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35.亀田部長

 亀田部長に連れられて入ったのは古くからある人気の蕎麦屋だった。その佇まいを眺めてちょっと意外に思う。シッカリした体躯に高そうなスーツをビシッと着こなした、見るからに都会から来たエリート!な人物がランチを食べるとしたら―――もっとこう、シュッとしたお洒落な店だというイメージがあった。ここは蕎麦屋なのに海老天付きの中華そば(つまりはラーメン)が一番人気と言う不思議な店で、親しみ易くはあるけれども常連はくたびれた親父率が高いのだ。

 亀田部長が迷うことなく一番人気の中華そばを頼んだので俺も同じものを、と注文を取る年配の女性に告げる。


「あの、亀田部長聞いても良いですか」


 場所のセレクトについての違和感はさて置いて、今聞かねばならぬことがある。ここまで辿り着く間何度か口に出そうと試みたのだが、亀田部長が長い足でドンドン先へと言ってしまうので声を掛ける隙を見つけられなかったのだ。

 返事は無かったが、ジッと俺を見る部長の視線を了解の合図とみなして俺は続けた。


「実はヨツバが……病気じゃないかと心配で」

「何?」


 ギラリと視線が鋭くなった。その殺気に思わず息を飲む。けれども躊躇っていたら昼休みはアッと言う間だ。俺は気持ちを強く奮い立たせて恐怖を押し切った。


「今朝、おかしな行動をとったんです。その、自分のフンを食べていて……やはりストレスでしょうか。俺の世話が上手くないから」

「……それは、トイレに出したモノ(・・)を食べると言う事か?」


 亀田部長の返答を聞いて、思わず素に返る。


 いい年した男二人で向かい合い、ボソボソと『うさぎのフン』について真剣に話し合っているこの状況を奇妙に感じたのだ。自分で話題を振って置いて何だが客観的に見たらかなりおかしな状況だ、しかも食事時にご法度の下ネタ。妙に気恥ずかしくなった俺は、一層声を落として亀田部長の方へ顔を近づけた。周囲に聞かれたら不快にさせてしまうだろう……と言っても若い女性皆無のこの店なら、それほど問題ではないかもしれないが。


「いえ、その……俺が仕事に出る直前なんですが、ペレットも平らげて牧草もしっかり食べてお腹いっぱいでノンビリしていた筈なのに、急にこう……自分の股に顔を寄せて、ですね」

「ああ」


 亀田部長はあっさりと顰めた眉を解いた。


「それなら大丈夫だ。あれだろ、フンと言ってもツヤツヤして柔らかいのじゃなかったか?」

「あ!そうです!下痢かと思ってそれも心配で……っ!」


 思わず興奮で声が高くなってしまった。大きく頷きながらも慌てて声量を落とす。


「そうなんです!俺に見られているって気が付いて慌ててヨツバのやつ、ケージに逃げ込んで……その場に落ちていたのが、そんな感じのでした。だからてっきり俺がストレスを与えているから変な行動をとるようになったんじゃないかと」

「それは盲腸便だ」

「もうちょうべん?」


 亀田部長は神妙な様子でコクリと頷いた。


「繊維質の多い食事は一度じゃ消化しきれないんだ。一度盲腸で発酵させた物をもう一度食べて栄養を吸収するようになっている。それでも消化しきれない繊維が丸い形状で排出されるんだ」

「ええ!そうなんですか?」


 衝撃だった。いつもあんなことしてんのか?!

 理路整然と説明されると納得してしまうが……うさぎが自分のウン……いや排泄物を食べるなんてイメージに無かったから驚いた。


「けど、人前では滅多にやらないものらしい」

「そうなんですか?」

「世話する人間の誠意が伝わってるんだろ?だから自然体でそういう場面を見せてくれたんじゃないか?」


 軽々しくお世辞など言うように見えない亀田部長にそう言われると、本当にヨツバが俺に対して気を許していたように思えて来る。


「そう……ですかね。そうだと良いんですけど」

「はい、お待ちどう!」


 その時中華そばがちょうど運ばれてきた。


「食べるか」

「はい」


 頷いて箸を割った。ふわりと海老天からごま油の香りが立ち上り……食欲をそそる。一言呟いた後無言で麺をすすり始める部長の眼鏡が曇るのを目にして、何だかお腹に中華そばだけでは無い温かみが溜まるのを感じたのだった。

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