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64.彼女さん

「彼女……」


 ……と言えるのだろうか、果たして。


 何と返して良いか躊躇っている間、伊都さんは俺の言葉をジッと待つように大きな目をピタリと当てていた。




「いいから、送ってあげなさいよ」




 思いがけずみのりの声が背中から響いて来てそちらへ振り向く。が、しかしみのりはこちらを見ず腕組みをしたまま、視線を床に落としていた。


「いえ、私は大丈夫で―――」

「あなたは、それで良いかもしれないけど」


 伊都さんの反論を遮る形で、みのりは漸く顔を上げた。鋭い視線に、伊都さんはピクリと身じろぎをして言葉を噤む。


 しかし俺は知っている。みのりの声の調子を聴けば分かる、整った造作のためにキツく見られがちだが―――彼女は別に怒っているわけじゃ無い。


「あなたがもし道に迷ったら、それをフォローするのにそれ以上の迷惑を掛ける事になるかもしれない。もし真っすぐ目的地まで辿り着いたとしても、その間ずっと彼が貴方の事を心配して落ち着かない時間を過ごすとしたら―――とても効率の悪い時間を過ごすことになる」


 ああ、そうだ。

 やはり、みのりはみのりだった。


「つまりあなたのつまらない気遣いは、かえって大いなる時間の無駄を産むかもしれない。なら、今は譲って彼の言い分くらい聞いてあげた方がいいんじゃない?」


 俺は額を抑えた。


 いつも通りの歯に衣着せぬ言い方には、俺は慣れていているつもりだった。


 だけど初対面の人間相手に、しかも人見知りの極致のような……小動物のように怯えを露わにしている伊都さんに対して、もう少し言葉を選ぶべきじゃないか?出会った頃と比べて、随分みのりも丸くなって来たのだと思っていたんだが、思い違いだったのだろうか。あからさまに刺をむき出しにするような行動は、年を経た分抑えられるようになったのだと思っていたんだが。


「お前、そんな言い方……」


 溜息を吐きつつ諫めようとした。その時、




「ああっ……!」




 背中から大声がして、ドキッとする。


 大声を上げたのは伊都さんで、俺は今度はそちらを振り向くことになる。

 二人の女性の間で右往左往しているみたいで情けないが、本当に右往左往しているからどうしようもない。


 伊都さんは両頬を抑えて真っ赤になっていた。

 全く、この人の挙動不審は今に始まったことじゃないが……今度は一体何なんだ。


「伊都さん、あの……」

「お、送って下さい!戸次さん!」


 伊都さんは両手を脇に揃える直立不動で、またしても大声を出した。


「え?」

「私、帰ります!でも駅までの道、分かるかどうか怪しいので……戸次さん、送ってください!」

「あ、はい……」


 さっきから、俺がそう主張して来たのだが……?


 とツッコミを入れたくなってしまったが、この流れを遮ってはいけないような気がした。伊都さんはやや呆けた俺に視線もくれず、慌ててバタバタと荷物と上着を手にして帰る準備をし始めた。それから玄関に駆け寄り、靴を履き始める。俺も伊都さんの後を追って、靴を履いた。


「では!あのっ……ええと、みのりさん!」


 伊都さんはクルリと振り返り、腕組みをしたままのみのりに向き直った。


「これで失礼します。お邪魔しました!」


 そう言ってペコリと頭を下げる。

 それから顔を上げて、真剣な表情でシッカリとみのりを見据えてこう言った。


「あの……戸次さんが戻ってくるまで、ここに居てください。お願いします!すぐ戻りますから!」

「……」


 みのりは言葉を発することなく、コクリと頷いたのだった。

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