2-15 屋台村
市場へはレゾナの旦那の馬車へ乗せてもらって向かう。
御者は、もちろん何時ものバイソンだ。
俺一人でも良かったのだが、レイとポチットも一緒に付いてきた。
まあ、レイは中華そばに関してはちょっと五月蠅いし、ポチットの味覚と嗅覚は俺を上回っている位なので助かるけどな。
早朝の王都だが既に活気で満ちあふれている。
人通りも多く、これから仕事場へ向かうのだろう。
そんな王都の石畳の道路を市場へと馬車は進み、そして到着する。
馬車はバイソンが留守番で見ているとの事なので、俺達は駐車場から足早に市場内へと向かう。
市場は王都の街中よりも更に活気に溢れていた。
何時もは食料品を販売しているエリアへ直行するのだが、今日は屋台が集まっているエリアへと向かう。
言わば市場内にある屋台村だ。
多くの屋台が集まっており、ここも人が多く賑わっている。
「キー様、新しく出店した屋台は外れの方にございます」
「ふーん。新規出店した屋台は、そっちの方って事かい?」
「そうでございます。古くからの屋台は市場近くで営業しています」
「なるほどな。既得権ってやつだな」
「はい。古い店は親から子に受け継がれています」
「へえ、そんな屋台もあるんか。今度、ゆっくりと来てみてぇな」
「それは次の機会に……。本日は新しい屋台へ急ぎましょう」
「ああ、判っているよ」
レゾナの旦那に案内されて、賑わう屋台村を横目に更に歩いて行く。
暫く歩いて行き、やっと屋台村の端の方まで到着する。
そこでは行列を作っている人々が見えてきた。
どうやら、此処が目的の屋台らしい。
行列は三列程が出来ており、その先には屋台とも呼べない簡素な出店が見える。
俺達の屋台と違うのは勿論だが、先ほどまであった屋台よりも更に簡素だ。
調理しているのは小さな子供達に見える。
手前で調理しているのは、どうやら油での揚げ物のようだ。
そう、ポテト・フライと肉の揚げ物、排骨だろう。
取り敢えず、どんな味なのかを調べてみる事にする。
「ポチット、あの手前の列に並んで料理を買ってきてくれ」
「は、はい。ご主人さま」
ポチットへ銅貨を十数枚と念のために銀貨も渡す。
ポチットは俺から貨幣を受け取ると行列の最後尾へと走って行く。
その後ろ姿は、どことなく嬉しそうだ。
そう、尻尾が左右に振られているから良く判る。
揚げ物の香りは香ばしいし、特にパーコーの上げる匂いは香ばしい匂いがするからな。
肉に目がないポチットらしい。
「レイ、お前は隣の列に並んでくれ」
「はい、判りました。隣は餃子でしょうか?」
「あの鉄板だと、恐らくそうだろうな」
「何人分買いますか?」
「味見だけだけど、俺達は朝飯が未だだったから二人前位でいいんじゃねぇか」
「はい、買ってきますね」
「ああ、頼んだよ」
レイはポチットの並んだ行列の隣の列の最後尾へと並んだ。
既に何人かの客が周りでポテト・フライやパーコーを食っているし、葉っぱに包まれた餃子を食っている客もいる。
皿などは無く、当然ながら箸やフォークもねぇ。
竹串のような物で餃子を串刺しにして食っている。
もちろんテーブルや椅子もねぇので皆、立ち食いだ。
どうやら餃子もタレが予めかけられた状態で葉っぱに包んでいるみたいだな。
「ご、ご主人さま。買って参りました」
「ああ、ご苦労さん。そんじゃ食ってみるか。ポチットは、パーコーを食ってみろ」
