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結婚相談所スーパーフルーツバスケット

作者: 長野もね男

 唐突に質問させていただきますが、あなたは女性にもてますか?

 もてませんよね。

 それでいいのです。

 私自身もまったくもてません。

 理由は明確で、私とあなたはいま、小説を読んだり書いたりするサイトで出会ってしまいました。

 一期一会、出会いは大切です。いちごいちえと読みますね。いっきいっかいじゃないですよ。この出会いを大切にしましょうね。よろしくお願いします。

 それで確実に言えるのは、YouTuberさんが若い女の人たちからもてもてになっているようなネットの世界で、こうやって小説を書いたり読んだりしている時点で、私たちはもてなくていい人生を選んでいると言っても過言ではないと思うのです。

 小説はもてません。

 そもそも小学校、中学校の原風景を思い出してください。

 大人になって小説を読んだり、書いたりしているあなたは、小学生の頃、昼休みに運動場で遊んだりしないで、教室で本を読んでいませんでしたか。『十五少年漂流記』や『赤毛のアン』、ケストナーの『飛ぶ教室』や星新一のショートショートなど、図書館や学級文庫から本を借りては読んでいませんでした?

 そしてそういう小学生男子は女子からもてませんし、先生にも好かれません。なぜ断言できるかと言えば、私がそういう小学生だったからです。だからそういう小学生だったはずのあなたもシンパシーを感じていただき、この断言をうなずいてくださっていると思います。

「待て待て、勝手に決めつけるな。おれはそういう小学生じゃなかった」ともしかしたら反発されている方もいらっしゃるかもしれません。

 そんなあなたは想像してください。

 いまのような金木犀の匂いが鼻をくすぐる秋晴れの昼下がり。団地妻はクリーニング屋さんと、おっと! 間違いました。団地妻は関係ないです。もとい、やり直します。

 秋晴れの昼休み、給食を食べ終えた男子たちはサッカーボールを持って、校庭に走り出していきました。クラスの大半の男の子はサッカーに参加します。教室は女子たちの世界になりました。ピアノを習っている女子は、教室に備え付けてあるオルガンで『となりのトトロ』の曲を弾いています。別の女子グループは、なにが面白いのか男にはまったく理解できませんが、ノートに洋服を書いてクーピーで色を塗っては「かわいい」「かわいい」と言いあっています。教室の窓際では女子二人がサッカーをしている男子を見ながら「天城くんってかっこいいよね」「私は西中くんのほうがいいな」と話しています。そんな教室の隅で、大人びて借りたけど意味がいまいちわからないと思いながら、ツルゲーネフの『はつ恋』を読んでいる小学生男子。それが私やあなたです。

 もてると思いますか?

 こういう男子ほどもてる時代が来ればいいなと私は切に願っているのですが、もてません。もてないどころか、窓際の女子が男子のうわさを、私がいることをはばからずにしていることを考えても、すでに男扱いされてません。こういう男子は中学生ぐらいになり、人並みにはつ恋をして勇気を出して女子に告白しても「ごめんなさい。長野くんのこと、男子として見れない」と断られるのが関の山なのです。まあ、こういう子供のころから本を読んでいるような頭でっかちな男子は、ふられることを先回りして告白なんかできないのが普通ですけどね。

 もっともこういうタイプの男子がもてないのの根拠はあるそうですね。いろいろな説があるようですが、私なりに一番納得したのは、「女性は本能的に行動力のない男性に魅力を感じない」という説でした。

 原始時代、我々の先祖は狩りで食料を得ていたそうです。ライオンのオスはまったく狩りをしないで昼寝ばかりしているそうで、私は今度生まれ変わるか、転生できるなら、ぜひライオンのオスになりたいなと常日頃思っておりますが、原始時代からヒトの場合は男が家を出て狩りをし、女は家で毛皮から着物をこしらえたり、木の実を選別していたらしいです。 

