11.ばったり2
つーか、亀田が世話しているとは限らねーか。店でも奥さんが風邪を引いているって言っていたから、うさぎの面倒を見ているのも構っているのもアイツの奥さんなのかもしれない。そーか、そうだよな。あんな眼光鋭いコワモテでうさぎを撫でたり世話したり、ましてや笑い掛けたりやするところなんて想像出来ねぇもんな。
休み明け、そんな事を思い出しながら社内の廊下を歩いていた。
するとツイていない事に、廊下の角から足を踏み出した途端ばったりと今心の中でアレコレ想像していた相手、亀田部長本人とかち合ってしまった。
背の高い威圧感のある男を見上げ、俺は一瞬ヒヤリとする。
背中に冷たい物が走るのを感じながら、ペコリと頭を下げ道を譲った。
だけど、目の前でピカピカ光る革靴は一向に立ち去ろうとしない。俺はジリジリする胸を抑え固唾を飲んだ。
「戸次」
全く躊躇する事無く、名前を呼ばれて一瞬呼吸が止まった。
まさか店で会った時既に気が付いていたのだろうか?低い声に籠る感情は全く読み取れない。俺は観念して顔を上げた。
「はい」
「後でと思っていたが、今渡しておく。忘れ物だそうだ」
亀田は胸ポケットから、カサリと折りたたんだ紙片を取り出して俺の目の前に突き出した。
「え、あ、はい」
突然の事に戸惑って、俺は間抜けな返事を返しながらその紙片を受け取る。
「じゃあ」
用は済んだとばかりに、大きな体がヌッと俺の横を通り過ぎた。
ひょっとして挨拶無しで逃げた事を叱責されるかも、とも考えていた俺は、あまりのアッサリとした態度に拍子抜けする。
そして同時に驚いていた。
亀田、俺みたいな下っ端の名前まで覚えていたのか……。
「やっぱスゲーな」
ポツリと呟いて、手にした紙片に目を落とす。ゆっくり広げるとそれは、手作りのリーフレットのような物だった。
『初めてのうさぎのお世話』
と銘打たれたそれは―――もしかすると、あの眼鏡の店員から渡された物なのかもしれない、と思った。プリントの下に『うさぎひろば TEL&FAX 022-×××-○○○○ 仙台市青葉区……』と書かれていたから。
顔を上げると既に大きな背中は廊下の端に辿り着いて降り、エレベーターの中に吸い込まれていく所だった。あの足の長さだ、歩くのも相当速いのだろう。ぼんやりとその背中を見送ったが、それは一度も振り返る事なく脇目も振らず次の目的地へと向かって行くように見えた。
何だか改めて、亀田部長に負かされた気分だ。
だけど何となく、いつものようにその背中を腹立たしくは思えなかった。