恥辱の王女
なかなかブクマとかって増えない。厳しい世界だ。
ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss
ソーラス帝国第四隊隊長のファラ・ソーラスの両手は後ろ手に縛られ、そしてその首には厚い皮でできた首輪が巻かれていた。
そしてそこから武骨な鎖が後ろへと延び、その先端を七海が掴んでいる。
「さ、ゆけ」
「屈辱よ!」
数メートル離れた位置からの七海の指示に、ファラは顔を赤くして叫んだ。
それはまるで飼い犬の散歩だ。
「こんな首輪、どこで手に入れたのよ」
「僕が仮住まいしている屋敷の部屋から出てきました」
「その部屋の住人は絶対に変態じゃない。こんな辱めを受けたのは初めてよ」
「だってこうでもしないと、隙あらば僕を殺そうとするでしょ」
「私誰でも彼でも殺したい殺人鬼じゃないんだけど。殺すのはソーラスに敵対するものと、魔種だけ。そう決めてる」
「じゃあ僕を刺したのは?」
「殺すつもりなら心臓に刺してる。ただ貴方が侮辱するから、脅しにと思って刃先を返したら、全然抵抗もなくてびっくりしたわ」
「非力で悪かったですね。やっぱり不慮の事故で殺されないようにこうするしかないですね」
渋々と、ファラは歩く。
歩きながらも、ボロボロになった町を訝しむように眺める。
「民は無念だったでしょうね。安寧を求めてこんな僻地まで来たのに……魔人なんかを信じるからこうなってしまう」
「魔人魔人って、しつこいですね。この国の人は、自分たちで殺したあったんでしょ? 魔人さん関係ないじゃないですか」
「ないわけがないでしょ。魔人がこんなところに国を作らなければ、こんなことにはならなかった」
「人が集まるところには争いがある。ソーラスは戦争したことないんですか? 国民同士が喧嘩もしないんですか?」
「……」
返す言葉もないのか、ファラは黙った。
「……?」
ファラを後ろから見ていた七海が、彼女が首を左右へと向けるのに気がついた。
何やら訝しげに視線を崩壊した家々に向けている。
「どうかしましたか?」
「いえ……少し、変だなと思って……」
「変?」
「民同士が争って滅んだはずなのに……砲弾で破壊されたような跡がたくさんある」
「そりゃ貴方達が何発も撃ちこんでたじゃないですか」
「私たちは計画的にあの魔人だけを狙った。それ以外の町に着弾させたことはないわ。万が一、1、2発それていたとしても、ここまで街を破壊できない」
「民同士でも砲弾くらい使ったんじゃ?」
「そんなことがあるのかしら?」
「あ、そこ右手に曲がってもらったら一際大きい家があるんで、そこに入ってください」
話を切られたファラは、鎖を引っ張るようにして角を曲がった。
その先に、いつも七海が寝泊りしている大きな屋敷が見える。
「この家……? さっきの地下牢と変わらないじゃない」
「失敬な。僕が毎日寝泊りしているスイートルームですよ。ほら、ぐちぐち言わず中に入る」
「絶対仕返ししてやる」
ファラが扉を開けて中に入る。すると中に入ったところで、彼女が立ち止まった。
「これは……」
「酷いでしょ。多分、争いに乗じてお金持ちの家から金品を盗もうとした輩がいたんじゃないですかね」
「それにしては……酷い」
あちこちに飛び散った血や傷痕に目を配り、ファラは顔をしかめさせる。
七海も始めに見た時は、同じような表情をしていたのだろうなと、ふと思う。
「でもこの家だけが唯一崩壊せずに残ってたので、まだ被害は小さい方なのかもしれません。家の造りからして頑丈なんですかね」
「よくこんなところに住めるわね」
「住めば都です。お化け信じない性質なので」
「そういう問題? 貴方普通じゃないと思ってたけど、やっぱり普通じゃないわね。変人よ」
「変態に言われたくありませんね。それに、それ元の世界でのトラウマなんでやめてください」
「……この家の住人の遺体は?」
ファラは正面の壁に掛かっていた、貴婦人の肖像画を見上げている。なぜか顔の部分には足跡が付いている。