 女にとって必要なのは、外で狩りをする男。

 男が狩りをしないと食べるものがありませんからね。そこで狩りをするにはまず外へ出る行動力が必要になります。

 つまり行動力のある男を女は、原始時代から求めていたわけです。

 ところが、寺山修司先生はご自分の評論集に『書を捨てよ町へ出よう』というタイトルを付けられましたが、「書」が好きな私たちには外へ出る行動力が根本的に欠けておるわけです。だから、私たちはもてないのです。これは原始時代の男女の役割分担からずっとDNAによって平成のいまの時代まで女性の本能に蓄積されているデータらしく、いまさらどうしようもないわけです。私がもてないのは、別に顔が変だからとか、ぼろぼろのユニクロしか服を持っていないからとか、緊張して女性の前になると話せないからとか、実はそういう理由ではないのです。原始時代からの男女の役割分担の結果、本を読むような男はもてないのです。

 更に言えば、中学、高校と女子たちがませてきて、好きな男子の好みを明確化するとき、女子はスポーツが得意とか喧嘩が強いなど、肉体的に優れていることに注目しがちであります。山手線の駅が全部言えるとか、「宇宙世紀0001年は西暦2046年のことだ」とガンダムの豆知識をいっぱい知っているということは、あまりもてる理由になりません。これも、原始時代に狩りをするには体力のある男のほうが、食べ物をいっぱい持って帰ってきたからと言われています。知識より体力があるほうがもてるのです。

 それと同じように本をたくさん読んでいても、もてる理由にはならないのです。

 私はそれを非常に嘆かわしいことだと思っています。なぜなら私がもてないからですという私怨も当然ありますが、私のような大してとりえのない市井の人間ならともかく、年収何千万とある医者や弁護士などの士業さんでも、まあ私みたいに娯楽書ではなくまじめな本をでしょうが、たくさん本を読まれてきているのに、意外なほどもてない人が多いです。大学教授や学校の先生ならば、学生や生徒に手を出してワンチャンものにしちゃうけしからんのもいますが、まじめに努力して、しかも私みたいに本は読むけどバカだから内容はすぐに忘れてしまうのではなく、きちんと読んだ本の内容を暗記して難しい試験をいっぱいクリアして高収入を得ているのにもてない、という人がいるのです。


「そこで、この傾向は日本の少子化対策にとっても憂わしい事態と考え、私はこの事業を始めました。高い収入を得られているお客様のような方こそ、間違いない女性と結婚してたくさんのお子様を産んでいただき、幸せなご家庭を築いていただきたいと考えております。正直に申しまして当社のカップルの成立率は33%ぐらいです。ですので、一回のイベントですぐにカップルが成立することはあまりございません。諦めずに三回はイベントに参加していただきたいと思います。三回参加されてもご費用は一回分で結構です。当社で成立し結婚された方で離婚された方はこれまで二組しかおられません。264組成立させての二組です。ほぼゼロに近いと思います。明日ならばさっそく二十人の女性をご用意できます。いかがでしょうか?」

 おれのクロージングに、目の前の歯医者の男は「50かあ」と呟いた。

 スーパーフルーツバスケット、それがおれの会社名だ。事業内容は結婚相談所である。医者や弁護士などハイソサエティを対象にしている。男性の会員の条件は年収1500万以上だ。その男性ひとりのために婚活イベントをやることを特徴としている。会費は無料だが、男性が一回のイベントで払う金額は税抜き50万。

「わかりました」

 男は分厚い財布から一万円札を出す。おれは札を数える。54枚。消費税込み540,000円。

 男たちは、迷うもののその金を躊躇なく払うのだ。結婚成立したあとの離婚率の低さが、おれの会社の自慢できる実績だった。

 女性の参加費は千円。といってもこれはおれが、女性に払う金額だ。たとえマッチングが成立しても、男はひとりしかいないため、19人の女は余ってしまう。そのため、お礼として渡している。

 ここだけの話だが、事業を始めた頃は、モデル事務所からいわゆるサクラを用意してもらっていた頃もある。だが、ハイソサエティな男と結婚して専業主婦の奥様になることを夢見ている女はいくらでもいて、おれは男に「明日ならば二十人揃えられる」と言ったが、いつでも二十人は集められるネットワークを築いていた。

「よろしくお願いします」

「ありがとうございました」

 事務所を出る男の背中を見る。年収2200万円、申し分ない収入だ。職業竹部歯科医院院長。44歳独身。仕事に恵まれ、金は稼げる人生だったのだが、女にはいかにも縁がなさそうな風体だった。ただ、女に対してプライドが低いこういう男のほうが、いざというときに見栄を張らないので、成約率は高い。

