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3.どうしたものか

「ったく、何だよ……」


 取り戻した指をフーフー吹いて痛みを逃がそうとした。ジン……と響く痛みに指先を確認すると、ギリギリ血は出ていないものの鋭い歯型がしっかりと付いている。


「あーもー、勝手にしろ!」


 と苛立ち紛れに呟いて背を向けると、再びガジガジガジ……とケージの中のうさぎは柵を齧り始める。溜息を吐きつつソファにドカッと腰を下ろすと、テーブルの上に放置されたままの手紙が目に入った。




『落ち着いたらヨツバを引き取りに戻りますので、それまでよろしくお願いします』




 昨日はみのりが突然出て行った事に混乱し苛立ちを覚えたが、一晩経って落ち着いて自らを振り返ってみると、ここの所飲みにばかり出掛けて彼女と真正面から話し合うのを避けまくっていた事実に思い至る。

 やはりみのりは……結婚について話し合いたいと思っていたのだろうか?


『なぁ、みのりさんと何で結婚しねーの?』

『……俺だったら、こんなトコで飲んでないで毎日ソッコーで家に帰るわ』

『くそっ。いらねーなら俺にくれよ!あんな綺麗な女の人に家事やって貰って一緒に暮らしてさ。不満があるなんておかしいよ!』


 風間の言葉が今更ながらに胸を抉る。

 後ろ暗い気持ちが足元から湧き上がって来て、地面がグラグラするみたいに落ち着かない。


 三年間も一緒に暮らしていたと言うのに……唐突にバッツリ切り捨てるような真似をしたみのりに、勿論俺は腹を立てている。たぶんみのりは何か俺の態度に―――結婚の話題から遠ざかろうとする俺の姿勢か、それとも最近の俺の余裕の無さに苛立っていて―――一旦頭を冷やして帰って来るんだろう。だから『落ち着いたら、引き取りに戻る』と手紙に書いている……ハズだ。

 今まで俺達が積み上げて来た関係が一夜で零になる筈がない。だから二人の間の誤解は……これから一つずつ話し合って解決して行けば良い。


 もしその時―――其処まで考えて俺は一つの可能性に行き当たった。


 もしみのりがこの部屋に戻って来たとして。再会したその時に、みのりが置いて行った大事な『ヨツバ』が体調を崩していたら?


 ヒヤリとした。勿論『置いて行ったお前が悪い!』と反論する事は出来る。正直うさぎに興味を持たない俺に、何の説明も無しに押し付ける形でヨツバを置き去りにするなんて、そのうさぎがどうなっても良い、と言っているようなものだと思う。


 だけどここで俺が開き直ってしまったら―――二人の問題を解決するどころの話じゃなくなってしまうのではないだろうか。それに如何に興味が無い動物だと言え、体調を悪くした所を目にしたら寝覚めが悪い。そう、頼れる者が他にいない状態で万が一命でも落とされたらと想像すると。それは出来たら……やっぱり避けたい。




 彼女が勝手に出て行った事に対する怒りは正直消えていない。だけど……後味が悪い思いは避けたい。




 俺は溜息を吐いてケージに歩み寄ると、ゆっくり近づきしゃがみ込む。今度こそ近づき過ぎないよう、気を遣い―――ケージの中を覗き込んだ。

 そのケージの中にはプラスチック製の三角形の容器が一つ、草が刺さった網のような籠と……それから水のボトルだろうか?プラスチックのボトルが外側に設置されていて金属製の飲み口だけがケージに突き刺さった格好になっている。後は……陶製の容器。


 ん?ひょっとして……これか?


「そうか、飯だ」


 陶製の容器がエサ入れなのだろう。それが空になっている、だからきっとヨツバはお腹を空かせてケージを齧っていたのではないだろうか。だとしたらそれを補充すれば良い。俺はケージの周りに目を配った。

 するとケージの隣に置かれたカラーボックスに案の定、見慣れない道具や容器が並んでいて、半透明の密封容器の中にペットフードらしき物が見て取れる。


「これか?」


 密封容器を開けると、口をプラスチックの道具で留めてある袋が出て来た。よく見ると、うさぎの絵が描いてある。メーカーの名前だろうか……『うさぎひろば』とロゴが入っている。留め具を外すと、うさぎの餌らしき粒状の物がたくさん入っていた。


「よーっし、ヨツバ!朝ごはんだぞ!」


 と、袋を手にケージの中のヨツバに向き合う。


 俺の言葉が今度こそヨツバに通じたのか?ケージを齧るのを止めたヨツバが、首を伸ばすように顔をこちらに向けて、フンフンと鼻を動かし始めた。


「おし、今入れてやるから……な」


 と、ケージの入口に伸ばそうとした手が、ピタっと止まる。




 ケージの入口にはヨツバがいる。


 ケージを開けて→手を入れて→餌の入れ物らしき陶器の容器を取り出して→袋から容器に餌を入れて→ケージを再び開けて→餌を入れた容器を戻せばいい。

 そうだ、餌をやるのは単純作業。何ら難しい事など無い筈なんだ。


 なのに―――さっき齧られた強烈な痛みが蘇る。




 俺はゴクリと唾を飲み込み、つぶらな黒い瞳で俺を見上げるベージュ色のうさぎを見降ろして思った。このミッション―――流血抜きでクリアするの無理じゃねぇか?!

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