ファラ
ジャスファラウェイ!
ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss
「!?」
轟音のした方を振り返ると、城壁に大きな穴が開いていた。
それは町中にあった跡と同じだ。
「後ろに!」
イヴィドギが叫び、七海は反射的に駆けだした。そしてイヴィドギの玉座の後ろに隠れこむ。
それとほぼ同時に、2発、3発、4発……と、次々と轟音がして、ただでさえ崩壊寸前の城に穴を開ける。
一角の柱が崩れ落ち、城の天井が傾いた。
頭を抑えひたすらに堪えていた七海は、轟音が止んだ後に馬の走る音を耳に捉えた。案の定、それは玉座の前まで来て止まる。
「娘の方か」
口火を切ったのはイヴィドギだった。
「覚えていたとは、光栄ね」
返ってきたのは、以前の老齢な声色とは全く違い、若く張りのある女性の声だ。
「いつも母の金魚の糞のようにまとわりついておったからな。嫌でも覚えたわ……その、犬畜生を見下ろすような目。嫌いではない」
「ソーラス帝国第四隊隊長。ファラよ。覚えなくてもいいわ」
「して、その金魚の糞が何をしに来た?」
あからさまな挑発に、そのファラと名乗る若い女性が鋭く目を凝らしたのがわかった。
一触即発。
七海は恐る恐る玉座の後ろから様子を覗き込んだ。
「私の任務は……死都にはびこる穢れの浄化」
綺麗な声色の通り、見目麗しい女性がそこにはいた。
腰まで届く黒くまっすぐな髪と、急所には白塗りの甲冑をつけている。
「遠まわしな表現が好きだな貴様らは。はっきり言ってみよ」
「魔人の抹殺」
「よろしく頼む」
イヴィドギが不適に笑うのと同時、ファラは地を跳ねた。
可愛らしい容姿からは想像できない素早く豪快な動きに、圧倒される。
「おおおおお!!」
たった一歩で瞬く間にその間合いを詰めたファラは、手に携えたその巨大な両刃剣を天高くに構え、そして力いっぱい振り下ろした。
七海とそう変わらない年齢の女性が刃を振り回すことも、その刃が巨漢ですら扱うのが難しそうな巨大な両刃剣であることも、そしてそれを振り下ろした衝撃だけで地面が揺れたことも、どれも現代日本で育った七海からは驚きの連続であったが、しかしそんな些事よりも驚いたのは、その豪撃を受けてなお、先ほどと変わらず不敵な笑みで玉座に座るイヴィドギだった。
避けもせず、脳天でその一撃を受けている。だが服の乱れ一つない。
「もういいか?」
「くっ!」
ファラは何度も何度もその両刃剣をイヴィドギに振り落とした。
が、イヴィドギはそれを避けもせず黙って受ける。
「あああああああああああああああああああああ!!」
どこからそんな声が出るのだろうか。
麗しい見た目からは想像もつかないような唸り声を上げ、ファラは渾身の一撃をイヴィドギに薙いだ。
――と、その時初めてイヴィドギがその手を動かし渾身の一撃を受け止めた。
「さすがの魔人も死を感じ取ったかしら?」
「いや」
「何?」
「ただ、大事な服が切れてしまうのは困るからな」
ファラの顔が怒りに塗り固められる。
「馬鹿に――!!」
ファラが両刃剣を地面に叩きつけた。
まるで砲弾が着弾したかのように、城床のタイルが爆散した。その衝撃が七海の頬を掠める。
爆弾のような女だ。
「何度来ても同じだ。何をしても私は死なんし、ここをどきはしない。貴様らにこの国は譲らない」
「汚らわしい化け物のくせに……いっぱしの口を利かないで」
「貴様らと何一つ変わらない理性のある生き物だ」
「違う!」
ファラは激昂した。何がそんなに彼女の勘に触ったのか。
七海には未だ理解が追いつかない。
「太古の昔から、魔種はこの世界を乱し、破壊してきた! 度々起こった人類未曽有の危機、その中心にはいつだって魔種が存在した!」
「魔種であっても、私ではない」
「詭弁よ! どれだけ理性を装っても、お前たち魔人はいずれ災厄となり、人々を死においやる! それは歴史が証明している!」