 イベントの参加費は50万だが、成功報酬はそれとは別に50万を払ってもらうことになっている。

 うまくいけば明日で一発で決まるかもしれないなとおれは思う。


 オフィスビルの会議室を借りてイベントは行われる。おれは部屋に仕掛けられた隠しカメラでイベントの様子を伺っていた。

 女性参加者20人と司会の五十代の女ひとりが椅子を円に並べて座り、スタンバっている。

「失礼します」

 緊張気味に男が会議室に入ってきた。スーツでめかしこんでいて、美容室に行ったのか髪はワックスで光っている。こんなことしなくてもいいのにとおれは思う。女たちの欲しいのは、男の外見ではない。世間的体裁と、専業主婦でそこそこ贅沢させてくれる経済力だ。女たちはそれを手にできるなら、少しぐらいのことは我慢できると思っている。男たちが給料の高い会社なら、少しぐらい仕事がきつくても入社しようと思うのと同じ考えだ。

「竹部様ですね。こちらへどうぞ」

 司会の女が一台だけ置かれた二人掛けのソファーに竹部を案内する。

「それでは竹部様のためのスーパーフルーツバスケットを開始します。女性陣、竹部さんと結婚したいですか!」

「はーい」と女たちが声を上げて盛り上げる。ソファーの隅に小さく座っている竹部が照れたように苦笑した。

「ルールを説明します。いまからやるのは地方によっては大嵐とも言われますが、子供の頃にやったフルーツバスケットのアレンジ版です。竹部様に鬼になっていただき、女性陣に対してご希望を申されてください。竹部様のご希望に該当する女性は立ち上がってください。立ち上がった時点でゲームは成立します。スーパーフルーツバスケットでは、子供のような椅子取りゲームはいたしません。申し訳ございませんが、立てなかった女性はその場で退場となります。ゲームは鬼の竹部様が女性を捕まえるまで続きます。人数が何人も残っていても、ひとりの女性を竹部様がお捕まえになられたら終了です。もしくは女性全員が退場しても終了となります。竹部様、ルールはご理解いただけました?」

「は、はい」

 弱弱しい声で竹部が答える。

「女性陣も準備はいいですか?」

「はーい」と女たちは椅子に座ったまま、手を挙げる。何度も参加している女性もいて、慣れた感じさせある。一生の相手を決めるのに、まるで飲み会のゲームを始めるようなノリだ。

「それでは一問目、竹部様お願いします」

 竹部は振られて赤面した。照れるようにうつむいて小声で言う。

「私のような外見の男性でも結婚してもいいと思う人?」

「はい!」

「はいっ」

 女性陣は全員立ち上がる。当たり前だ。事前に竹部のプロフィールと写真は女性陣に見せている。

 司会者がうまく竹部を乗せる。

「さすが竹部様。ここにいる女性、全員が竹部様のフィアンセになりたいそうですよ。これは竹部様が魅力的ですから、今日は長期戦になりそうですね。テンポよくいきましょう」

 竹部はワックスで固めた髪の毛先を落ち着かないように指で撫でる。それから紙に書いていた希望を読み上げた。

「タバコを吸わない」

「料理が得意だ」

「毎日部屋の掃除をする」

「親と同居してもいい」

「車の免許を持っている」

「裁縫ができる」

「早起きは苦手じゃない」

「朝ごはんはご飯に味噌汁を作ってくれる」

「ベッドは外に干せないので、布団で寝て、天気のいい日は布団を干す」

「庭の草むしりをしてもいい」

「ぼくがアニメを見ても怒らない」

「アニメのグッズが家にあっても許せる」

「浮気はしない」

 竹部が書いてきた希望はここまでだった。それでも16人の女性が会場には残っていた。「親と同居してもいい」など退場者が増えそうな希望については事前に女性たちに確認している。それでもいいと言った女性しか参加していないのでなかなか減らない。

 最年長で32歳、最年少で20歳の女性たち。かつてモデルのサクラを使い、それに見劣りしない女性を参加者でも選んでいたので、タイプは違うが、どの女性も街を歩けば男性が振り向くような美女ぞろいである。

