28.捕獲作戦3
ケージの中から入口を経て、それから柵の内側、ベッドの端まで黄色いドライフルーツで作った点線が続いている。
「よしっと」
腰を上げ、パンパンと手を払う伊都さんに尋ねた。
「ケージに入ったら、扉を閉めるつもりですか?」
「それが一番ですけど、柵をもう一つ使って退路を断とうかと思ってます」
ベッドの端を指差して、伊都さんはそう言った。
「多分、この警戒具合だと、ケージの中までは入ってくれないと思うんですよ」
「この柵で長さが足りるのか?」
余った柵を持って、亀田部長が伊都さんに差し出す。伊都さんは柵を受け取り、ベッドの端に合わせて首を傾げた。ダブルベッドの端に当てると案の定、長さが足りない。
「あら、足りません」
「柵を二つあらかじめ繋げておくか、若しくは柵を一つ追加して出口を狭めて置くかした方が好いんじゃないか」
「あ、そうですね。じゃあ……」
亀田部長のもっともな提案に頷いて、伊都さんがベッド端に当てていた柵を再度持ち上げた時……ピュッと何かが物凄い速さで飛び出して来た。
「あっ」
その場面を見ていたのは、俺だけだった。
「ヨツバ!」
耳を垂らしたベージュ色のうさぎが、黄色いドライフルーツに鼻を付けヒクヒクと動かしている。そしてパクっとその切れ端を咥えた。
「え?ヨツバ?」
俺の声に驚いた伊都さんが振り向いた瞬間、ヨツバは再びベッド下に戻ってしまった。残像さえ残さない早業は、まるで忍者だ。
「あ!」
「くそ、もう逃げた!」
騒ぐ俺達を尻目に、亀田部長が溜息を吐いて呟いた。
「遅かったな」
ガックリと肩を落としたのは伊都さんだ。俺も溜息を吐きたくなったが、伊都さんのあまりの落胆振りに、何故か「きっとまた直ぐ出てきますよ」なんて保証も何もない慰めの言葉を口にしてしまった。手伝って貰っている立場だと言う事をうっかり忘れそうになるくらい、伊都さんは熱心だ。
一方で亀田部長は俺のような安易な慰めは一言も口にしなかった。
獲物を得て一息付いたヨツバが、警戒を深めて暫くまたベッド下に籠り続けると言う事を予想していたのかもしれない。
結局その後一時間弱出て来なかったヨツバに痺れを切らした亀田部長の意見も踏まえて、餌でおびき寄せるのを諦めた伊都さんの指示により、ベッドの奥、壁際部分にフローリング・ワイパーの取っ手を差し込み、ヨツバを驚かせてベッド下から追い出すことに成功したのだった。
うさぎは警戒心の強い臆病な生き物なので、今後の信頼関係も考慮して『なるべく穏便に』と言っていたのはうさぎ専門店の店員である、伊都さんだった。うさぎを飼って長いらしい亀田部長もそれに同意していた筈だ。
なのに結局強引な手口を使ってヨツバを捕獲する事になってしまった。
とは言え無事にヨツバを確保する事に成功した後、伊都さんは、こう呟いたのだった。
「……うさぎを思い通りにするのって、やっぱり難しいですよね……」
すると亀田部長もコクリと頷いてこう言ったのだ。
「それは永遠に無理な話だな」
ウンウンと腕を組んで頷き合う二人を尻目に、追い込まれたヨツバはあっさりケージの奥に飛び込み、ダンッダンッ!と大きな音を立てて地団太を踏んでいたのだった。