「え、ええ? 宜しいのでしょうか?」
「ああ、何時も食っているパーコーとの違いを味わってみてくれ。匂いもしっかり嗅いでくれ」
「は、はい! では……」
俺はポテト・フライを包んだ葉っぱを受け取り、それを食ってみる。
うん、まんまポテト・フライだな。
ただし、ちょっと揚げ過ぎな感じで、かなり焦げてる。
そして問題点があった。
それは油が古いので妙な雑味が多いんだ。
こりゃ、かなりの期間、油を変えていねぇな。
「ご、ご主人さま。このパーコーには下味の胡椒が使われていません。それと……」
「それと?」
「く、臭みが多いのと揚げ過ぎのため、肉汁が少なくパサパサした肉になってしまっています」
「そうか、やっぱりな。油が古いからな……」
「キー様、胡椒は使われていませんでしたか?」
「ああ、そりゃ、高価だから使えねぇだろうな。ポチット、他には?」
「しょ、ショーユの味がします」
「ほお、醤油で下味をつけているのか。やるな」
「に、肉も古いと思います」
「まあ肉の鮮度は仕方ないだろうな。安いだろうし……」
「い、以前のあたしでしたら美味しいと思うでしょうが、ご主人さまのパーコーを頂くようになってからは、正直……」
「美味く無いか?」
「は、はい」
肉なら何でも美味いと言って骨まで食い尽くすポチットに、美味くないと評されてしまったか……。
まあ、パーコーの偽物は、こんなもんだろう。
ポテト・フライは古くなった油を変えて揚げる時間を短くすれば同じになるだろうけど。
ポチットの買ってきたパーコーとポテト・フライを試食していると、レイが葉っぱの包みを持って帰ってきた。
葉っぱの中身は餃子だ。
「どうぞ。ご主人さま」
「ああ、サンキュー。みんなも試食してみてくれ」
「い、頂きます」
「それでは私めも頂きます」
竹串は何本か付いてきたので、それを使って餃子を試食する。
まず餃子の皮は俺の所で売っている奴よりも皮が薄い。
そう、元の世界の日本で売られている餃子と同じ位だ。
タレとして使われているのは醤油だけで酢は勿論の事、ラー油も混ぜられてはいねぇ。
中の具材はと言えば、これはキャベツ・モドキのみじん切りと挽肉なので俺の所と全く同じだ。
味自体も悪くないし、焼き加減も程よい焼き加減なのだが微妙に硬い。
これは調理の方法の問題だろうな。
最後に蒸す工程が少なくて全体が硬い感じだ。
恐らく、餃子を焼くだけの調理と思い込んで作っている感じだ。
鉄板の上で焼いているようだが、十分に片面が焼けたら水か、お湯を足して蓋をして蒸すという工程が省かれてしまっているのだろうな。
なので、焼かれた反対側の皮が微妙に固くて、しかも焦げ目まで付いているんだ。
しかし、教えても居ない料理を見た目や食っただけで此処まで再現しているんだから、大したもんだと言うべきかもな。
ちゃんと教えてやれば、ポテト・フライと餃子に関しては遜色無い位に仕上げるだろうけど、パーコーだけは胡椒が必要だから無理かもな。
もっとも、下ごしらえに醤油を使った点は評価してやるよ。
後は油の劣化の見極め方か……。
そんな事を考えながら最後の行列の先にある簡易屋台を見る。
そこでは、一人の青年がせっせと麺を茹でている。
遠目ではちょっと判らないけど、麺はちゃんと黄色っぽい麺だ。
へえ、見た目はラーメンだぜ。
こりゃ、ひょっとすると、かん水の有り場所を料理人は知っているのか?