「竹部様、なかなか絞れませんね。いまの段階で、鬼として捕まえたい女性はいらっしゃいますか?」

「まだ選べません」

「ちょっと女性陣、休憩しましょうか」

「竹部様は私とお話ししていただけませんか」

 司会者はこのままではいつまでたっても決まらないと感じ、竹部を別室に案内した。

 別室にはカメラを隠していない。

 おれは「優しそうな感じだから私が結婚したいです」「私もあんな人がいいです」と話している女性の姿をカメラで見て、あくびをする。

 司会者と竹部は三十分、別室から戻ってこなかった。

 基本的に、女性とまともに付き合ったことのない参加者は、いざ女性の希望を、と言われても、思いつかないことが多い。出会いの場所があれば、いま座っている16人の女の誰とでも、告白されればすんなり付き合い、結婚まで行っていただろう。自分には女性を選ぶ権利がないと思っているし、そもそも女性に好かれることがないと思っているから、積極的になれないのだ。そのような男が、結婚したいという女性に囲まれたら、頭が真っ白になるのは想像がつく。だが、ここで安易に結婚させてはいけないとおれは思う。しっかり司会者に本音を引き出させ、その本音と合致した女性と結婚してもらいたい。離婚率が低いのもおれの会社の売りであり、また、せっかく大金を払って結婚してもらうのだ。そのあたりは慎重に選んでほしい。

 司会者と竹部が会議室に姿を現した。

「女性陣、お待たせしました。竹部様のご希望を伺ってまいりました。竹部様の口からでは言いにくいこともございますので、私のほうから言わせていただきます」

 司会者の進行を見て、おれはうなずいた。司会者がうまく本音を引き出したなと思う。これは今日、カップルが成立するフラグだ。

「いきます」

 女性たちが、真剣なまなざしで司会者に注目する。会場が静まり返る。

 この瞬間は仕事ながら、ひそかに楽しい。おれは隠しカメラのモニターに顔を近づける。

「実は腋臭だ」

 匂いフェチか! とおれは笑った。おれは竹部のプロフィールを見直す。兄弟は弟がひとりの男兄弟だった。それを見て合点がいく。

 女性にもてない男というのは、女性を美しいものと神格化するあまり、その反動としてフェティシズムに走ることが多い。洋服を着ているときは素敵なのに、服を脱いだら腹の肉がたるんでいる、というようなギャップを好み、そのギャップのフェティシズムに走ってしまうのだ。

 16人中8人の女性が立ち上がった。座っていた8人の女性が退場する。

「嘘をついていないか、竹部様、ご確認ください」

 司会者が竹部の手を引く。竹部は顔を赤くして戸惑っているが、関心はあるため抵抗はしない。

「ではひとりずつ両手を挙げてください。まずはあなたから」

 最初に指名された女が両手を挙げる。二十歳の短大生だ。

「鼻できちんとご確認ください」

 司会者が促して、竹部は女性の服の上から右の腋に顔を近づける。

 ひどい絵だなとおれは苦笑する。

「いかがですか? においますか?」

「はい」

 竹部が言うと、短大生は顔を赤くしてうつむいた。

 そうやってひとりずつ、服の上から竹部は女性の腋の匂いを嗅いでいった。

 5人目の32歳の保険外交員の女のブラウスの上に顔を近づけたときだった。

 真剣に嗅いでいたのだろう。竹部が首をひねる。

「どうされました? においませんか? ちょっと失礼します」

 竹部が右の腋に鼻を近づけて呼吸しているので、司会者が左の腋に顔を近づけた。

 新陳代謝を考えれば三十代の女より、二十代の女のほうが匂いがきついんじゃないかとおれはモニターの前でメモをする。これは司会者に指摘しないといけないと思う。

「いけませんね。だいぶ香水でごまかしてますね。あ、これパットじゃないですか」

 竹部が顔を女性の腋から離して、司会者を見た。

「腋臭なんでつけてるんですよ」

 女性は恥ずかしそうに言った。司会者は女性の目をじっと見つめる。

「そうなのね。あなた、申し訳ないけど竹部様にブラウスの下から腋の下に手を入れてもらっていいですか? 今も汗をかいてるでしょ」

 女性は司会者の顔を見て一瞬顔をひきつらせたが、やっと8人まで残ったのだ。覚悟を決める。

「大丈夫です。どうぞ」

 言いながら、女性はブラウスの三番目と四番目のボタンを外す。

「竹部様、ご遠慮なさらずどうぞ」

 司会者が竹部の腕を握り、竹部の指先を女性のブラウスの中に入れる。竹部の肘が震えている。

「くすぐったい」と女性が笑うと、竹部がすみませんと手を引っ込めようとする前に、「虫みたいな言い方しないの。未来の旦那様かもしれないお手々をそう言うんじゃありません」と司会者がたしなめた。