「だから見つけ次第、殺すか。人間ではないもの、すべてを」
「魔人を――よ」
ファラが再度両刃剣を振るうと、イヴィドギが片手でそれを弾き飛ばした。
そしてもう片方の手で放ったフォトンの塊をファラの身体に当てると、ファラの身体は呆気なく入口まで吹き飛んだ。後ろに控えていた騎士らしき男たちが、ファラへと駆けよりその身体を起こす。
「勝手な言い分だ……独善的で、己の事しか考えておらぬ……」
ファラは口元の血を拭い、
「じゃ、じゃあ、どうして貴女たちはこんな僻地へ追いやられたの? 人里離れた誰も立ち寄らない北方の極致で、こそこそと生きて行くことになったの?」
「それは……」
「それがこの世界の意志だからよ。すべての生き物が貴女を恨んでいる。疎ましいと思ってる。お願いだから、私たちの平和を壊さないで!!」
「……」
「それは、違うんじゃない、かなー」
第三の声。
それは玉座の後ろから小さく響く。
とても頼りない、か細い男の声。
「誰だ!?」
「馬鹿者……」
発してしまったものはしょうがない。七海はおそるおそる立ち上がった。とりあえず両手は上げた状態で。
ファラはその麗しい目で、しかし鋭く七海を睨みつけた。
「人間……? どうしてこんなところに人間の男が……? もしかして、生き残り?」
「僕は――」
と口を開いた瞬間、頬を背後から矢が掠めた。掠めた矢は七海の足元へと突き刺さった。
「やめなさい」
ファラが屋外へと声を飛ばす。どうやら屋外にも兵を配置しており、常にロックオンされているようだ。
「貴方は、誰?」
「しがない漂流者です」
「しがない……? いつからそこにいた?」
「えっと……三日ほど前から?」
「そこで何をしていたの?」
「魔人さんにいろいろ助けてもらって、家に帰る算段を立ててました。ね?」
イヴィドギに目配せをするが、しかしイヴィドギは一瞥もくれず、呆れ顔で前方を睨みつけていた。
そう言っている間にも、ファラは近くに落ちていた両刃剣を手に取り直し、臨戦態勢を整えていた。
「待って! ぜんっぜん抵抗するつもりはないので!」
「ではその手に持ったものはなんだ?」
言われて気付く。手には碧色の短剣を持ったままだ。
慌てて背後に隠す。だが時すでに遅し。
「魔人に肩入れする輩ね……人間の中にもいたなんて……わかっているの? そこに座る化け物は、いずれ人類を滅ぼすのよ?」
「えっと、僕にはどうにもそうは思えないというか……大げさじゃありません? 世界とか、滅亡とか……どう見てもただの女の子じゃないですか。ちょっと歯がギザギザなだけで」
「だめね。既に洗脳されてる……そうやってこの国の人々も誑かしたのね」
「「どうしてそうなる」んですか」
イヴィドギと声を揃えてしまう。
「よく見てくださいよ。こんな目つきと歯の並びが悪いだけのか弱い女の子が、ここから一歩も動かないクソヒキニートの彼女が、人類を滅ぼす? 誰がどう見たって、そっちが言っていることがおかしいですって」
「一言二言余計だ」
「貴方は……そうか、親や学校から学ぶ環境がなく育ったのね。可哀想に」
「めっちゃ憐れまれてる!」
「でも大丈夫よ。ソーラスに来れば、改めて教育を受けなおせる」
「すみませんけど、僕は人として欠陥でも、常識は持ち合わせているつもりです。あと学校は嫌いなので却下です」
「どうしても難しいなら生活支援もあるわ。もちろん仕事を見つけるまでの間だけど」
「異世界来て生活保護を受けるんですか僕。そのジャンル新しすぎでしょう」
「では何? 貴方は自分の意思で、魔人に加担すると言うのね?」
ファラは両刃剣を持つ手に力を込める。
「魔人さんがどうではなく、貴方達に共感できないと言ってるんです」
それでも七海は主張を崩さない。
怯えはしても、流されはしない。
「魔人は滅ぼさなければいけないの。どうしてそれがわからないの?」
