2-13 エルフの友の証し
翌日、元気に復活したエルフ美女のローレル姫が晩飯を食いにやって来た。
「キー殿、昨晩は急いでおったので返し忘れた。この秘薬、お返しする。感謝に堪えない、有り難う」
「ああ、風邪薬か。そのまま持っていていいぞ。未だ沢山あるから心配するな」
「な、なんと! この秘薬を全て頂けるのか?!」
「ああ、構わねぇぞ。滞在中、護衛が風邪になったら、三錠飲ませな。ああ、子供だと半分の一錠と半欠な……。って、エルフの子供って何歳か判んねぇな。人だと十五歳以下だ」
「そうか、このような秘薬を……。対価はいかほど支払えば良いのだ?」
「代金はいらねぇよ。お得様だからな」
「キー殿は本当に欲が無いな。これほどの秘薬、金貨をどれだけ支払えば良いのか判らなかったが……」
「気にするなよ。それより、今夜は何を食うんだい?」
「もちろん、タンメンだ。それとギョーザを頂こう」
「あいよ。あれ? 今夜は護衛は居ねぇのかい?」
「うむ、後で参る」
「そうかい。そんじゃ、ちと待っていてくれ」
俺は肉抜きタンメンを作り始め、餃子屋台では肉抜き餃子を焼き始めた。
野菜を炒める香りに誘われて屋台に集まり始めていた他の客も注文を始める。
客達の注文を受けてポチットが俺に注文を伝え、レイが他の客の注文を聞く。
注文はラーメン、味噌ラーメン、そして大人気のパーコー麺が多い。
だが、肉入りの湯麺も人気急上昇だ。
特に出勤前の色っぽい姉さん方には大人気だ。
「へい、お待ち!」
「相変わらず見事な手際だな。全く待たされた気はしないのだが、何故にそのように言うのだ?」
「来店して直ぐに食べられねぇだろ。少しでも待たせているから、そう言っているんだよ」
「そうか、律儀だな。では、頂く……。本当に美味いな、このタンメンは」
「ありがとうよ。美味いって言ってもらえるのが何よりの褒め言葉だ」
「ギョーザも美味い。これはエルフの里に帰ったら必ず広めようぞ」
「ああ、餃子の皮は普通の小麦を普通の水で練ったもんだから、麺に使う特別な水……かん水って言うんだけど、それは不要だから大丈夫だろ」
「麺に使う特別な水か。この地でも見つかると良いな」
「ああ、何とかしてぇもんだよ」
ローレル姫は、長い金髪をタンメンを食う際には後ろで束ねて綺麗なポニーテールにしている。
最初はラーメン丼に長い金髪が入ってしまい、うっとうしそうにしていたが最近ではその心配もねぇ。
長い髪の女は、ラーメン食うときは束ねてから食うって、これ何処の世界でも同じだよな。
そう言えばラーメン修行中に、常連のラーメン好き女が最初は長い黒髪だったんだけど、何時しかラーメン食うのに邪魔だと言う理由でショートカットにしちまった事もある。
女の黒髪は命より大事だと言うけど、どうやらその常連客は女の命より大事な黒髪よりもラーメンを食う事の方が大事だったようだ。
そう言えば、フェアが言ってたな。
この国では未婚の女は髪を切らずに伸ばし続け、結婚した女は髪を切るって。
エルフもそうなのかな……
この国の住人じゃないけど。
本人に聞いてみるのが手っ取り早いけど、なんとなく聞きにくい。
「……エルフの世界でも、未婚だと髪は切らないのか?」
「むっ? そんな事は無い。エルフ族は、髪が伸びるのが遅いから切ることも無いだけど」
「ふーん。それじゃ結婚しても短くはしねぇのか?」
「そうだな。人族のような仕来りはエルフ族では無い。男でも戦士以外は長髪が多いな」
「ふーん、そうなんだ。皆金髪なのかい?」
「そうだ。エルフ族は金髪に緑の眼だ。混血は別だがな」
