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61.ヨツバを抱っこ

 気の遠くなるようなグロい話がやっと一段落付いた。俺は頭を振って、なんとかその余韻を体の外へ追いやった。俺の内心など気にする事なく、伊都さんはいまや楽し気にうさぎをただ愛でる人と化している。ヨツバがうっとりと伊都さんの膝に収まっているのを見て、曲がりなりにも二週間世話して来た俺としては複雑な感情を抱えることとなる。


「嘘みたいに大人しいな……」

「そうですか?」

「ヨツバ、お前相手が女性だからってそんな態度なのか?」


 膝の上でのんべんだらりと居座っているヨツバに当て擦るように言うと、伊都さんが噴き出した。


「そう言うわけでは無いと思いますが。もともとヨツバは大人しいタイプなんですよ」

「―――なら、俺にも抱っこ出来ますか?」


 キョトンと俺を見上げて目を丸くした伊都さんは、瞬きを数回繰り返した後目を細めて「フフフ」と気味悪く笑った。


「……抱っこ、したかったんですね」

「別にそう言うわけじゃ……」


 伊都さんの『してやったり』感漂う笑顔に、咄嗟に否定の言葉を続けようとして―――口を閉じる。視線を逸らしつつ諦めて頷いた。


「いや、抱っこしてみたくも……なくも無いって言うか」


 二重否定に俺の心の懊悩が込められている。声のトーンが落ちてしまうのは図星をさされて悔しいからなのか、それとも自分の中の妙なプライドの所為なのか。


「そうでしょう、そうでしょう……!」


 伊都さんは満面の笑みだ。


「何でそんなに嬉しそうなんですか……」


 半ば呆れ口調でそう呟くと、伊都さんはウキウキとこう言った。


「え!そりゃあ、嬉しいですよ。ヨツバを『抱っこしたい』って……可愛いから触りたいってことですよね?」

「いや俺は別にうさぎ好きじゃ……もともとペットを飼うことにも興味がなくて」

「いいんです、いいんです」


 伊都さんはニコニコと微笑みながら頷いた。


「私の店にはうさぎに興味がある、うさぎを飼いたい!って初めから考えて来る人が多んです。うさぎ専門店なので。でもだからこそ、たまたま触れる機会があって、何が何だか分からないうちに好きになっちゃう……って言うのが、また良いんですよねぇ!」

「……」

「いつの間にかうさぎに絡めとられている!って言うのが。気付いた時には抜け出せない!って言うのがまた……」


 伊都さんはやっぱり変な人だ。


 それに俺はヨツバにそんなに嵌っている訳じゃない。ただ身近にいたら、触ってみたいって思うのは当り前だろう。目の前でサラッと他人の膝に乗っているのを見てしまったなら、尚更だ。


「いや、別にそんな嵌っているわけじゃ……」

「じゃあまず、そちらに座って下さい」


 言い訳をしようとする俺をスルーして、伊都さんは言った。ここでグダグダするのも時間の無駄なので、俺は言われるまま黙って正座の形に腰を下ろした。

 すると伊都さんは油断しているヨツバをいとも簡単に抱え上げ「はい、どうぞ」と無造作に俺の太腿の上に置いたのだ。


「わ……温かい」


 ぬくもりがジーンズの厚い生地を通して伝わって来た。思っていたよりもずっと、柔らかい温もりが伝わって来て胸がドキッとしてしまう。


「馴染むまでお尻を包み込むような感じで……そうです」

「おおっ……すげーフワフワだ……」


 や、やわらけー!なんだ、これ?

 それに掌にも温もりが毛皮からじんわり染み出して来るようだ。


「生き物ですからね、温かいですよ?あ、撫でる時は頭から背中、毛に沿ってゆっくりとお願いします」


 俺はその声に返事もせずに、手を伸ばす。

 おそるおそる触れ、ゆっくりと手を頭から背中へと動かすと、掌に天然のうさぎの毛皮の感触が伝わって来る。


「ホントだ……大人しいですね」

「でしょう?オスの方が意外と大人しい場合もあるんですよ」

「へー。メスの方が大人しいイメージがありますけど……」

「結局その個体ごとの性格によるんですけど……別に統計はとっていないんですが、私が出会ったうさちゃん達は比較的オスの方が抱っこ耐性ある子が多いですね」


 メスの方が気が強いってことか?だとしたら人間社会と同じだな。


「うさぎの世界もメスが強かったりするんですかね」

「うーん、どうでしょう?オスが大人しいのって思春期までの場合もあるので……」

「思春期?」


 言葉に引っ掛かった所で、異変が起こった。

 急にさっきまでと違う温もりで、じんわりと膝が温かくなったのだ。


「あれ?」

「どうしました……あっ!もしかして?!」


 伊都さんが慌ててペットシーツをカラーボックスから取り出し、俺の膝からヨツバを取り上げ、そのペットシーツごと自分の膝の上に戻したのだ。伊都さんの視線が、気の毒草に俺の太腿の辺りに置かれている。俺は嫌な予感で一杯になりながら、視線を落とした。


「うわぁっ!」


 道理で……!既視感を覚える筈だ!人類である俺も遠い昔、かつて経験したことのあるような感覚だとどこかで感じたのだ。

 生温かい感覚、そして今は僅かにスースーするような―――ヨツバが俺の膝の上でおしっこをしていたのだ。……つまり『お漏らし』だ!!


 くそ、ヨツバめ!


 ちょっと可愛いかと思って絆されたらすぐこれだ……!

 伊都さんの膝では普通だったのに、俺の膝に乗った途端粗相をするってどういうことだ?!

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