お楽しみはパーティーの後で
秋月煉さんの『山之上様復帰企画』参加作品です。秋月煉さん、小林汐希さん、小春佳代さん、菜須よつ葉さんにもご出演いただいております。
午前中で仕事を終えて東京駅へ向かう。駅構内で声を掛けられた。
「日下部さん!」
東京駅にお勤めの小林汐希さん。
「あっ、ご苦労様です」
「これからですか? 早いですね」
「はい。プレミアムですから」
「なるほど。私も後で伺いますよ」
「お待ちしています。よろしくお願いします」
お互いにっこり笑って一旦別れた。
東京発14:26発、こだま663号に乗り込む。およそ1時間半で到着。そこからタクシーで向かった先は舞花カフェ。
「お疲れ様です」
昼間のカフェを担当してくれていた秋月煉さんにごあいさつ。
「あっ、日下部さん。早かったですね」
「今日はプレミアムフライデーですからね」
「プレミアムフライデーってやってるとこあったんだ。まあ、お茶でも一杯いかがですか? あっ! それより、お酒やっちゃいますか?」
「いやいや、これから一仕事ありますから」
「そだネー」
「煉さんも引き続きで大変でしょうが」
「いえいえ、あと少しですから」
お互いにっこり笑って厨房へ入る。
山之上舞花さんが営業している舞花カフェと小料理舞花。体調を悪くしている舞花さんに代わって煉さんが切り盛りしてくれている。そして、微力ながらボクもお手伝いをさせてもらっている。週末限定ですけど。
今夜の小料理舞花のメニューは…。
お通しはいんげんの胡麻和え、さんまの塩焼き、お刺身各種、おでん、もつの煮込み、焼き鳥各種、小鯵の南蛮漬け、鶏肉のから揚げ、ポテトサラダ、肉じゃが、ちくわの磯部揚げ、etc…。
「これって、日下部さんの好きなものばかりだね」
「そりゃそうでしょう。嫌いなものは作りたくないもの」
お酒は在庫のあるもので間に合わせることにした。とは言っても無いものが無いくらい充実しているのだからすごい。さすが小料理舞花だ。
「そろそろ夜の部を開店しようか?」
「了解です!」
こうして、ボクと煉さんで小料理舞花の代理営業が始まった。
「いらっしゃいませ!」
開店してすぐにやって来たのは小林汐希さん。
「やってますね。ご苦労様です」
「いらっしゃい。早かったですね」
「明日のメインイベントに備えて今夜から先乗りです。取り敢えず、生ビールを」
「よろこんで! 煉さん、生一丁!」
「かしこまりました!」
「なんだかすっかり板に付いたみたいですね」
その後続々とやって来るお客様にボクと煉さんはてんてこ舞いだった。
「お手伝いに来ました」
お勝手口から顔を出したのは菜須よつ葉ちゃん。
「わあ、よつ葉ちゃん、いいところに来た」
煉さんはすかさずよつ葉ちゃんにエプロンを渡す。
「焼酎お湯割りとさんま一丁」
ホールからボクが叫ぶ。
「了解でーす!」
よつ葉ちゃんが厨房から顔を出す。
「あれっ? いつ来たの?」
「へへへ」
にっこり笑っておしぼりとお通しを持って来るよつ葉ちゃん。
閉店時間に近づいたころ、小春佳代さんがやって来た。
「そろそろですね」
「小春さん、わざわざありがとうございます。はい、後片付けが終わったらすぐに始めます」
ボクたちが支度に取り掛かろうとすると、今まで飲んでいた小林さんが立ち上がった。お会計なのかと思いきや、にっこり笑ってこう言った。
「私もお手伝いしますよ」
「小林さん、大丈夫なんですか?」
「もちろん! そのつもりで来ましたから。今夜はここに泊まるつもりで宿は取ってないんです」
ボクたち5人は明日のイベントのための準備を開始した。
「日下部さん、ちょっとお腹すいちゃった。残り物、食べてもいい?」
「あ、そっか! そう言えばボクも昼からなにも食べてないや」
「それでは、私が賄を用意しましょう」
そう言って、小春さんは残った食材を見渡した。そして素早く調理してくれた。
「わあー! 美味しそう」
思わず声を上げるよつ葉ちゃん。出て来たのはカレーだった。肉じゃがともつの煮込みを使って和風もつカレーに仕立て上げてくれた。トッピングには残り物のお刺身を使ったマグロの一口カツと鶏のから揚げ。
「さすが主婦ですね」
みんなで感心してカレーを頂いた。
「さて、お腹もいっぱいになったところで始めましょうか」
煉さんの号令でみんな一斉に動き出した。
「じゃあ、小林さんとよつ葉ちゃんは飾り付けをお願いしてもいいですか? そして、煉さんと小春さんには料理に支度をお願いしますね。ボクはちょっと出てきますから」
「えーっ! 日下部さん一人だけずるーい」
「よつ葉ちゃん、何も遊びに行くわけじゃないんだから。お楽しみは本番で」
こうしてボクは舞花カフェを後にした。
翌朝、ボクが舞花カフェに戻ると、ほぼ準備が出来ていた。一晩中、準備をしていた4人は仮眠を取っていた。ボクはその間に朝食用のおにぎりを作った。
