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魔人さんは動かない  作者: 色川玉彩
第5章
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交渉

カフェに入り浸るのも悪くない。

ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss

 最奥に鎮座する女。

 両脇には、同じような品格の良さそうな男女が8人。


「……もしかして、あの人、魔人さんのとこに来た?」

「あら、知っているの? 私の話を聞いていたのね」


 老齢なその女性は、特段驚いている素振りも見せずにそう言った。


「はぁ。とても素敵な会話でした」

「それはお恥ずかしいわね。あまり、綺麗な言葉使いではなかったでしょう」

「はい」


 率直にそう答えると、その場がざわついた。

 ファラが持っていた鎖に力を込め、七海を(ひざまず)かせる。


「やめなさい。ファラ」

「しかし……」


 口答えしようとするも、ファラはその老齢な女性に見つめられ、渋々首輪を外した。


「娘がご無礼を」

「いえ、お互い様なので」

「そう。随分と楽しい時間を過ごしたのね」

「お母様!」


 顔を赤く抗議するファラに、母は肩をすくめる。


「みすみす相手に捕まるなんて……私は貴女を買い被っていたのかしら」

「その話はもう終わったはずです」

「何度言っても言い足りないわ。いつになったらこの国を任せられるのかしら」


 親子喧嘩。

 七海だけではなく、その場にいたその他の人たちも困惑気味に顔を見合わせていた。


「本題に入りましょう。私はソーラスを取りまとめる、アナム・ソーラスです。そして連なるのが、国を取り仕切る当国の8人の賢者たちです。ソーラスは国王による独裁は行わず、民によって選ばれた賢者たちと共に(まつりごと)を行っています」


 両脇に座る面々に視線を()る。老若男女、多様な人物がそこには鎮座している。

 そのどれもが精悍(せいかん)な顔つきをしており、七海は一目に苦手なタイプだと察した。


「貴方の世界でも、同じように国が形成されているのかしら?」

「……多分」

「多分?」

「公民は苦手です」


 聞きなれない言葉だったのだろう。

 アナムは賢者たちと視線を交わしあった。


「貴方はナナミでしたね」

「はい。吉良(きら)七海です。生まれは滋賀県。育ちは奈良。趣味はルービックキューブで最近DIYと料理を始めました」

「本当に聞きなれない言葉ばかり。名前から察するに、遠い東の国の発音に聞こえないこともないですが……貴方は異界から来たと?」

「はい」


 七海が言うと、周囲にいた人々が、再びざわつき始めた。

 あるものは驚き、あるものは信じられないと半笑いで七海を見つめる。

 アナムは机を小さく叩いて周囲を静める。


「異なる世界……噂は本当だったんですね」

「噂?」

「ええ。ここ最近、貴方と同じような服装をして、『異世界人』と名乗る(やから)が世界中のあちこちで目撃されているそうです」

「同じ服? それじゃあ、皆もこっちの世界に来てるのか…………ちぇ」

「どうして悔しそうなのです?」

「だって僕一人の方が特別感あるじゃないですか」


 わけのわからない悔しがりを見せる七海に、8人の賢者たちは困惑したように再度顔を見合わせた。

 頭のいい人間からすれば、七海のような俗な思考に毒された者の考えなど知る由もないのだろう。


「ごほん」


 とアナムは一つ咳を打ち、


「皆、と言いましたね。どういう関係なのかしら?」

「同じバスに乗っていた学校のクラスメイトです……全部で40人くらいですね」

「40……そんなにも……これは由々しき事態かもしれませんね」


 言ってアナムは賢者たちと顔を合わせ、何かを(うなず)き合う。


「では、この短剣も貴方の世界から持ち込んだものですか?」


 七海とアナムの丁度間の床が、一部円筒型に飛び出てくる。

 そしてその上には、七海が所持していた碧色(へきしょく)の宝石の付いた短剣が横たわっていた。


「あ、それ」

「少し拝借しています。これは、貴方の世界の物ですか?」

「いえ、これは僕がこっちの世界で目を覚ました時に持っていたもので、実は誰の物かわかってません」

「そう。ファラの報告によれば、その短剣であれば魔人を殺せるとのことだけれど、本当なのかしら?」

「それは……殺したことがないのでわかりません」

「でも頬を傷つけたと」

「供述が証拠となる可能性があるので、黙秘権を行使します」

「はて……ではこの短剣の使い方は? 貴方は自由に刃を出し入れできるようだけど、我々ではどうやっても出てきませんでした」

「嫌われてるんじゃないですか? その短剣に」


 適当な返事を繰り返す七海に、呆れたと言わんばかりに三度その場がざわついた。

 七海は自分がここにいる理由が大体わかってきた。


「勝手ながら、この短剣について調べさせてもらったわ。科学班によると、確かにこの柄の中には刃が納まっているとのことだけど、その刃を取り出す術が見当たらないのだそうよ。そしてこの短剣。構成物を調べてみたところ、驚くべき結果が出たわ」

「まさか……金とか?」

「いいえ。フォトンよ。この短剣は純度百パーセントのフォトンでできていることがわかったわ」


 何がそんなに驚くことなのか、七海はよくわからずファラを見た。


「フォトンは元素よ。空気や火なんかと同じ、そこにあるけれど固体として存在はしない……でも貴方の持つ短剣は、純粋なフォトンだけで構成されていたの。この矛盾がわかる? おそらくフォトンを超圧縮して圧し固めた物なのだろうけど、口で言うだけなら簡単。そんなものはこれまで一度も発見されたことがなかった……いえ、あえて言うならひとつだけその可能性があるのは、魔人の扱うフォトンよ。あれは相手に触れられるほどの強度になる。といってもそれは一瞬で、すぐに大気中に溶け消えてしまうのだけど」

