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魔人さんは動かない  作者: 色川玉彩
プロローグ
1/36

吉良七海の場合

異世界ものです。

でも転移先の国が滅んでいたので、物語は既に終わっています。

なのでそこにいた生き残りの魔人さんとただひたすらお話する小説です。

カッコいい魔法とか、武器とかはないかもですが、息抜きにどうぞ。


 深く――深くへと入っていく。


 音もなく奥へと潜り込み、濡れたと気づいたのはその後だった。

 思っていたよりも温かい。

 想像していたよりも嫌な感覚はなく、心と体はそこにいることをすぐに受け入れた。

 気持ちいい。

 奥深くへ入り込めば入り込むほど、温かいものがまとわりつき、その心を至福へと誘う。

 ともすれば懐かしいとも言えるその感覚に、考えることを諦めただひたすらに感じる。


 このまま果ててしまえれば。

 どれだけ幸せだろうか。


 (とろ)けるような初めての感覚に興じていたその時、頭で考えるよりも先に身体が反応する。

 おもむろに開いた目。

 先に広がる闇。

 いや、微かに青い。

 その奥から現れたものは――

「!?」

 一瞬にして意識が現実へと引き戻される。

 青暗い世界に溶け込むような全身をした、巨大な生き物がこちらに向かってくる。

 自分の常識からは大きくずれたその大きさ。

 身体を右へ左へと揺らしながら、瞬く間にその距離を縮めてくる。

 完全に獲物を狩る体勢に入ったその巨大な化け物に、ようやくここに至って七海は――吉良(きら)七海(ななみ)は逃げることに思い至った。


「ごぼばぶべ!」


 反射的に出た声は、泡となって弾け飛ぶ。

 同時に塩辛い液体が舌の上を駆け抜ける。

 身体を揺らす。

 だがもちろん、その莫大な液体の中には――巨大な海の中には、掴むものなど何もない。

 空に投げ出されたのと同じように、ただ無抵抗にその身は海底へと落ちていく。

 底は見えない。身体の感覚を除けば、どちらが上でどちらが下かもわからない。

 しかしそんな些末(さまつ)なことよりも、もはや目と鼻の先にまで近づいてきた巨大な化け物をなんとかしなければ――そこでようやく、七海はポッケの中に異物を認識する。

 取り出したそれは見たこともない手のひらサイズの(つか)碧色(へきしょく)の宝玉がキラリと輝くそれを、もはや最後の頼みと化け物に向ける。


 その山よりも大きな口を開けた、化け物に向かって。


 柄からは碧色の光と共に小刀ほどの刃が飛び出た。

 一瞬光ったその光に、暗く判然としなかったその巨体のすべてが(あらわ)になる。


 やはりそうだ。サメだ。


 でもサメなんかよりももっともっと大きい。

 その化け物は碧色の発光に怯みを見せ、その巨大な口を閉じて七海の上を通りすぎていく。その水の動きに、身体をとられる。

 身体の回転が収まったと同時に、七海は身体の感覚だけを頼りに海面へと急いだ。泳ぎは得意ではない。しかしそんな些細な事情など考えている暇もなく、ただ生存本能のままに泳いだ。

 上へ。上へ。

 いつ襲われるとも限らない恐怖にかられながら。


「ぷはっ!」


 水面へと上がる。無心で忘れていた酸素を目一杯に吸い込み、自分の生を感じとる。


「はあはあ」


 人生で初めての立ち泳ぎをしながら、周囲を見渡す。

 広大な、広大な海の真ん中だ。

 周囲にはなにもない。

 島も、船も、生き物でさえも見当たらない。


 心が、折れそうになる。


 もう自分には生きる(すべ)が残されていないじゃないか。

 その時、10メートル先の海面に黒い刃物が飛び出てきた。

 いや、刃物じゃない。背びれだ。それだけで七海より大きい。

 逃げようと反転すると、別の背びれが現れ進行を防ぐ。

 2つ、3つと、次々と背びれが現れ、ちっぽけな獲物を(もてあそ)ぶように七海の周囲を取り囲む。


「なんか悪いことしたかな……」


 絶対絶命の状況に、自分の人生を振り返る。

 だがしかし、特に思い当たる節はない。誠実に――とはいえないが、真面目(まじめ)に生きてきたつもりだ。

 近寄る化け物を前に、七海は30センチにも満たない意匠(いしょう)が施された碧色の短剣を振り回す。化け物は牽制するように周囲を泳ぐ。

 だが時間の問題だろう。


 広大な海の中で、人間が生き抜ける理由などないのだから。


 前後左右はだめ。上空は不可能。

 そうなれば、下しかない。 

 七海は意を決して海中へと戻った。見せていた背びれよりも何十倍も大きな身体のサメが周囲を何匹も泳ぎ回っている。

 恐怖を覚える余裕もない。

 七海は化け物たちに誘導されるように直下へと視線を向けた。


「!?」


 その先――青黒い闇の向こうから、何かが近づいてくる。

 まるで新幹線にでも迫られているような、そんな巨大な圧で近寄ってくるそれは、周囲を泳ぎ回る化け物たちよりも、もっともっと巨大な。

 死んだ――そう悟ったのと同時、七海は反射的に短剣を振り下ろした。

 目で認識するよりも早く、手の感触で短剣が化け物の鼻先に突き刺さったと分かった。

 瞬時に身体を上へと突き上げられる。


 七海は初めて空を飛んだ。

 

 巨大なその生物の鼻先に乗っかる形で、海面から何メートルも飛びあがった。

 七海の視線は巨大な化け物――ではなく、遙かに青い空へと奪われた。 

 まるで、空に吸い込まれそうな。

 そんな感覚に陥った瞬間。今度は真っ逆さまに落ちていく感覚に全神経を奪われる。

 下には獲物を待つ化け物たち。


 七海が浮かべた走馬灯は、家族の笑顔だった。


転移先が海のど真ん中の可能性の方が高いですよね。

そうなったら本当に怖い。


ツイッターやってますので、よければフォローお願いします。飯倉九郎@E_cla_ss

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