「日下部さん、お帰りなさい」
「煉さん、おこしちゃいましたね」
「いえいえ、それよりうまくいきましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「あっ、それ、朝食用ですか? では、私はお味噌汁を作りましょう」
「お願いします」
そうこうしているうちに、他の3人も目を覚ました。
「おはようございます。私、一旦、戻って子供たちの様子を見てきます。時間までには戻りますので」
小春さんはそう言って、一旦、舞花カフェを後にした。
「さあ、腹が減っては戦は出来ぬ」
そう言ってボクはおにぎりを、煉さんは味噌汁の鍋をカウンターに置いた。
「もうすぐですね。舞花ママ」
おにぎりをほおばりながらよつ葉ちゃん。
「そうですね。舞花さん、喜んでくれたらいいですね」
小林さんも疲れた顔を見せずに微笑んだ。
「大丈夫! きっと伝わるよ。私たちの気持ち」
煉さんはにっこり笑ってVサインを出した。
そう、今日はいよいよ舞花さんが復帰する日なのだ。
カフェの入り口には“本日貸切”の表示をぶら下げた。舞花さんがやって来るのは午後から。小林さんとよつ葉ちゃんは飾り付けの最終確認に余念がない。煉さんは料理の準備をほぼ終えて一休み。小春さんも戻って来て、あとは舞花さんを待つばかり。
「来たわよ!」
ずっと窓の外を見張っていたよつ葉ちゃんがこちらへ向かって来る舞花さんを確認。
「じゃあ、みんな隠れて」
煉さんの指示でボクたちはカウンターの向こう側に隠れる。そして、舞花さんが店に入って来た。
「煉、いままでありがとう…。えっ! これは?」
店内の飾りつけに気が付いた舞花さんが呆気にとられているところへクラッカーの音がなる。
“パン、パン、パーン”
同時に色とりどりの紙吹雪が舞花さんを包み込む。
「舞花ママ、復帰おめでとう!」
よつ葉ちゃんがカウンターから顔を出す。
「よつ葉ちゃん!」
続けてボクたちも顔を出す。
「みんなも…」
舞花さんはジロッと煉さんを睨み付ける。
「あんたの仕業なの?」
「いらなかった?」
「ううん、うれしい! ありがとう」
「仁徳だねぇ」
喜ぶ舞花さんに煉さんが言った。
「さあ、舞花さんの復帰祝いパーティーを始めましょうか」
こうして、ささやかなパーティーが始まった。舞花さんのグラスに煉さんがシャンパンを注ぐ。
「煉、ありがとう」
舞花さんはそのグラスを一気に空ける。
「舞花さん、復帰おめでとうございます」
「小林さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「こんな大事なお祝いに勝るものはありませんよ」
小林さんも空になった舞花さんのグラスにシャンパンを注ぐ。
「ありがとうございます」
そしてこれまた一気にグラスを空ける。
「舞花ママ、病み上がりなんだからあまり飲んじゃだめですよ」
「よつ葉ちゃんもありがとう。でも、今日くらいは許してね」
「だめですよ。また体調を崩したらそれこそ元の木阿弥でしょう」
ほろ酔いの舞花さんを小春さんが窘める。
「佳代ちゃんもありがとね」
「舞花さん、酔いつぶれないでくださいよ。メインイベントまではもう少し時間がありますから」
「えっ? 日下部さん、まだ何かあるの? これで充分メインイベントなんだけど」
「それは後のお楽しみ」
「えーっ! もったいぶらないで教えてよ」
「そうですよ。私も聞いてないよ」
よつ葉ちゃんが言うと、小春さんも頷く。
「もしかして、昨夜、出掛けたことに関係あるのかしら?」
「まあ、まあ。それは後のお楽しみだって言ってるっしょ」
「あーっ! 煉さんは知ってるんですね。ずるーい」
「よつ葉ちゃん、そんなにすねないで。ギュッてしてあげるから」
そう言ってよつ葉ちゃんを抱きしめる煉さん。
楽しい時間はあっという間で、外が薄暗くなってきた来た頃、ボクはみんなを屋上テラスへ連れて行った。
「そろそろかな…」
その瞬間、ヒュルルルーという音がしたかと思うと、ドカンと爆音が鳴り響いた。同時に夜空に開く大輪の花。
「うわー! きれい。まさか、日下部さん、あとのお楽しみって…」
「舞花さん、その通り。知り合いが秋田出身で地元の花火師さんと親しいんで頼んでもらいました」
その後も立て続けに花火が打と上がる。
「いやあ、日下部さんは顔が広いな」
感心した様子の小林さん。
「まあ、小説の中ですからね」
「それを言っちゃあ、お終いよ」
そう言ってボクの背中をバシッと叩く煉さん。その頬が赤く染まっている。それは花火の光のせいなのか、酔っているのかはこの際触れないことにしておこう。
花火が終わる。すると、突然泣き声が。
「えーん。みんなありがとう」
舞花さんが泣き出した。けれど、その顔は喜びに満ちていた。