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43.亀田夫妻と

あけましておめでとうございます。PC前に戻ってまいりました。

今年もよろしくお願いします。

「戸次さんを見掛けて声を掛けたら困っているみたいで……咄嗟に話を合わせたの。丈さんが来ていたのに気付かなくてゴメンなさい」


 何故か卯月さんに謝らせる事態になってしまい、慌てた俺は頭を下げた。


「スイマセン!どうしてもその場から上手く逃げ出せなくて。その、ちょうどバッタリ卯月さんが声を掛けてくれたので、つい縋ってしまって……申し訳ないです」


 俺がひたすら恐縮していると、亀田部長は漸くその鋭い両眼から発するレーザービームを緩めてくれた。


「でも良かったんですか?」


 卯月さんが人差し指を顎に当てて、首を傾げる。


「咄嗟に合わせちゃったけど……あの可愛い女の子、彼女だったんじゃないですか?もしかして喧嘩中とか?」


 卯月さんの問い掛けに亀田部長が目を細めたので、俺は即座に否定した。昼間打ち明けたばかりの俺の部屋から出て行った同棲相手が、派遣社員の花井さんだと部長に勘違いされては堪らないと思ったのだ。


「あの、違います!『彼女』とかじゃなくて……派遣の女性の相談を受けていて、無理な頼まれごとをされて弱ってしまって……。上手く躱せ無くて困っている所に偶々俺に気付いて声を掛けてくれた卯月さんが現れたので、咄嗟に待合わせしているフリをお願いしてしまいまして……」

「派遣?社内の人間か?」


 亀田部長は形の良い眉を僅かに寄せた。


「花井さん、と言うのですが」

「ハナイ……?」


 俺はさっき曲がったばかりの壁に近寄り、そっと駅前を窺った。そこにはもう、既に花井さんの姿は無かった。


「もう帰ったようですが、総務のあの、このくらいの茶色い髪の」


 俺が顎の下辺りに手を置いて説明すると、卯月さんが補足してくれた。


「スタイルの良い、可愛らしい人でしたよね」


 亀田部長はすぐには思い当たらないらしく、首をひねる。彼くらいの地位になると雑務担当の派遣女子と直接接する機会が少ないから、流石に名前までは把握していないようだ。下っ端の、それほど接触の無い俺の名前でも覚えているくらいだからもしかしてと思ったのだが。

 ちなみに俺の直属の上司、遠藤課長は可愛い女性社員の名前と年齢を全て把握していて、近くを通るたびにマメに声を掛けている。商品の詳細より詳しいくらいだ。実は花井さんの愚痴(相談?)の定番ネタの一部は遠藤課長のセクハラギリギリの揶揄いだったりする。こうして改めて考えると亀田部長と遠藤課長は何から何まで正反対だな……。


「そう言えば、卯月さんは部長と待合わせだったんですよね?時間とか大丈夫ですか」


 不可抗力とは言え二人の邪魔をしてしまった形になってしまって申し訳なくなった。俺が水を向けると「あ、そうだった!」とスマホを出して卯月さんは時間を確認する。どうやら仙台駅で外食をする為に亀田部長と駅で待ち合わせをしていたらしい。


「そろそろ出た方が良いかも」

「じゃあ行くか。戸次も地下鉄か?」

「あ、はい。家に帰ってヨツバにこれ、見せないとと思いまして」


 歩き出しながら昼にいただいた紙袋を上げてみせると、亀田部長も鉄面皮を僅かに緩めて頷いた。それを見て思う、今後万が一部長の機嫌を損なう事があったら、うさぎの話題を出す事にしよう。きっと幾らか気分が和らぐに違いない。


「ヨツバに?……あ!そう言えば週末有難うございます。本当に予定とか大丈夫ですか?無理を言ってしまって……」


 卯月さんが心配そうに、並んで歩く亀田部長の向こう側から顔を出して俺を見た。


「いえ、予定も何もありませんから。こちらこそ、うさぎの世話なんかで聞きたいこともあるので……」


 言い掛けて思い出す。そうだ『伊都さんへのお礼』!それに卯月さんにも結局いろいろお世話になってしまったから、出来たら何かお礼がしたい。部長にはヨツバのオモチャまで貰ってしまったし……。


「卯月さんもそうですが、伊都さんにもいろいろいただいたお礼をしたかったので。亀田部長にも実は今日お伺いしたんですが、何か伊都さんの好きなものとか分かりますか?」

「伊都さんですか?うーん……」


 卯月さんは思案気に視線を上げ、俺の隣の改札をくぐった。その後ろに続き卯月さんの護衛官のように体格の良い亀田部長が改札を通る。


「伊都さんの好きな物、と言えば……『うさぎ』ですね」

「うさぎ、ですか」


 それは予想通りだが、うさぎ専門店の彼女にうさぎに関するモノをプレゼントするのもなぁ。既に扱っている商品だったりするかもしれないし。


「あ!あと甘い物が好きです。一緒にケーキを食べてるとき、ものすごくニンマリしていました。うさぎを愛でている時と同じくらい笑顔でしたよ!」

「甘い物……」


 それなら、まあ選ぶ余地はあるかな。仕事柄、そう言ったアンテナは張っているつもりだ。


「甘い物なら卯月もだろ?」


 すると亀田部長が合の手を入れた。


「うっ……まあ、甘い物が嫌いな女の人はいないよね?」


 指摘された卯月さんは、恥ずかしそうに唸りつつ亀田部長を見上げ軽く睨む。クスリと笑う亀田部長の視線は仕事場で見るものと違って、明らかに柔らかい。普段厳しい表情しか見せないコワモテ上司の、愛おし気に妻を眺める様子を目にして―――見ている俺の方が妙に恥ずかしくなったのだった。

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