「へぇ。俺の国じゃ黒髪、黒眼ばっかりだったから、まあ脱色して金髪にしたり染めたりしてた奴も居るけど……」
「キー殿とレイ殿は、見事な黒髪、黒眼で美しいではないか。勇者様と同じで護衛達も憧れておるぞ」
「そうらしいな……。アズマ国じゃあたり前なんだけどな」
「勇者様の起こした国だな。なるほど、あの秘薬と言い、この屋台と言い、勇者様の国由来だったなら頷ける」
「……まあ、そう言う事だ。ところで護衛のエルフさんが言ってたけど、ローレル姫さんは風魔法の達人なんだって?」
「達人と言う程では無いが得意ではある」
「へぇ、そうなんだ。今度、見せてくれよ。魔法を未だ見た事がねぇんだよ」
「構わぬが、そんなに珍しい魔法では無いぞ」
「どんな魔法なんだ?」
「風魔法で一番多いのは風刃だ。風の力で剣のように敵を切るのだ。私は攻撃魔法は苦手なので、あまり上手ではない。得意なのは風壁と言う防御魔法だな」
「それって、風の力で身を守るのかい?」
「そうだ。剣や弓矢による攻撃などから身を守るのだ」
「凄いな……。夜だと警護の騎士達がすっとんで来そうだから、昼間にでも見せてくれ」
「そうしよう。キー殿の友人の王国騎士達に迷惑になってしまうからな」
「ああ、あの二人な。あの女騎士二人も、剣の技が凄ぇんだよ……。ああ見えて強いんだ」
「だろうな。王国の騎士なのだから当然だ。良い友をキー殿は持ったな」
「そうだな、俺もそう思うよ」
そんな会話をしていると、噂をすれば何とやらで危ねぇ女騎士二人がやって来た。
今夜は夜勤なのか、それとも日中の勤務が終わって帰宅前の夕食か。
「コータ、チャーシュー麺と肉を多めのチャーハンをくれぬか」
「私はパーコー麺とギョーザを貰おう」
「あいよ、チャーシュー麺とパーコー麺、それとチャーハンだな。おーい、餃子を二つ焼いてくれ」
「はーい、師匠。直ぐに焼き上がります」
「今夜は夜勤かい?」
「そうだ。これから見回りだ」
「大変だな。毎晩、お疲れ様」
「うむ、これが勤め故、気にするでない。夜の警備もお前の屋台があるので楽しみなのだ」
「そうかい、そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」
「時にエルフ殿も、コータの料理が気に入ったようだな」
「騎士殿もそうでしょう。キー殿の料理は本当に美味いからな」
「確かに。しかし、エルフ殿の宿泊している宿は、料理も王都では五本の指に入る料理人が居る宿だが」
「そうなのだが、肉料理が主なのでな。キー殿に無理を申して野菜のみの料理を所望しておるのだ」
「なるほど。肉を食せぬエルフ族の方だったか。それは失礼致した」
「うむ、そのお陰でキー殿の料理を食せるのだから、嬉しい事よ」
「そうだったか。コータの腕は確かだからな。そう言えばコータの料理は城内でも噂になっていると聞いたぞ。なあ、シルビア?」
「そうだ。貴族界の料理人の話が社交界に伝わったとか申しておったな」
「城って、あの王様の住んでいる城か?」
「そうだ。定期的に開かれる社交界で噂になっているそうだ」
「へぇー。社交界っていうと、舞踏会とかそう言うのかい?」
「そうだぞ。私もグロリアも成人したばかりの十五歳の頃、参加しておった」
「そうなんだ。そう言えば二人も貴族様だったっけ」
「一応な。まあ騎士の道へ進んだので、もうドレスを着込んで参加する事も無いがな」
「二人ともドレス姿も似合ってたけどな」
「「ちゃかすでは無い……」」
二人の女騎士は、少し頬を染めて俯く。
