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22.急展開

 一体どうしてこのような状況に陥ってしまったのか。

 確かにケージに戻らないヨツバに困り果てていた。自分ではどうにも出来ないと痛感し、誰かに助けを求められたら……と藁にも縋る気持ちで再び『うさぎひろば』を訪れたのだ。




「なるほど、雄はなわばりを拡げたがる、と言うのは本当なんだな」

「うータンはそう言うの、ほとんど無かったなぁ。布団のある場所になるべく出入りさせないようにしていた所為もあるかもしれないけれど」

「ミミはベッドに上がろうともしなかったな」




 何故か俺の家に、俺が大の苦手としている銀縁眼鏡上司、亀田部長が上がり込んでいる。隣で頷きながら意見を言っているのはその妻である卯月さんだ。


 何故だ。……いや、ここまで二人を連れて来たのは俺だから、理由は問うまでも無く分かっているのだ。


 亀田部長の妻であり俺が時折訪問しているブログの投稿者にして、うータンの飼い主の卯月さんと挨拶を交わした後、うさぎ専門店『うさぎのひろば』の小柄で挙動不審な店員、伊都さんが俺にリーフレットを渡した経緯を改めて語る事になったのだ。

 卯月さんが『何かうさぎの飼い方で困ったことがあったんですか?』と真っすぐに俺を見て尋ねて来た後ろで、伊都さんがギラギラと大きな目を光らせて掛けるプレッシャーに耐えきれなかったのだ。彼女は実は俺が運動場の扉を開けた時からずっと聞こうか聞くまいかウズウズしていたらしい。


 伊都さんを振り切るような形で店を飛び出した俺に『忘れ物』と言って強引にリーフレットを押し付けたが、この一週間全く連絡が無かった為てっきり気分を害したのだろうと意気消沈していたそうだ。なのに突然俺が現れ……先週の自分の振る舞いについて何も触れなかったので、その話題を振ってよいものかどうか迷っていたらしい。

 親切に対応して貰ってこう思うのは何だが、やっぱ面倒臭い性格をしているな、と思ってしまう。悪い人では無い、と言うのは分かるんだが。だってわざわざ戻って来た客に対して店員が躊躇していたら、売れるものも売れないだろう。『一度上手く行かなかった相手だからこそ、売り込みの目があると考えるべきだ』と言ったのは―――確か退社した桂沢部長だったかな。


 亀田部長は妻である卯月さんに『店で部下に会って、忘れ物を届けるよう頼まれた』とだけ告げていたようだ。俺がバッタリ顔を合わせた上司に挨拶もせず逃げ出した、なんて余計な情報は付け加えなかったらしい。

 俺はと言えばこれまでずっと、陰で部長の悪口ばかり言って来た。その上信憑性の低い噂話を肴に同僚と盛り上がっていたと言うのに……格の違いを見せつけられたようで、内心恥ずかしかった。


 以前咄嗟に『うさぎの世話を押し付けられ、鍵を預かった』と伊都さんに説明していたのだが、色々隠し立てをしていては正しいアドバイスを得られないと考え直し、その情報を訂正する事になった。




「同居人が突然長く不在になる事になりまして―――それまでソイツが面倒を見ていたので、うさぎの事には全く関わって無かったんです」




 男らしくない、と言われればそれまでだが……『同棲中の彼女に逃げられた』なんて新婚の若い奥さん(なんと!俺の二つ下だそうだ。)に聞かせたくない話題だし、何より『うさぎ、うさぎ』と何かあれば唱え出しそうな小柄な店員、伊都さんはあからさまに男女の仲に免疫が無さそうに見えるから……ハッキリとそう言う事情を告げたく無かったのだ。


 いや、でも嘘は言っていない。

 その『同居人』が『女』だと告げていないだけだ。


 二人の女性から直接状況を確認してヨツバをケージに戻す手助けを出来ないか、と口にし始めた時、流石に上司の妻を家に入れるのは、と内心躊躇っていた所、卯月さんがスマホでアッと言う間に自宅で仕事をしていると言う亀田部長に了承を取ってしまった。

 やっぱ休みも無しで働いているんだな……と、改めて認識すると共に「じゃあ、行きましょうか?」と声を掛けられて卯月さんと駅まで歩くことになった。営業中だからと言って俺達を送り出した伊都さんを背に、流されながら戸惑いつつも駅までの道のりを歩く。


 え?まさか『二人きり』で……?!


 亀田部長……よく許容したな。余程俺と奥さんを信用して言るのか?と言うか奥さんを信用しているって事だよな。ほとんど人柄も分からない筈の俺を信用って言うのは無理があるだろう。いや、逆の意味で確信しているのか?あのコワモテ部長の妻に敢えて手を出す部下などいない、と。むしろ出せるなら出してみろ!とそう言う訳か?俺は試されているのか?ひょっとして。


 ドキドキする、と言うよりヒヤリとした。それにしても隣を歩く卯月さんの緊張感の無さと言ったら―――警戒心の欠片も見られない。大丈夫か?コレ。こんなお人好しで、よく無事に生きて来れたな……。

 ……『だから』か?こう言うホヤホヤした女の子だから、あの銀縁眼鏡の強引なアプローチに抵抗できなかったとか。年上男の手練手管に騙されて結婚するに到ったとか?

 いや、しかし電話の対応を見るとかなり気さくな態度で話していたからな。これは実はああ見えて……若い妻相手にあの、コワモテ部長が下僕化しているとかそう言う事か?少なくとも十以上も年下の筈だ。目に入れても痛くないほど可愛がっているとか……そっちの可能性の方が大きいかもしれない。しかし仕事場ではあんな感じなくせに、家庭では年下女房の尻に敷かれているとか……うん、正直具体的に想像したくないな。


 柔らかな話し方をする卯月さんは、特に美女!と言う訳では無いが落ち着いた雰囲気で親しみが持てるタイプだ。


 こんな嫁さん、イイよな。なんてふと、思った。


 花井さんとそう年が変わらないのに、キャピキャピした危うさが無い。派手さは無いが清楚で可愛らしい感じだ。

 あーあ。出来る男には若くて出来た嫁さんが当たるようになってるのかね?と言うか俺も亀田部長くらいの年齢になれば、むしろ自分から結婚したいって積極的になれるんだろうけどな。


 そんな埒も無い事を頭の隅で考えつつ、家までの経路やうさぎの種類や年齢、ケージの形状などについて尋ねられるまま答えつつ歩いていると、駅の改札で柱に寄り掛かっている背の高い銀縁眼鏡の美男子イケメンが視界に飛び込んで来た。




「あ!いた。丈さーん」




 ブンブンと無邪気に手を振る彼女に向けて、軽く手を上げてこちらに歩み寄って来る男の眼光が―――鋭すぎて、怖かった。


 うん、少なくとも絶大な信用をいただいている……と言う事は無さそうだな。

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