2-14 ライバル
レイの言った言葉に驚いてしまったが、鸚鵡返しに尋ねるのは控える。
ポチットが可愛い顔を傾げていたからだ。
ここで詳しい事をレイに尋ねると、やぶ蛇になっちまう。
「……詳しい話は家に帰ってからだ。取り敢えず、この短剣はレイが持っていてくれ」
「はい……」
俺の渡した短剣を受け取ったレイは俺にだけ聞こえるような小声で言う。
「宿っている精霊は眠っています。目覚めたら詳しい話を聞いてみます」
「そうか。頼む……」
レイはそう言うと収納に短剣を入れずに自分のベルトへ挟み込んだ。
恐らく収納に格納してしまうと宿っている精霊と会話も出来なくなるのだろう。
いや、精霊も生物なのでひょっとすると収納に格納出来ないのか?
いずれにしても詳しい話は帰宅してからだ。
未だ屋台には客が行列を作っているので、ポチットは直ぐに客の対応へ走って行く。
レイも同じく客の対応を始める。
俺は何事も無かったように振るまい客の注文を作り続けた。
それからは何時もどおりの営業を続け、麺が無くなり飯も無くなった段階で店じまいの準備をする。
丁度、グロリアとシルビアが夜食を食いに来たのでグッド・タイミングだ。
「コータよ、あのローレルと申すエルフは、気品があったな」
「ああ、シルビア、なんでもエルフの族長の娘なんだとさ。おっと、お忍びで王都に来ているらしいから他言無用で頼むぜ」
「なるほど、そういう事か。それは高貴なエルフが成人する際の儀式だな」
「儀式?」
「そうだ。エルフの族長筋の者は、成人する際に里を出て旅をすると聞いている」
「ふーん、そうなんだ」
「エルフ族の高貴な位の者であれば、本来は王族が歓待するが、成人の旅の際はそれも許されないのだ」
「なるほどな……」
シルビアの話はフェアの話の裏付けだった。
もっとも、流石にお姫様なので一人旅って訳には行かねぇから護衛のエルフ戦士を従えてって事か。
「では、コータ、我らは勤めに戻る。ご馳走になった」
「ああ、グロリア、お勤めご苦労様。俺達もこれで店じまいだ」
「そうか、ではまたな」
「コータ、今夜も美味かったぞ、ではな」
「シルビアもお疲れさん、またな」
お馴染みさんへの夜食も提供し終わったので、屋台を畳んでさっさと帰宅。
餃子屋台の方も俺達と同時に店じまいだ。
未だ若干、餃子の具材は残っていたようだが、最近は一緒に屋台を畳む事にしている。
孤児院へ餃子屋台を置き、ガキ共三人は帰宅の途につく。
「「「師匠、お疲れ様でした。お休みなさい」」」
「ああ、お疲れさん。明日も頼むな」
「「「はい!」」」
ガキ共三人を見送り俺達三人も自宅へと帰る。
余った調味料や食器、その他を地下の倉庫へと仕舞い込み、今夜の営業はお終いだ。
胡椒を初めとする常温保存可能な調味料などは、全て地下の倉庫へ貯える。
もちろん、流用可能なものは全てだ。
市場価値を考慮すれば、この地下室の倉庫だけでも一生暮らせる額だろな。
地下室への扉にはしっかりと鍵をかけて盗まれないようにしている。
ここの地下室へ保管している事は俺達三人しか知らねぇ。
そもそも、この家に地下室が有ることすらフェアに教えられるまで知らなかった。
地下室へ降りる階段にも隠し扉があって、ちょっと見ただけでは判らねぇ。
なんの目的で作られた地下室なのかも不明だったが、少なくともワインセラーなんかじゃねぇ事は確かだ。
地下室の存在を教えてくれたフェアも、それは知らないと言ってた。
この地下室を倉庫にしている事はフェアにも話はしていねぇんだ。
「さーて、二人共お疲れ。風呂入って寝るとしようか」
「はい、ご主人さま。それではお先にどうぞ」
「ああ、そんじゃ先に入らせて貰うよ」
仕事を終わってからの風呂は格別だ。
毎晩、風呂へ入るのは貴族でもねぇ限り贅沢だと言う。
そう言ったのはフェアだったが、フェア自身は毎晩欠かさず入浴していると言ってたけど。
歓楽街の客商売をしている女は入浴もさる事ながら、必ず毎晩毎夜身体を清めていると言ってたな。
まあ、客商売だからな。
この入浴や湯浴みの文化は、俺の知っている元の世界の中世ヨーロッパとは違う文化だよな。
キツイ匂いの香水を使ってねぇだけ有り難い事だけど……。
風呂から上がった俺はクーラー・ボックスから冷えた缶ビールを取り出す。
プシュッ! と小気味よい音がし、芳醇なビールの香りと共に純白の泡が零れる。
それを一気に泡ごと啜り、ゴクゴクと飲む。
「プハー! 風呂上がりのビールは最高だぜ!」
「……ビール、お好きですよね、ご主人さま。それでは私達も入らせていただきます」
「は、入らせていただきます、ご主人さま」
「ああ、ゆっくり入ってくれ」
二人はそう言って浴室へと向かう。
二人が湯上がりのビールが美味いと判るのは、もう少し先だろうな。
そういや、レイは日本酒の方が好きだと言ってたな。
日本生まれの精霊なので、やっぱりお供えとかで貢がれる御神酒が好きなのかもな。
ポチットはどうなんだろう。
