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23.新婚夫婦が

 そんな訳で今、俺の部屋に亀田部長(39)とその妻(27)の新婚夫婦がいる。同棲中の彼女が出て行った(とは二人は知らないのだが)部屋に新婚夫婦が……これはひょっとして遠回しなイジメ、だろうか。


「聞いた事はあるが、ビニールシートは実際効果があるんだな」


 そう呟いてこちらを振り返る銀縁眼鏡の奥の視線は多少、和らいでいる。俺が徹底的に卯月さんと距離を取るよう心掛けたからだ。その様子を見て危ない男ではないのだと認定してくれたなら嬉しいが。こんな事で出世頭の亀田部長に睨まれてはたまらない。自分から彼女に近付いたわけでは無いのだし。

 彼女のブログを割と頻繁にチェックしていた事についてはあまり触れずにいよう、と自己防衛について胸の内で密かに算段しつつ、俺は頷いた。


「そうですね、敷いている間は被害は無かったです」

「やっぱりツルツルした感触が嫌なのかもね」


 卯月さんがそう付け足すと、亀田部長が頷いて再び俺に向き直った。


「それで、その『ヨツバ』は何処にいるんだ?」

「多分今ならソファの下かと……油断している時はラグの上に出て来る事もあるんですが」


 すると止める間も無く大きな体を屈めて床に這いつくばり、亀田部長が自らソファの下を覗き来んだので俺は慌てた。


「亀田部長!」

「いないな」


 スクッと立ち上がり、何でもないような顔で俺を再び見る。

 まさかプライドの塊のように見えるこの人が躊躇いも無く部下の部屋で這いつくばるなんて思わなかったから、かなり驚いた。しかし動揺する俺の事など全く意に介さないように、亀田部長は冷静に問い掛ける。


「他には?」

「ええと……ベッドの下です。あ!いいです!俺が覗きますから!」


 目の前で上司の上司が這いつくばるのをノンビリ眺めている趣味は無い。胃が痛くなるからこれ以上は勘弁して貰いたい。いや、少し前なら嗤いながら眺められたかもしれないが……下っ端の部下がペットの世話で困っているからと言って、わざわざ出向いて来るような人柄を知ってしまった今では、そんな気分になれそうもない。

 まあ、その動機の半分は自分の妻が単独で男に近付くのを防ぐ目的もあるのかもしれないけれど。駅前で目が会った時はその視線だけで射殺されるかと思ったくらいだ。


「いました」


 俺のベッドは本格的な『ベッド』と言うよりは『足付きマットレス』と表現する方が正しい。床からの高さが三十センチしかないので、体を潜り込ませる事は出来ないのだ。おまけに寝室にしている奥の部屋の角にぴたりと寄せているので二面が壁に接している。ヨツバが一番奥に入り込んでしまったら手を伸ばしても届かないのだ。

 ベッドの下の丸い影の存在を確認する為這いつくばる俺の隣に、ぬっと大きな体が屈んだ。


「ああ、いるな」

「本当だ!随分奥だね……!」


 その向こう側から卯月さんの呑気な声が響いて来る。何だか彼女の緊迫感の無い声を聴いていると、力が抜けて来るような気がした。

 三人全員がヨツバの位置を確認した所で、おもむろに立ち上がる。またしても高い所から亀田部長が俺に質問を投げ掛けた。


「声を掛けても駄目なんだよな」


 電灯の光で顔に陰が差すとますます迫力が増すな、とどうでも良い事が頭に浮かんだが、取りあえずそれは飲み込んだ。まずはヨツバをケージに戻す事が先決だ、俺の健やかな日常を取り戻す為にも。


「ええ、全く無視されます」

「手っ取り早いのは食べ物だが……」

「牧草で釣ってみたけど、無反応でした。ペレットも興味ないみたいで……出掛けている間はしっかりケージに戻って食べているみたいなんですが。いっそネズミ捕りみたいな物で捕まえられないかと考えたくらいです」

「『ネズミ捕り』は穏やかじゃないが、捕まえるとしたら餌をもっと嗜好性の高い物に変えた方が良いかもしれないな」


 キラリと銀縁眼鏡が室内灯の光を受けて光った気がした。すると卯月さんが補足するように俺を見上げて尋ねて来た。


「オヤツとかありませんか?ドライパパイヤとかパイナップルとか」

「オヤツ?うーん、そう言う物は無かったと思いますが」


 ケージ横のカラーボックスに屈みこみ、改めて確認してみる。うん、一度点検済みだったから分かっていたが、やはりそう言った物は見当たらない。俺の手元を亀田課長も腰を落として見守った。


「あ!伊都さんがいろいろ持って来てくれるみたいですよ」


 そこでスマホを眺めていた卯月さんが、声を上げた。


「え?伊都さんも来るんですか?」


 てっきり仕事があるから、亀田夫妻に託したのだと思っていた。スマホをスイスイと弄ってから卯月さんは顔を上げて笑顔になった。


「もうすぐ着くそうです。アパートの近くに来たらまた連絡してくれるって」


 程なくして、伊都さんが到着した。

 ワンボックスカーに沢山荷物を積み込んで、万全の態勢で駆けつけてくれたのだった。

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