31.『初めてのうさぎのお世話②』2
久し振りにぐっすり眠った。頭が妙にスッキリしている。俺はグッと伸びをしてからベッドを降りた。それからケージに歩み寄って上に掛かっている布をチラリとめくってみる。
「ヨツバ、開けるぞ」
驚かせないように声を掛けて、布を取り去る。
ヨツバは落ち着いているように見えた。俺が覗き込むと鼻をヒクヒクさせて後足で立ち上がる。匂いを嗅いでいるのか?……俺、そんな臭いかな。いや、違う。リーフレットにも書いてあったんだ『においを嗅ぐのはお仕事です』って。
『〇 においを嗅ぐのはうさぎのお仕事です。危険な敵の接近やおいしい草のありか、繁殖可能な異性の存在などを嗅ぎつけます。においはコミュニケーションの手段です。縄張りにはあごの下の臭腺を擦りつけ、おしっこやウンチも縄張り張りに使われます。掃除をするのは大変ですが、うさぎの気持ちを汲んで多めに見てあげましょう。』
じゃあ、あれは縄張りの主張だったのかもな、と思う。俺のベッドに熱心におしっこをしたのは粗相とかオネショでは無く、わざとだったのか。しかし理由を知ってしまえば腹立ちは妙に落ち着いてしまう。
「お前も男だもんな」
抑えきれない本能に突かれて、と言われれば納得せざるを得ない。俺だって男だから、理性で制御しきれない衝動は理解できる。同病相憐れむ、捨てられた男同士、暫く仲良くやって行かなきゃならないからな。
と其処まで考えて、ちょっと違うかと思い直す。ヨツバはみのりと再会後、引き取られるのだろうが、俺は放逐されるんだよな、きっと。
選ばれる男と捨てられる男。その違いは何か?
「じゃあ、開けるぞ?」
そんな無駄な事を考えつつ、ケージの入口を開ける。
ヨツバは俺の出方を見ているのか、耳の根元を持ち上げはしたもののジッとその場に足を付けて置物のように固まっている。俺はケージの入口を開け放したまま、自分の身支度を始めるためその場を離れた。
昨晩亀田部長と伊都さんがケージを囲うように小さな運動場を作ってくれたので、入口を開けていてもヨツバがソファやベッド下に逃げ込む事は無い。案の定シャワーを浴びて戻って来ると、ヨツバがケージの外に出て毛繕いに勤しんでいた。その隙を見計らって、ケージの中からヨツバのトイレを取り出した。運動場の傍に新聞紙を広げ、その上に更に新聞紙を入れた大きめのコンビニの袋を置いて、トイレの網を外しペットシーツごとコロコロしたフンを空けた。ちょっと匂うが、やはり毎日始末をすればそれほど臭いと言うほどではない。うん、こまめな掃除って大事だな。
ウェットティッシュでトイレの網を拭いていると、いつの間にかヨツバが運動場を移動してこちら側に近寄り、柵の向こうから鼻をヒクヒクさせて作業の様子を伺っている。
「ちょっと待ってろよ、今綺麗にしてやるからな」
トイレを簡単に綺麗してから、ペットシーツを三角に折りたたんで仕込む。
「よし!出来た!……っと、これ入れなきゃな」
忘れずにおしっこの付いたペットシーツを少し千切って網の下に入れ、ケージの定位置に戻した。それから餌入れに餌を、牧草入れに牧草を補充してボトルの水を入れ替える。
するとその作業を見守っていたヨツバが、パタッパタッとうさぎ跳びでケージににじり寄り、スッと入口から中に入って行った。
そして躊躇する事無く、餌入れに向き合いポリポリとペレットを食べ始めたのだ。
「……」
何とも言えない満足感が胸に拡がっていく。
ジンと目頭が熱くなった。
俺の努力が受け入れられている―――そう感じたのだ。