 竹部は指先を腋の下に到達させると、濡れている汗を人差し指と中指で拭い取った。指をブラウスから引いて鼻に近づける。

「いかがですか? においます?」と司会者が訊くと竹部はぼそり「くさいです」と言った。

「よかったね、におったみたいよ」と司会者が言い、なぜか女性陣がみんなで拍手をした。

「やだ」と言いながら女性は自分で腋の下に指を入れ、その指の匂いを鼻に近づけた。鼻がピクリと動き、右目が震える。

「どんな匂いなの?」と司会者が女性のその手首を手に取り、自分の鼻に近づけた。

「あ、あなた腋臭だわ。くさい」と女性が言って、笑いが起こる。

 そうやって、竹部は8人全員の腋の下の匂いを確認した。無事、脱落者が出ないで、全員が腋臭だった。

 司会者は進行する。

「では次の竹部様のご希望に行きます。足が臭くて悩んでいる」

 脇の匂いを嗅がれて懲りたのか、意外と少なく三人しか立ち上がらなかった。

 24歳の家事手伝いの女と、26歳のコンビニ店員、そして先ほど竹部に腋の下に指を入れられた最年長の32歳の女だった。

 おれは司会者にインカムで指示を出す。

「匂い系はたぶん若いほうが代謝が多いので強烈だから、年上の人から匂いを嗅がせて」

 司会者は指示の内容が聞こえた合図として、監視カメラを見てあごの下を触る。

「それではあなたから行きましょう。足にはパットはしていないわよね。椅子に座っていいわよ」

 32歳の女性は椅子に座ってパンプスを脱いだ。ナイロンのパンティーストッキングのつま先が、会議室の蛍光灯に照らされる。

 司会者が思わず言った。

「ちょっと待って、もう納豆みたいな匂いがしてるんだけど」

 女性は困ったように言った。

「だから、わたし、本当に臭いんですよ」

「一日中履いてるの?」

 司会者が訊く。女性は首を振った。

「会社じゃクロックスです」

「ほんとに」

 司会者が大げさに驚く。

「それでは竹部様、ちょっと床に膝をついてもらうような格好になって申し訳ございませんが、匂いを嗅いでください」

 司会者が言う。

 竹部はゆっくりと女性に近づいた。

 そして膝まづいて足に顔を近づけるかと誰もが思っていたその時、竹部は椅子の後ろに回り、背中から女を抱きしめた。

 司会者が興奮気味に言う。

「これは竹部様! 鬼として彼女をお捕まえになったということでよろしいですか?」

「はい」

 竹部が返事する。女の背中を抱きしめたまま離さない。

「おめでとうございます!」

 司会者が興奮気味に言った。足の匂いを嗅いでもらえなかった二人の女が悔しそうに拍手をして退席する。

 おれは会議室に向かうために、成功報酬の50万円の請求書を準備する。司会者への報酬5万円も封筒に入れる。一回目なら5万、二回目なら3万、三回目なら1万が司会者の報酬だ。

 二人掛けのソファーに竹部と女性が座っていた。

「あなた、でもね、本当に臭いから、家の外では匂いに気をつけたほうがいいわよ」

 司会者が女性に言っている。

「竹部様もそのほうがよろしいですよね」と同意するように訊くと、イベント中は照れて口の重かった竹部が「あまり匂わない、いい香水を買いましょう」と女性に言っていた。



 こうやっておれは毎日、ハイソサエティの婚活を進めている。もしあなたが年収1500万以上の独身男性ならば、一度相談に来てください。必ずあなたのお好みの女性を用意できる自信があります。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 圧倒的説得力っ……! [一言] 性癖を曝け出す漢らしさに惚れそうです
2018/11/06 06:59 退会済み
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