茹で上がった麺は、ちゃんと湯切りをしてから木製の器に入れられている。
木製の器には、醤油ベースと思われる黒っぽいスープが見えた。
トッピングは、青菜と薄く切ったチャーシューらしき肉片だけのようだ。
「よし、最後にラーメンを試食しようか。みんなで並ぼうぜ」
「「「はい」」」
俺達はラーメン屋台の行列の最後尾へと並ぶ。
ただし、餃子やポテト・フライ、パーコーの行列よりも人は少ない。
やはり手軽に食える揚げ物や焼き物が人気のようだ。
ポテト・フライとパーコーの屋台は小さな女の子が二人でやっており、餃子は少し大きめの男の子と女の子が調理している。
そしてラーメンは青年一人が調理していて、その脇で女の子が空いた器を水の入った桶で洗って居た。
どことなく、皆が似た雰囲気なので兄弟、姉妹なのかもな。
そして行列は程なくして俺達の順番へと回ってきた。
「はっ!……。い、いらっしゃいませ……」
麺を茹でながら俺の顔を見るなり料理人の男は驚いた表情をする。
どうやら俺の顔を見知っている様子だ。
「その麺、何て言う料理なんだい?」
「い、いえ……ただの麺料理です……」
「そうかい。ほんじゃ、四つくれ」
「……はい、四つですね? 少々お待ち下さい」
「ああ、頼む」
男は黄色い生麺四玉を鍋に放り込む。
金笊は使わないで、そのまま沸騰した湯に放り込んだ。
そして木製の器へスープを注ぎ込む。
スープは別の鍋から大きなお玉で移している。
スープの入った鍋には見た目で野菜やら骨などが見えた。
どうやら、俺の屋台を参考にしているのは間違いなさそうだ。
ただし、順番が違う。
そう、スープを注いだ後に醤油ベースのタレを注いだのだ。
麺が茹で上がったようで、男は麺を木製の笊ですくい湯切りをして器に入れる。
四つの器へ湯切りした麺を投入して、鍋に残った麺を今度は木製のトングですくい器へ入れていく。
かなりの目分量だが良い感じで等分している。
慣れた手つきなので、大分経験を積んでいるようだ。
そして最後にトッピングの青菜と肉片を乗せた。
「お、お待たせしました」
「おう、手際良いな。幾らだい?」
「一杯、銅貨五枚です……」
「あいよ、ほんじゃ四杯分な」
俺は銅貨二十枚を男に渡す。
価格的に安いのか高いのか判らねぇが、俺のラーメンと似たり寄ったりの値段だ。
価格も俺のラーメンに合わせているのかもな。
俺は木製の器に入った麺と木製のフォークを男から受け取る。
レンゲは無いしスプーンも無いので、器から直接スープを先ず啜った。
うっ、醤油味が濃いな。
もう少し醤油を減らした方が良いぜ、こりゃ。
次に麺を啜ってみる。
俺がズズーと麺を啜って食うと、男は驚いた表情を再びする。
そうだった。
この異世界の住人はスープや麺を啜って食う事が殆ど出来ねぇんだった。
俺の屋台の常連客はやっと啜って食う事を覚えたけど……。
そして麺を味わってみる。
これは……。
「卵麺か……。成る程な、良い味だ」
「えっ? 卵の麺がお判りになるのですか?」
「ああ、もちろんだ。これは俺の国じゃランメンと呼んでいるんだ」
「ランメンですか……」
「そうだ。これだけの色を出すには、かなりの卵を入れただろう?」
「はい……」
「赤字じゃねぇのか?」
「卵は鶏のものでは無いので、赤字では有りません」
「へぇ、そうなんだ。そんでも、これはこれで美味い麺だな。スープがちょっと濃すぎるけどな」
「……す、すみません。貴方の屋台の麺料理を参考にしたのです!」
「ああ、判っている。それでも俺が教えた訳じゃねぇから、このランメンはあんたの創作料理だ。気にするな」
「えっ?」
男はこれまでで一番驚いた表情をした。
俺と男のやりとりを見ながら、レイ、ポチットはランメンをひたすら食っている。
レゾナの旦那もランメンを不思議そうな表情で食い続けているので、どうやら味が濃すぎて食えないって訳でもなさそうだ。
唯一、レイだけはスープを飲もうとはせずに麺だけを啜って食っていたけど。
やはり俺とレイには、このスープの醤油味は濃すぎるので、それが正しいこの異世界産のランメンの食い方だろうな。
トッピングの青菜は茹でたほうれん草モドキ。
そして肉は豚肉を焼いた正真正銘の焼き豚だった。
それは焼き豚では無くロースト・ポークの薄切りだ。
ラーメンとは見た目は似ているが全く非なるランメン。
俺は、この男の料理の力量に感心するのだった。