「つまり?」

「ありえない物が、私たちの目の前にある」


 七海はもう一度、短剣を見つめた。

 なんとなしに使っていたが、そんな代物(しろもの)だとは思っても見なかった。

 どこにでもある元素でできているのであれば、金銭的価値はあまり無さそうだとむしろ落胆する。


「でもなんで、そんなものが僕の手に?」

「わからないわ。でもファラたちが見た、貴方の碧色に光り輝く鎧。それなら聞いたことがある」

「あ。光の騎士、でしたっけ?」

「あら、知っていたの?」

「魔人さんに教えてもらいました」


 魔人――その名を発しただけで、周囲の空気が明らかに変わったのがわかった。

 まるでクラスで一人だけ空気の読めない発言をしたときのような、微妙な空気感。

 アナムもまた、少し不快そうに眉をあげ、


「そう。この世界の民なら誰だって子供のころに聞かされて知っている。一騎で万の兵をなぎ倒し、暗闇に染まった世界に光を与える伝説の存在……私たちはこう解釈しているわ。魔を滅する者、と」

「魔を滅する者?」

「そう。かつて世界が常闇に覆われた時があった。太陽は消え、世界から光が失われた。世界は凍えるような寒さに襲われ、ありとあらゆる生物が死に絶えた。人類もまた、その種を終えようとしていた時、天から一筋の光の柱が落ちた。そこから()づる光の鎧を(まと)った騎士は、黒に染まった世界に光をもたらし、常闇を()ぎ払った……これがこの世界に伝わる神話。私たちはこの暗闇を魔人と解釈しているわ。魔人に支配された世界を、光の騎士が打ち倒し、世界を再び人間の下に取り戻してくれたと」

「それはあなたたちの感想ですよね? それに、僕はそんなたいそうな人間じゃないですよ。家族に言いたいことも言えない情けない高校生です」

「もちろんよ。貴方はただの人間。大事なのは、この神器(じんぎ)とも言える短剣よ」


 ですよね~、と七海は心の中でぼやいた。「救世主様!」などと(あが)め奉られることを期待していたわけではない。


「取引をしましょう」


 アナムがそう切り出した。


「取引?」

「そう。貴方が元の世界に帰る方法を私たちが責任を持って探しましょう。そしてこの世界に散らばっているであろうお友達の事も探しましょう」

「え、本当ですか?」

「もちろん。異世界を渡る術……確かに途方もないことだけど、こちらに来た方法があるなら帰る方法があるのもまた自然の摂理(せつり)。我々が全力を賭してその道を探すわ。面白い研究になりそうですしね」

「……」

「さらにこの国での特権的な生活を保障するわ。何でも言ってもらって構わない。できるものは全て用意するわ」

「ふかふかのベッドは?」

「全身が沈み込む程のものを」

「美味しいご飯は?」

「あらゆる料理を」

「天井の高い家は?」

「見上げる程の家を」

「おお……ブルジョワジー」

「もしよければこの国で妻を(めと)ってみてはどうかしら。例えば、うちの戦娘なんかいかがかしら?」

「お、お母様! 止して下さい!」

「この子は武を極めることしか頭にないのよ。国の世継ぎを作ることをもっと真剣に考え始める歳だわ」

「わ、私は……私にはまだ早い話です!」


 顔を真っ赤にして怒るそれは、七海の周囲にいた女子たちと変わらない。

 年頃の女の子。


「娘さんは結構です」


 だが七海はきっぱり断った。


「なっ」


 あまりにもきっぱり言われたため、ファラが驚愕する。


「それで……その見返りに何が欲しいんですか?」

「簡単な話よ。この短剣を抜いてほしい。この短剣は恒久の平和への手掛かりです。研究を進めていけば、必ずや強大な武器になる」

「それで、魔人を殺すんですか?」

「……もちろん。脅威になれば」

「それじゃあ協力できません」

「では逆に聞きますが、あの魔人は人間の脅威になる危険な存在なのですか?」

「いえ。魔人さんはとてもいい人で、人に危害を加える人では全くありません」

「では、私たちが魔人を殺めることはありえません。貴方は、あれが脅威にならないと確信しているんですよね?」

「それは……」

「それだけの自信があるのであれば、大丈夫ではないですか?」


 やられた。七海は心の中で舌打ちをする。

 自分で自分の首を絞めさせられた。


「じゃあ、取引内容を変えてもらえませんか?」

「前向きな返答で嬉しいわ。どのように?」

「魔人さんの国を……ミァンを復興する手助けをしてくれませんか?」

「……なんですって?」


 思いもよらぬ提案だったのだろう。アナムは疑うようなまなざしで七海を睨みつける。


「もちろん、魔人さん……イヴィドギさんを王様としてです」


 釘を打つ。ともすれば言葉の隙を突かれて望んでいない結果にならないように。

 さすがにそこまで馬鹿ではない。

 アナムは再び傍にいた8人の仲間と顔を合わせ、小声でやり取りをしている。

 漏れ聞こえる限りには、全員が大反対といった様子だ。

 しばし話し合ったのち、アナムは七海へと向き直った。


「交渉成立よ」

「お母様!」


 七海よりも先に、ファラが叫んだ。

 だがアナムはそれを無視して七海を見つめた。


「ありがとうございます。あともう一つだけいいですか」

「かなり譲歩したのだけど、なにかしら?」


 少し苛立ち気味にアナムが尋ね返した。


「朝はバナナと牛乳を。夜は寝つきが悪いので、できるだけ静かなところでお願いします。あ、枕は柔らかめで」

「…………ようこそ。ソーラスへ」

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