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30.『初めてのうさぎのお世話②』

 伊都さんの挙動不審な態度にどうやら免疫が付いてしまったらしい。脱兎のごとく走り去った車を見送った俺は何だかおかしくなって、またしても笑ってしまった。

 そのお陰でさっきまで感じていたうすら寒いような寂しさも吹き飛んで、足取り軽く自分のアパートに戻ると、ケージの中に納まったままのヨツバがペロペロと体を舐めて毛繕いをしていた。


「なんだ、結構落ち着いているな」


 ベッド下に戻りたくて暴れているかもしれない、なんて心配も残っていたからホッとした。その様子をこれまでより余裕を持って眺めながらソファに腰掛け、改めて伊都さんから受け取ったリーフレットを広げてみる。




『< 初めてのうさぎのお世話② >


 うさぎとの付き合い方


〇まず、うさぎの気持ちを想像してみてください。


〇ペットうさぎの祖先はアナウサギです。地中に穴を掘って様々な肉食動物の脅威から身を守って来た草食動物。警戒心の強い生き物ですので、大きな音を立てたり急に手を出すのは厳禁!本能的に恐怖を感じて噛みついたり、パニックになる子も多いです。


〇お迎えしたら初日はケージに布などを掛けてそっとしておきます。新しい環境に慣れるまで、触ったりするのは我慢。2~3日経ったら話しかけたり、手渡しで牧草を上げてみて。4~5日経ってケージで落ち着いているようなら、部屋に出してみます。


〇…… 』




 そこまで読んで俺は顔を上げた。


「マジか」


 俺は自分の行動を振り返り、再び頭を抱えたくなった。みのりの手紙によってヨツバの存在を初めてハッキリと認識した日、無遠慮に近づき指を伸ばして噛まれたこと。それからヨツバを捕まえようとしてソファ下に手を伸ばして、ガリっと……おそらく爪か何かで引っ掻かれたことを。かなり痛かったから、あれは後足で蹴られたのかもしれない。後で見たら、みみずばれになっていたっけ。


 大人しい見た目の割に乱暴なヤツだと、その時は苛立っていた。

 だけどそれまでほとんど接触の無い、見慣れない生き物がいきなり近づいて来たり手を伸ばして来たら―――恐怖心を抱くのは、当り前の事なのかもしれない。




『まず、うさぎの気持ちを想像してみてください』




 最初に刻まれた注意事項の一文が、胸に刺さった。

 このリーフレットを作った人間に、いろいろ見透かされているような気がする。


 俺は一旦、テーブルの上にリーフレットを置こうとして……そこに放置されたままの、みのりの手紙を見つめた。流石に文面を開いたままにはしていない。亀田夫妻が部屋に入る前に折りたたみ、封筒の中に戻したのだ。


「『まず、彼女(・・)の気持ちを想像してみてください』……なんてな」


 俺はリーフレットをテーブルに置き自嘲気味に呟いて立ち上がると、熱心に顔を洗うヨツバのケージに近付いた。今度は驚かせないよう、ゆっくりと。

 そしてしゃがみ込み……少し距離のあるところからヨツバの毛繕いを眺めた。


 ゴシゴシゴシ……ペロペロペロ……ゴシゴシゴシ……


 暫くその様子をボンヤリと眺めていると、顔の手入れに満足したのか今度はペロンと垂れた耳に両足を伸ばし始めた。


 キュッキュッ……キュッキュッ……


 後足で立ち上がり、両前足を器用に使って耳を手入れする仕草はまるで人間が着ぐるみを着ているアトラクションのようにも見える。そのアトラクションを眺めている内、ふと言葉が通じるような気がした。




「ヨツバ、みのりは何で出て行ったんだろうな?」




 ピタッ。すると突然ヨツバは作業を止めて前足を下ろした。それからジッと俺の方にそのつぶらな丸い瞳をピタリと当てた。まるで言葉が分かるみたいに。

 そんな風にしか思えなくて、思わず俺の声は震えた。




「お前には、みのりの気持ちが分かるのか?」

「……」




 ジッと俺を見上げる真っ黒で艶やかな瞳。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 すると、唐突にヨツバが口を開けた。


「!」


 ドキリとした。ヨツバが話し出す……ような気がしたのだ。


 が、そんなファンタジーな展開、あるわきゃあない。


 ヨツバは、くわわわ……と前歯をむき出しにして大口を開けた。同時に前足を揃えたまま前に押し出し、猫のように体を伸ばして―――あくびをした。

 それからピタピタと後ずさりするように前足を体の下に収め腰を揺するように下ろすと、まるまると置物よろしく体を丸め……瞼をゆっくりと細めた。


「吃驚した……」


 まだ心臓がドキドキする。胸を抑えて俺は溜息を吐いた。


 うさぎって『警戒心の強い動物』なんじゃなかったっけ?!


 と、先ほど目を通したばかりのリーフレットの文言を思い出し非難しそうになった。

 ……が、せっかく寝た子を起こすのは得策ではない。俺はカラーボックスから布を取り出して、ヨツバを驚かせないようにそっとそのケージを包み込んだのだった。


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