「なかったです。ていうか、死体が一つもなかったですねこの街には」
「え? おかしくない?」
「おかしい……ですね」
人が住んでいた形跡はある。そしてまだ色あせていない血の跡がある。
なのに、七海はまだ一度も死体を見たことが無い。
「ふ、ふふふっ」
唐突に、ファラが笑いだす。
「頭おかしくなったんですか?」
「いきなりその結論に飛ぶのってすごいわね」
「じゃあどうして笑うんですか?」
「見たでしょ? 外の惨状を。砲弾のようなもので破壊しつくされた街。なのに死体すらない。何よりこの屋敷の中を見たらわかる。血や剣跡の他にも、鈍器で叩きまわったような跡がある」
「鈍器……本当だ。でもそれが?」
「フォトン。貴方も魔人が使うのを見たでしょ? 魔人はあれを装置無しで自由自在に扱う」
そう言われて、七海を襲ったイヴィドギのフォトンの攻撃を思い返す。
確かにハンマーで殴られたような衝撃があり、その攻撃を受けた床や壁は、同じような形で凹んでいた。
「民の争いなんて真っ赤な嘘。魔人は自らこの国の人たちを殺して、そして食べたのよ」
「……は?」
「知らないの? 魔種は人肉を好む。腹を満たす為ではなく、愉悦のために食らうの」
「漫画の読みすぎでしょ。馬鹿馬鹿しい」
「本当にそう言い切れるの? 貴方が魔人の何を知っているの?」
「何も、知らないですけど……」
「じゃあこの床の遺体を引きずった跡が、どこに行くと思う?」
視線を落とす。この家に入れば嫌でも目に入る、遺体を引きずった赤い跡。
それは二階の七海が寝泊りする部屋から、階段を通って玄関の外まで続いている。
それを追ったことは無かった。そこら中血だらけだし、気にしたこともなかった。
なにより、無意識にその先を想像することを恐れていた。
「この先に、その答えがあるってことですか?」
「そう思うわ」
「もし、間違っていたら?」
「え?」
「人にあらぬ疑いをかけるんです。間違っていた時の責任は取れるんですね?」
「……私に、どうしろと?」
「魔人さんに謝ってください」
「嫌よ」
「あなたはリスクを冒さず、他人を遠くから貶すことに喜びを覚える人間なんですね。王家の血筋の人間が、聞いて呆れますね」
「私を、侮辱しないで」
「自分がされて嫌なことを、他人にするなよ」
下がらない。珍しく七海はその強い眼差しでファラを睨みつけた。
ファラはそれを受け止めた後、
「いいわ。貴方に魔人の現実を教えてあげる」
そう言って階段を下り始め、血を引きずった跡を追いかけ始める。
血の跡は、玄関から外へと続いている。外に出て目を凝らせば、それは途切れながらも真っ直ぐに城へと向かっていた。
ほらね、と言わんばかりにファラが目配せする。
一歩ずつ、真相へと近づいて行く。
だが軽快に進んでいたファラの足がピタリと止まった。城の入り口の手前で、血の跡が曲がっている。草に隠れて見えづらいが、何とかそれらしい跡を見極め進んでいく。
その先にあったのは――
「なに……これ?」
七海はそっと笑みをこぼした。
それはファラとの賭けに勝ったからではない。
城の背後。大海原を臨む断崖絶壁のその場所に、無数の木の棒が立っていた。棒が突き刺さる地面は、こんもりと盛り上がり、何かが埋まっているのが伺える。そしてそこには一面花が添えられていた。
それは墓場なのだろう。七海の良く見知った墓石や十字架などは建てられていないが、そうだと伺える。
そしてその下に埋まっているのは、想像するまでもない。
「全ての血の跡がここに続いてます」
「まだ、わからないわ」
「地面を掘り起こします?」
「それは……」
異世界であっても、死者に対する想いは同じらしい。
墓を暴くなんて人間のやることではない。その理性がファラの中にも働いたようだ。
「戻りましょうか」
沈黙を続けるファラに告げる。
しばし墓を見つめていたファラだったが、七海の首輪に引かれるように踵を返した。




