53.繊細なヨツバ
「フフフ……そんな事もあろうかと」
俺達の遣り取りを聞いていた卯月さんが、ニヤリと笑って手持ちの鞄から透明な密封式の袋を取り出した。
「じゃーん!貢物を用意しました……!」
掲げた袋の中には緑色の野菜が入っていた。
なんかこのリアクション、非常に既視感を感じるんですが。うさぎ好きってテンション似通ってるんじゃないか?なんて思いつつチラリと伊都さんを一瞥した。伊都さんは全く俺の視線に気づいていないみたいだが。
「それ、何ですか?」
尋ねると、卯月さんはニコリと微笑んで答えてくれた。
「セロリです。比較的安全な野菜を用意したんですけれど。戸次さん、あげても構いませんか?」
「あ、ええと……」
安全な野菜とそうでない野菜がある、なんて事も知らなかった。
戸惑っていると、伊都さんが思案気に首を傾げて口を開いた。
「昨日か今日、何かお野菜をヨツバに食べさせましたか?」
「いいえ。牧草とペレットだけですが」
『初めてのうさぎのお世話』にもそう書いてあったからな。伊都さんに貰ったオヤツもあげ過ぎはいけないと言われていたから、掃除をしたい時に少しだけしか使っていない。
「もしかして人間みたいに喰い合わせとかあるんですか?」
たしか天婦羅とスイカは一緒に食べてはいけない、とか。そのような事を子どもの頃言われた覚えがある。ひょっとしてそう言った類の禁忌がうさぎにもあるのだろうか。毒草ならまだしも草食動物のうさぎに食べていけない野菜があるなんて考えた事も無かった。
「食べ合わせと言う訳じゃないんですが、水気のある野菜をあげ過ぎるとお腹を壊すことがあるので」
「そうなんですか?」
「ちょっとした下痢でも命とりになる子もいますからね」
「えぇ?」
それは一大事だ。
素人考えだが、野菜なら普段から主食にしていてもおかしくないような気がしていた。兎と言えばニンジンとか主食で食べてるイメージだよな。野菜を食べてお腹を壊すなんて思いも寄らない。ましてや命に係わるなんて想像してもいなかった。伊都さんに貰ったリーフレットを読んでなかったら、安易にヨツバに食べさせて大変なことになっていたかもしれない。
表情を引き攣らせた俺に気が付いて、伊都さんはフォローするように続けた。
「まあ、でもちゃんと様子を見て不調が長引かないように対処すれば大丈夫ですよ。心配し過ぎも良くないですし。食べたばかりじゃ無ければ問題ないです。水分の取り過ぎになるんじゃないかと気になっただけなので」
水分の取り過ぎ……あれ?そう言えば。
「水ボトルをずっと付けたままなんですが……これ、ヤバかったですか?」
ヨツバの体調は今の所問題無さそうに見えるが、ひょっとして水ボトルは食事時以外取り外した方が良かったのだろうか?
「水ボトルは喉が渇いた分だけヨツバが自分で摂取するので、気にしなくても大丈夫ですよ。野菜はうさぎにとって美味しいので、マンゴーなんかと同じ嗜好品と考えていただいて気を付けていただければ良いと思います」
俺達の遣り取りが一通り終わるのを待って、卯月さんがセロリを密封パックから取り出した。
ヨツバって繊細なタイプだったんだな。それでもって俺にだけ気を許しているならひょっとして、セロリくらいじゃ出て来ないかも?マンゴーも用意した方が良いだろうか。―――――なんて気遣いは無用だった。
密封パックを開いてセロリを取り出した途端、ヨツバがケージから稲妻の速さで飛び出して来たのだ。
いや、予想はしていたけどね。……人見知りをしているとか、俺だけに慣れているとかそう言う事じゃなく。ただ単に餌をくれる人間かどうか―――それだけがヨツバにとっては重要なんじゃないか。
何となくそれを残念に感じた事は、口には出したくなかった。
そして『小さなか弱い存在』である筈のヨツバに抱いていた感傷的な気分は一遍に吹き飛んだ。俺が感傷的になろうが同情しようが、ヨツバは一切関係無く、ただ本能のままに自分の好きなように生きている。
逞しいな……と、真に矮小な存在である俺は敗北感で一杯になった。
さっきまで『ペット』がどうの『人間』がどうの、と壮大なテーマについて考えていた自分が馬鹿らしくなる。
あ、あと。
―――コイツ絶対『繊細なタイプ』のうさぎじゃない。