「わかりませんよ。それこそあなたは見たんですか? 魔人が人を滅ぼすところを」
「実際に見てはいない。それでも歴史では――」
「ただそう言われたから、そう信じてるだけじゃないですか。あなた達はそんなことだけで、ただの根拠のない恨みだけで、この国を壊したんですか?」
「……何……?」
「洗脳されているのはどっちですか。あなたたちの方が、よっぽど魔人じゃないですか」
ファラの表情が一変した。
先ほどまでイヴィドギに向けていた表情を、七海に向ける。
それは彼女の中で、七海が完全な敵となった証拠だろう。
ファラは足早に七海へと近づいて来る。
「私が、魔人……?」
「やめろ」
イヴィドギが制止をするが、ファラは目もくれない。七海は気圧されるように一歩下がった。
「この私が、こんな化け物と、同じ、だとでも言うの……!?」
「止まれ!」
珍しくイヴィドギが叫び、フォトンを操りそれをファラに向けた。
しかしファラはそれを剣で弾き飛ばした。塊だったフォトンが空中で弾け飛ぶ。
ファラは歩みを一切止めず、七海へと詰め寄った。
「ちょ……」
「貴方は間違っている! 教育を、施さなければ!」
七海に手を伸ばす。七海は反射的に持っていた碧色の短剣を牽制にとファラに向けた。
――が、差し出した手を呆気なく返される。そしてファラを向いていた短剣の切っ先が七海を向いた。
「え」
構える隙もなく、あっという間に短剣が七海の右肩に突き刺さった。
深く、深く。
「あ、あああああああああああああああ!!」
遅れて痛みが襲う。
七海は初めて襲ったどうしようもない痛覚に立っていられず、地面へと跪いた。
痛い。なんだこれは。痛すぎる。
顔を上げる。ファラが先ほどと変わらない怖い顔で何かを叫び続けている。
その後ろではイヴィドギが何かを叫んでいる。
だが声は聞こえない。
聞こえるのは、ただ激しく脈打つ、自分の心臓の音――。
○
吉良七海に碧色の短剣を突き刺した箇所から、同じ碧色の光が迸った。
眩い光にその場にいた者がみな、その目を手で覆い隠した。
「なんなの!?」
激しい光がしばらく続くと、碧色の光の中から、何かが飛び出てきた。
ファラはそれを両刃剣の腹で受けとめる――が、身体は受け止めきれず後方へと吹き飛び壁へとぶち当たった。
剣は真っ二つに折れ、遅れてファラの身体は地面へと追突した。
「貴様……」
唖然と口を固めるイヴィドギの横に、七海が立っていた。
その身体は拳を振りぬいた状態で、しかしその右肩から指先にかけて、鎧で覆われている。
碧色の、大海を思わせる色をした鎧に。
そしてその瞳も、碧色に輝いていた。
その七海に向かって、一斉に矢が放たれた。それらは八方から襲い来る。
すると七海はその鎧に包まれた右腕を思い切り周囲に向かって振り回した。同時、激しい風圧が周囲に巻き起こり、矢を吹き飛ばす。それに留まらず、周囲に構えていた射手を含めたすべての敵を吹き飛ばした。
「……化け、ものめ……」
ファラが折れた剣を杖に立ち上がる。
しかし頑丈そうに見えた彼女の足は、小刻みに震え立つことを拒んでいる。
彼女の視線の先には、七海の背。
「あの歪な右腕の鎧はなんだ、、、?」
その時、体を揺らすほどの地響きが聞こえた。それは次第に大きくなり、確かな感触となって足元から伝わってくる。
「なにが……」
困惑するファラは、七海の向こう、崩れた城壁の先を見上げ、唖然とする。
そこに迫り来るは波。
巨大な波壁が迫ってくる。
「馬鹿な」
ありえない現象を理解しようとする間も無く、背を向けていた七海がその波を引っ張り寄せるように腕をファラたちに向かって振りぬいた。
巨大な波の壁が、まるで意志を持ったかのように激しい勢いを持って突撃してくる。
「逃げ――」
言い切る前に、すべてが波に飲まれて消える。
玉座の間に残されたのは、玉座とそこに座るイヴィドギだけだった。