いや、金属鎧に身を包んでいる姿よりも、ドレス姿の二人の砲が数倍女らしくて綺麗だったのは事実だ。
二人は出来上がったチャーシュー麺とパーコー麺を無言で食べ始める。
餃子とチャーハンも出来上がったので、それを出す。
二人は「本当に美味いな」とだけ言って食べ続ける。
その二人を微笑みながら見ているエルフの姫。
美女三人がラーメン屋台の前に座って食べているだけで、どんどんと客の列が長くなっていく。
長くなった行列を、ポチットとレイの二人が注文を取る。
やっぱり美女の宣伝効果は絶大だよ。
「それではコータ、ご馳走になった。またな」
「店じまいの頃、またくる」
「あいよ、二人ともまたな」
二人の女騎士は、食事を済ますとさっさと歓楽街の人混みへと消えていく。
夜勤の時は、早い時間に夕食を済ませ、店じまいの頃に再び来店する。
麺が余っている事は殆ど無いが、簡単な夜食は提供しているんだ。
餃子も、具材が余った時は二人へ提供する。
時には何も残らない場合も、二人が夜勤の時は夜食分だけを必ず残すようにしているんだ。
「良い方達だ」
「ああ、俺の命の恩人だ。だから俺に出来る恩返しをしている」
「そうなのか。私もキー殿に助けていただいた。食事だけで無く秘薬まで頂き……」
「気にするなって。困ったときはお互い様だ」
「気持ちだけの礼では族長の娘として失格だ。これを受け取っていただく」
ローレル姫は、腰に下げていた短剣を俺に示した。
美しい装飾が鞘に施されている。
そして握る部分……柄だったけには、宝石のような綺麗な緑色の石が埋め込まれていた。
「これは護身用の短剣なんじゃねぇの?」
「そうだ。族長筋の者が身につける短剣だ」
「そんな大事な物、俺が受け取れる訳ねぇじゃねぇか!」
「いいや、これはエルフの友としての証し。キー殿にはその資格があるので、受け取らねばならんのだ」
ローレル姫は美しい短剣を俺に渡す。
その短剣は、見た目よりもかなり軽い。
鞘から抜いてみると美しく研がれた刃が姿を見せる。
どうやら鉄製では無く、別の金属のようだ。
重さはアルミ製のごとく軽く、俺の愛用している料理包丁よりも軽い。
「これって、鉄じゃ無いよな?」
「そうだ。ミスリルの刃。ドワーフ族の刀鍛冶にしか打てぬ稀少な金属の短剣だ」
「ミスリル……知らねぇ金属だ。それにしても綺麗な装飾だな」
「ドワーフ族の打つ剣や短剣は無骨だ。しかし装飾が得意なエルフは、その無骨な剣や短剣に装飾を施し美術品としての価値を高めるのだ」
「そんな貴重な短剣を俺にくれるのか」
「そうだ。その短剣を示せば、エルフ族の何処の集落でも歓迎してくれる。エルフ族も受けた恩は忘れぬし、全てのエルフ族がその恩を返す。それがエルフ族の友の証しだ」
「そうなのか。それじゃ遠慮なく頂いておくよ。有り難うな」
「うむ。本当は男の護身用としては短剣では無く長剣を渡したいのだが、残念ながらわたしは持っておらぬ。済まぬな」
「いや、長剣を貰っても俺には使いこなせねぇ。短剣の方が有りがてぇよ」
「そうか。何れエルフの里へも来るが良い。歓迎しよう」
「ああ、行ってみたいな……」
二百歳のエルフ姫ローレルは、俺に短剣を渡すと高級宿へと戻って行った。
森の中から警護のエルフ戦士も現れて俺に一礼を済ますとローレルの後を追う。
彼らの後ろ姿を見ながら、美しい短剣を手にしているとレイが近づいて来て言った。
「ご主人さま。その短剣には精霊が宿っておりますよ」
「はあ?」
俺はレイの言葉に思わず素っ頓狂な声を発してしまったのだった。




