65.みのり
伊都さんを駅まで送って戻って来ると、ショートカットのみのりは運動場の柵の傍にしゃがみ込み、毛繕いをしているヨツバを眺めていた。俺を気配にゆっくりと振り返り立ち上がる。
「……座れよ。お茶で良いか?」
何から話して良いか見当もつかない俺は、取りあえずキッチンへ向かい冷蔵庫を開けた。伊都さんと卯月さんをもてなす為に用意したお菓子の残りが目に入り、一瞬考えてペットボトルを二つだけ取り出して扉を閉めた。
振り向くとみのりは黙ってソファへ腰を下ろして、真っすぐに運動場の中のヨツバを見つめている。
「ん」
「……ありがと」
人一人分の間を空けてソファに座る。ペットボトルを差し出すと、みのりは静かに礼を言った。
何だか変な感じだ。
この間までそれこそ空気みたいな存在だったのに。今ではこんなによそよそしい空気が今度は二人の間に流れている。髪型が違っているのも、影響しているかもしれない。短い髪の切り口と晒した細い首が見慣れなくて、見ているだけで目がチカチカするような気さえした。
「ヨツバ、元気そうね」
「ああ」
グッと何か込み上げるものがあったが、腹に抑えて力を込めた。
「……何とか、な」
「……」
若干嫌味が滲んでしまうのは仕方が無い事だろう。この二週間いろいろ、本当にいろいろな事があったんだ。顔を合わせたらああも言ってやろう、こうも言ってやろう……そんな風に頭の中で繰り返し想像していたのに、こうして本人を目の前にすると何を話すべきかまた分からなくなる。
「転職したって?」
取りあえず、何とかそれだけ口にした。
「転職って言うか、研修……お試しで」
『お試し』?―――だとすると随分ニュアンスが変わって来る。風間が取り違えをしていたのか?もし東京へ行っていた二週間が『お試し』なら。みのりは帰って来るつもりがあるってことなのか?
はっきりしない物言いに苛立った。
「それはここに戻って来るって意味なのか?荷物も全部持ち出しておいて―――」
「戻らない」
みのりはそれだけ言うとパキッとペットボトルの蓋を回し、直接注ぎ口に口を吐けてゴクリと一口飲みほした。そうして一拍置いて、俺の方を振り返る。
「研修は終わって、月曜からは正規雇用で働くことになったの。だから―――ここには戻らない」
「な……んで……」
全く怯みもせずそうきっぱりと言い切るみのりに、責めていた筈の俺の方が怯んでしまう。
「何で……黙って出て行ったんだよ」
「腹が立ったの」
「―――っ」
率直な物言いに思わずひゅっと息を吸い込んだ。
しかしその台詞に相反するように、みのりの視線も声の調子も熱を全く感じさせない静かなもので。俺は大いに戸惑ってしまう。
「あなたの職場の―――あの、可愛らしい『花井さん』?彼女に宣戦布告されちゃって。それで猛烈に腹が立って、黙って出る事にしたの」
―――はい?




