み込む。

 数百も残っていたソーラスの兵たちが、まるで木の葉のように洗い流されていき、海へと連れ去られていく。

 ミァンへと押し寄せていた魔人討伐隊は(またた)く間に大地から消え失せてしまった。


          ◯


「はあ……はあ……」


 洗い流された大地に、数少ない生き残りがいて、その中に身体を寄せあうようにしてファラとアナムの姿があった。

 咄嗟(とっさ)のところでファラがアナムを家壁の後ろへと連れ込み、波にさらわずに済んだのだ。

 だが目の前で起こった神のごとき所業に、さしものアナムも動揺を隠せないでいた。


「お母様! お母様!」


 呆然自失とするアナムに、ファラが(ほお)を叩いて意識を戻させる。


「ファラ……」


 アナムの泳いでいた瞳がファラを捉え、すぐさま表情を強ばらせてファラの腕を取った。


「お前があれを止めるのよ、ファラ!」

「でも、あれは……神話に聞く光の騎士」

「騙されてはいけない! あれは魔人よ! あの魔人の手先なの! ついに覚醒したのね、このままではソーラスが滅ぼされてしまう! 私たちの時代が終わる!!」

「でも……もう私には何が正しいのかわからない……」

「しっかりして! 私の目を見て! 魔人を討つはずの光の騎士が、どうして魔人に(くみ)するの!? だからあれは光の騎士ではないわ! こんなことを軽々としでかしてしまう魔人を、放っておけない! すぐにこの魔の手は我が国へ届きます! ソーラスに住んでいる民がみな、魔人の犠牲になるのです! お前が止めなければ国は……世界は滅ぶのですよ!」


 君主であり母であるアナムの必死の叫びに、今度はファラが息を乱しながらその瞳を泳がせる。

 視線を上げる。崩れた壁の隙間から、碧色の騎士が見える。


「国に……民に(あだ)なすもの、そのすべてを破壊する鬼となりなさい。貴女はソーラスの矛であり盾なのです。そのように育てた……お願い。私が唯一信じられるものは、お前しかいないのです」

「……」


 力強く両手を握られる。それはいつ以来だろうか。

 もう記憶にない。

 そしてここまで取り乱す母の姿も。

 こくり、とファラはうなずいた。

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