昔飼っていた犬にビールを飲ませた事があったが、泡を吹いてぶったおれた事があったから飲ませちゃ駄目なのかもしれねぇな。
うん、ポチットに飲ませるのは止めておこう。
肴は余った焼き豚にメンマ。
焼き豚は余らない事も多いが、今夜はそれなりに余ったな。
チャーシュー麺よりも最近はパーコー麺の方が人気があるからか。
日本酒の注文もそれなりに有るけど、肴としての焼き豚を頼む客は少ねぇんだよな。
メンマを無料で出してやってるからかもしれねぇ。
そんな事を思いながら缶ビールを空ける。
暫くすると頬をピンク色に染めた二人が浴室から出てきた。
「良いお湯でした」
「ま、毎日お風呂に入れるのって本当に夢のようです」
「冷たい水でも飲むか?」
「は、はい。い、いただきます」
クーラー・ボックスから溶けた氷の水と残っている氷をコップに入れて二人に渡す。
「ほれ、ポチット。残った焼き豚、全部食っていいぞ」
「あ、有り難うございます。い、いただきます」
「わたしもメンマ、いただきますね」
「いいとも、食え食え」
二人は冷たい水を飲みながら肴に手を出す。
最近はポチットも上手に箸が使えるようになったな。
「さ~て、俺は寝る。レイ……何か判ったら明日にでも教えてくれ」
「はい、ご主人さま。今のところはずっと眠ったままです」
「そうかい。そのままずっと寝ていてくれた方が有り難いかもな……」
「その可能性もありますね。では、お休みなさい」
「お、お休みなさいませ、ご主人さま」
「ああ、お休み」
二人を残し、俺は自室へと引き上げてさっさとベッドへ潜り込む。
短剣に宿っている精霊、まさかレイの時みたいに夢に出て来ねぇよな。
また睡眠不足になっちまう。
まあ、レイが持っているし、もしも目覚めてもレイに最初はコンタクトするだろう。
生まれた世界は違っていても、同じ精霊どうしなんだから。
すこし不安な気持ちではあったが、ビールの酔いも少しだけ手伝って俺は眠りへと意識を手放した。
■ ■ ■ ■ ■
コン、コン、コン……。
むっ? ドアをノックする音が聞こえて俺は目を覚ます。
未だ完全に目が覚めてはいないが、ベッドに入ったまま言う。
「……入っていいよ」
「し、失礼します、ご主人さま。お、おはようございます。お、お客様でございます」
「客? 誰が来たんだ?」
「しょ、商人のレゾナ様でございます」
「レゾナの旦那か。判った、直ぐに行くからお茶でも出して待っててもらってくれ」
「か、畏まりました」
ポチットはそう言うと直ぐに寝室から出て行く。
こんな朝っぱらから、レゾナの旦那は一体何の用なんだろう。
まだ寝惚けたままだが、着替えを済ませて浴室へ行き顔を洗い目を覚ます。
髭を剃りたいところだが、まあ相手もむさ苦しい男なので、このままで行く。
もちろん、客がフェアや他の女だったらしっかりと髭も剃るけどな。
「よう、レゾナの旦那、こんな朝早くからどうしたんだ? おっと、済まねぇな。無精髭のままで」
「キー様、朝早くから申し訳ありませんが、重大な事なので時間もわきまえずに申し訳ありません」
「重大な事? 一体、何があったんだい?」
「はい、市場の屋台にキー様と同じ料理を売る屋台が現れたのですよ!」
「……ふーん、思ったよりも早かったな。で、どんな料理を売っているんだい?」
「えっ、キー様はご存じだったのですか?」
「いいや、知らねぇよ。でも、遅かれ早かれ真似する奴は出てくるだろうと予想はしてたさ。ちょっと早かったけどな。で、何を売ってるんだい?」
「はい、芋の揚げ物と、肉の揚げ物。それにギョーザの屋台です」
「なるほどな。直ぐに真似の出来る料理はそんな所だろうな。ラーメンは?」
「ラーメンもです。まだ確かめておりませんが……」
「えっ?! ラーメンもだって!?」
「はい。イサドイベからの商人が持ち込んだショーユを買い占めた商人から聞きました」
「そ、そうか……。まさかラーメンも真似されるとは、早すぎるな……」
かん水が無い状態で、どうやって麺を再現したのだろうか。
何れ真似される事は予想ずみだったが、まさかこれほど早く麺まで真似されるとは……。
「よし、市場の屋台村へ出向いて調べてみるよ」
「私めも、ご一緒して宜しいでしょうか?」
「ああ、一緒に来てくれると助かるよ。もう少し待っていてくれ、レゾナの旦那。出かける準備をしてくる。レイ、ポチット、出かける準備をしろ」
「「はい! ご主人さま!」」
俺は自室に戻って直ぐに電気カミソリで髭を剃り終えてから、素早く外出着に着替えた。
早くもライバル店の出現か。
ポテト・フライやポテト・チップ、そして排骨などは油で揚げるだけの料理なので簡単に模倣されるのは織り込み済みだ。
餃子もしかりで、この異世界の素材だけで作れる料理なのだから、ちょっとした料理人なら直ぐに再現するだろう。
しかし、かん水を使うラーメンの麺だけは違う。
俺は少々この異世界を甘く見過ぎていたのかもしれないと後悔をしつつ、市場へと向かうのだった。




