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26.捕獲作戦

PC前に戻って来ました。

 伊都さんはヨツバの位置を確認し、ケージと見比べてから必要な物を取って来ます!と宣言して部屋を飛び出して行った。そして暫くすると両手に白い網のようなものを抱えて現れた。その後ろから、亀田部長が同じタイプの網をたくさん抱えて入って来る。ちょうど卯月さんをタクシーに乗せて戻って来る途中に伊都さんとかち合ったようだ。


「それは何ですか?」

「ペットフェンスです。これでケージの方に誘導しようと思います」

「柵に追い込んで捕まえるんですか?」


 上手く行くだろうか、と訝しく思う。あのスピードで逃げられたら、捕まえるのは至難の業だろう。伊都さんはさっき突然泣き出した事なんて無かったかのように、平然とした様子で説明し始めた。


「本当はじっくり信頼関係を築いてからケージに入って貰いたいんですけどね……このままだと、戸次さんもお困りでしょうから。ついでにケージの周りに運動場も作っちゃおうかと思いまして」

「運動場、ですか」

「はい!この月齢のうさぎは元気ですからね。狭いケージに籠ってばかりいるとストレスが溜まっちゃって体調を悪くするかもしれませんし。毎日『へやんぽ』させられるなら、そんな必要はないと思いますけど、戸次さんもヨツバばかりに関わっていたら生活もままならないでしょう?ケージから出したり戻したりって初心者にはかなり負担ですから」


 『へやんぽ』とは、うさぎの飼い主達が好んで使う単語の一つで『部屋の中でうさぎを散歩させること』を言うらしい。卯月さんのブログで目にした事があって、ネットで調べた事がある。

 それまで沈黙していた亀田部長が、同意を示すように頷いて口を開いた。


「飼い主側のストレスも、うさぎに伝わるからな。なるべくお互い楽に暮らせるのが一番だ」


 意外だった。会社ではイマドキ流行らない『鬼上司』そのものの亀田部長だから、自分が無理をしても相手に合わせるべきだ、なんて言う方が似合っている気がする。俺がポカンと部長を見ていると、彼はコホンと咳払いをして気まずげに補足した。


「仕事はお客様の気持ちを優先するのが第一だが、プライベートまで無理していたら息が続かないだろう」

「はぁ……」

「まあ、実際は仕事でも滅私奉公ばかりじゃ続かない。基本を先ず徹底的に体に覚えさせるのは大事だが、その後は自分が続けやすい形で手を抜く工夫も必要だがな。その人間ごとにやり方の得意不得意もあるだろうし」

「……」


 その時スッと亀田部長の主張が胸に下りて来た。




『説明をはしょるな』

『基本を蔑ろにするな』

『正確な数字は?だいたいこのくらい、じゃ把握していなのと同じだ』

『具体的にはどういうことだ?顧客の希望をきちんと確認したのか?」

『何件に電話を掛け、何件アポが取れた?成約率は?地域ごと、月ごとの件数は?……』




 次々と矢継ぎ早に繰り出される質問に、俺達は新人じゃねーぞ!と逆上してしまったのは、実際はしょっていた、誤魔化していた部分があったと自覚しているからだ。図星を突かれた事に狼狽えて、つい反射的に反発心を抱いてしまったのだ。

 雇われたての新人みたいに答えられずに黙り込むしかないのが悔しくて、重箱の隅をつつくような真似をするなよ!と腹を立てていた。ましてや『丸投げ君』の直属の上司に関しては俺達が何を把握しているかも理解していないから……自分より年下の部長に矜持を傷つけられ、真っ赤になって怒りで震える所を眺めて発言権の限られた俺達下っ端はただ溜息を吐くしかない。本当はあの場で答えられることもあったのに!課長が適当な所為で痛くもない腹を探られて時間ばかりが無駄になっちまったと、その苛立ちの矛先は非のある丸投げ課長では無く、混乱の原因を作った亀田部長に向けられた。―――彼はただ、当然の事を尋ねただけなのに。


 前任の桂沢部長はダメな部下である課長の性格も見通していて、課長に恥をかかさないように和を乱さないよう配慮してくれていた。足りないと思われる部分は課長を素通しして直接俺達に確認してくれたりして『ああ、下っ端の苦労も分かってくれているんだな』って桂沢部長の気遣いに皆、満足していたんだ。

 もしかするとそう言ったこれまでの慣習も……亀田部長は見通した上で、敢えてああいった『無駄』なゴタゴタを表面化させたのかもしれない。そんな側面にふと、今気が付いたのだ。この人はただの盲目な『エリート』ではないのじゃないかって。


「亀田部長、あの……」

「さて!始めますか!まずは柵を設置してしまいましょう!」


 問い掛けようとした俺の声をぶった切るように、やる気満々の伊都さんの声が響いた。


 うん、本当に空気読まないよね?

 潔いくらいにうさぎ優先だな……。


 急にイキイキ、別人のようにテキパキし始めて。オドオドソワソワどもっていたのが嘘のようだ。だけど連結式の柵のパーツを両手に持って、ニパッとひまわりみたいに笑った伊都さんの笑顔を見たら、思わず言葉に詰まってしまった。




『いつもそんな風にしてたら良いのに』




 なんて台詞が胸を掠めたが「戸次さん!これとこれ、繋いでください!」と突き出された柵一式をグイグイ押し付けられて、俺は口を噤んだのだった。

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