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37.週末の予定

 事務所に戻る手前で亀田部長が再び立ち止まった。


「戸次、週末何か予定はあるか」

「週末、ですか?」

「その……卯月がヨツバに会いたいと行っていてな」

「ああ、ウチですか?いつでもいらしていただいて結構ですよ。狭くて申し訳ありませんが」


 用事もありませんしね。先ほど同棲相手に逃げられた事については告白済みだ。

 それに亀田夫妻にはお世話になった、断る道理が無い。


「それが今週末俺は出張で東京に行かなきゃならなくてな、卯月は留守番だから―――俺抜きになるが伊都さんと一緒に戸次の家に訪問したい、と言っているんだ」

「あ、そうなんですか」


 亀田部長抜き、か。しかも週末……実は週末に入る前に一度みのりに連絡を取りたいと考えていた。また無視されるかもしれないが、ヨツバの事もあるし思い切って職場づてで連絡を取ろうかと考えていたのだ。みのりとまだ飲み友達程度の付き合いだった頃、彼女と同じ職場の女性が飲み会に来ていた。その彼女に連絡してみようと思っている。駄目なら職場か……ストーカーみたいだが、ヨツバの事があるから仕方が無いだろう。


 しかし連絡が付いたとして、ヨツバを引き渡す結果になってしまったら―――ヨツバに会いたいと言ってくれている卯月さんとすれ違ってしまう事になってしまうかもしれない。伊都さんも残念がるかな、せっかく運動場まで作ってくれたのに。

 ヨツバもいよいよ出て行くのか。男同士の暮らしも案外いいよな、なんて思い始めて来たから離れる事を考えると残念なような、寂しいような……いや、清々する!そもそも俺は押し付けられた立場だし!ヨツバの世話だって面倒……とまでは最近は思わないが……いやその。




「俺抜きだとマズいか?」




 少し返答に間が開いてしまった所為か、亀田部長が訝し気に尋ねて来た。


「あ、いえ!そんな事は……」

「それとも元『同居人』に遠慮しているのか?まだハッキリ別れてないなら、二人一緒とは言え女性だけを家に上げるのはマズいよな。もし何か誤解されたら……」

「いえ、それはホントにお気遣い無く」


 みのりが出て行った後茫然自失だった俺だが、暫くして我に戻った。気を取り直して部屋の中を確認すると、彼女は自分の荷物を根こそぎ持ちだしていた。俺の部屋に残った同棲の痕跡は―――それこそダブルベッドとヨツバだけだ。それはもう、戻って来ると言う前提の処置では無い。

 ヨツバとの間が落ち着くに連れ、曇っていた窓ガラスが少しづつクリアになって行くみたいに状況が明らかになりつつある。俺とみのりの間にあった気安い空間は―――既にもう解体されてしまっている。みのりの手によって一方的に。


「……戸次」


 亀田部長の声で考えに沈み込んでいた意識が戻る。

 卯月さんと伊都さんには世話になった。だから二人にヨツバに会いに来てもらってから、みのりと連絡を取る事にしよう。そうだ、それが良い。それにもともと伊都さんに御礼をしなければと思っていたのだ、と思い出す。それを卯月さんに相談したいとも。俺は意識して笑顔を作って部長に返答した。


「あの、もともと伊都さんに色々いただいてばかりだったのでお礼をしたいと考えていまして。だけど伊都さんに聞いても、徹頭徹尾あんな感じで遠慮されて終わりそうなので亀田部長と卯月さんに相談したいと思っていたんです。伊都さんが喜ぶような物をご存知であれば、と。だから返って機会を与えて貰って良かったというか」

「そうか、なら良かった。じゃあ連絡先を交換してもいいか?卯月と伊都さんにも俺から渡して置くから当日はそれで連絡を取って貰えると助かるんだが」

「あ、はい。じゃあ……」


 そんな訳で銀縁眼鏡のエリート上司、亀田部長と個人的な連絡先を交換する事になった。

 本当にこんな状況になるなんて、少し前の俺だったら想像もしていなかった。部長みたいな俺のコンプレックスを刺激しまくる存在なんて、苦手そのものだった筈なのに。


 自分の机に戻ろうとした時、再び部長に呼び止められた。部長室の前で少し待っていると、紙袋を差し出される。


「持っていけ」

「何ですか?これ」


 覗き込むと紙袋の中には藁で編んだような、平たい物が入っていた。


「ヨツバの遊び道具だ」

「……」

「うータンもこれが好きでな。ヨツバも多分、喜ぶはずだ」


 うん、分かった。


「有難うございます」


 俺が頭を下げると、ニコリともせず手を上げて彼は部長室に入って行った。

 その背中を見ながら思った。




 下っ端のほとんど接点らしい接点のない俺が飼っているうさぎの捕獲作戦に、物凄く前向きに真面目に対応してくれた。

 そして、うさぎの生態に詳し過ぎる。

 この人は―――若い新妻可愛さに、仕方なくうさぎに関わっているんじゃない。




 亀田部長本人が、真正の……本物の『うさぎ好き』なんだ!と。

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