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38.はまってません

 本日の残業も集中して終えた。これまでは残業に取り掛かる前に年の近い奴とコンビニで夕食を手に入れつつ軽口を言い合って息抜きする事が多かったが、今日はなるべく早く帰りたかったから誘いを断って空腹のままひたすら作業を続けた。


 一刻も早くランチの後に亀田部長から手渡された『ヨツバの遊び道具』を試さねば、と思ったからだ。ヨツバと俺に残された時間は、少ないかもしれない。ならばコレを使ってどんな風に遊ぶのか確認するのは早い方が良い―――一応上司からの好意の品だからな、使い心地を確認しとかないといけない。ほら『あれ、どうだった?』なんて聞かれたら困るだろ?結局使ってません、なんて言い訳はちょっと。

 そう、決して俺がヨツバが遊ぶところを見てみたいってワケじゃないぞ。そりゃちょっとは気になるが……あんなくたびれたオジサンみたいな真顔でポリポリ草を食べているか、丸くなっているかのどちらかしかしていないうさぎが、無邪気に遊ぶ?亀田部長は当り前のようにそう言っていたが、ヨツバが可愛らしく遊ぶ姿なんて想像できないんだけど。それに思えばこれまで二ヵ月ほど同じ空間に暮らして来たというのに、ケージの中のヨツバは存在感皆無だったからな。今考えると、すげー大人しかったんだろう、俺のいる場面では。


 人間関係においてそれほど苦労した事のない俺は、友人や恋人、会社の同僚と付き合う時間を削ってまでペットに嵌る人間の気持ちが理解できなかった。話の通じない動物より、言葉を交わせる人間といる方がずっと楽しいし刺激的だし、ペットに嵌る人間は大抵人との付き合いが苦手な人間や一人暮らしの高齢者とかで、『ペット』はそう言った寂しい人間の時間と心の隙間を埋める為の、いわばツールなんじゃないかってイメージがあった。

 だからみのりが突然相談も無しにうさぎを飼い始めた時、違和感しか抱けなかった。サバサバしたみのりは俺にとってはそう言うイメージでは無い。理由を尋ねても笑って誤魔化すばかりだった。だから仕事上や友達の付き合いで仕方なく、って言う切っ掛けだったんじゃないかと今でも思っている。


 そして今もペットに嵌る人間のそういったイメージは否定できない。実際のところ俺も―――自信を無くした寂しい、打ちひしがれた人間の一人だからだ。だからヨツバの存在を慕わしく感じてしまうのかもしれないと思う、そんなこと正面切って認めたく無かったが。


 だけど一方で何となくそれだけじゃないって心の一部が感じ始めている気がする。ヨツバとの暮らしに、寂しさを埋めるだけじゃない、何かがある。それを今、上手く言葉にする事はできないのだけれど。


 いや、深くその辺りは掘り下げなくても良い。掘り下げてどうする?ヨツバとの関係は期間限定なんだ。今は考えるより終わりが来る前に、出来る事をやろうじゃないか。

 PCをシャットダウンして、上着に袖を通す。鞄と、それから亀田部長から渡された紙袋を手に廊下へ飛び出した。

 其処で事務所のすぐ傍のコンビニから帰って来たらしい、風間と佐渡と行きあった。


「お、もう帰んの?」

「ああ、ちょっとな」


 佐渡がニヤニヤしながら、俺の肩を叩いた。


「最近ホント早いよな。……ひょっとしてラブラブか?」

「はぁ?なんだそりゃ『ラブラブ』って……」


 佐渡の的外れな揶揄いに、俺は敢えて眉を顰めて渋面を作る。

 しかし頭の中には、ぽわんと垂れた耳、ベージュ色の毛糸玉が浮かんでいた。


 いやペットと『ラブラブ』とか!なんだそれ!あんな奴、見た目はちょっと可愛いけど、中身はマイペースで呑気な親父みたいなモンだし!我儘息子っつーかなんつーか。俺はペットなんてあんまり好きなタイプじゃないし、別に嵌ったりしている訳じゃない。ただ一時的に預かっている手前一応命あるものだし、責任を感じているだけで。そう、別にこの藁の敷物みたいなモンで一体うさぎどんな風に遊ぶんだ?なんてコト、そんなに楽しみにしている訳じゃねえし。……でもまぁ、喜んでくれたらちょっとは嬉しいけどさ。


「何だかんだ言ってたけどさ、ひょっとして結婚間近なんじゃねーの?」

「は?」


 そこで佐渡が言っているのはヨツバの事じゃないって気が付いた。そうだ、みのりが出て行った事を告白したのは亀田部長だけだった……!溜め込んでいた秘密を暴露したコトに、スッカリ肩の荷が下りたような気分になってしまったのかもしれない。


「いや、それは」


 『無い』と言おうとした。その俺の台詞に被せるように低い声が、斜め横から飛び込んで来た。




「ナイ、だろ?この間も『結婚なんか』なんて言ってたし、なぁ?」




 それまで黙っていた風間が、俺に冷たい視線を投げ掛けていた。俺はその険のある態度に思わず眉を寄せる。佐渡も、風間の唐突な不機嫌に目を丸くしていた。


 みのりが出て行った日、飲み会で風間に絡まれた。適当にいなしたつもりだったが、風間の機嫌はあれ以来浮上するどころか悪くなる一方だ。正面からやり合う気は無いから、コイツの挑発には決して乗らないようにして来たけれども。


「案外もう次に手を付けてたりするんじゃないの?誰かさんはモテモテだからな。つーか元から二股でも掛けてて、既に飽きた相手は切り捨てたってのが現状か?」

「は?」


 これには流石に俺もイラついた。


「お前ナニ言ってんの?」

「ホラ、あそこでお前のこと待ってるんだろ?イイよなぁ、次から次に女が寄って来るんだから」


 風間がクイッと顎を引いて、入口を見た。

 そこには女の子が人待ち顔で佇んでいる、栗色のふわふわした髪を耳に掛けながら。


 ―――あれは、花井さんだ。

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