表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~  作者: 舳江爽快
第二章 営業 編
56/64

2-12 秘薬

 お忍びで王都トメマイへ来ているエルフの姫ローレルは、毎晩欠かさずに夕食を食べに俺の屋台を訪れてくれる常連客となった。

 最近では今まで姿を見せなかった護衛のエルフ戦士も俺達の目の前に姿を現す。

 それにしても、エルフ戦士は見たこともない程のイケメンだ。

 加えて細マッチョな身体は、男の俺が見ても惚れぼれする。

 くそっ、爆発してしまえ……。


 ただ、俺の作る料理は、美味そうに食べてくれて残すこともなく、ただ一言「主、美味い料理だ」とだけ言い残して去っていくので憎めない。

 それにしてもエルフ戦士達は良く食う。

 エルフの姫さんも女にしては良く食うけど、それでいて全く太らねぇ。

 きっと元の世界なら、その秘密を知りたがる女共に追いかけられちまうだろうな。

 そして男のエルフ戦士達は、この世界の男達の確実に二倍は食う。


 タンメンならば軽く四杯は食うし、野菜チャーハンとソース焼きそば、そして肉抜き餃子も二皿食っちまうんだから。

 まあ、ちゃんと正規の料金を払ってくれるし、肉抜きの特別料理って事でエルフ姫のローレルが追加料金まで支払ってくれるんだから上得意だ。

 フェアの話によると、エルフ御一行様は三ヶ月間の滞在だそうだ。

 なので後二ヶ月以上は、毎晩俺の屋台に来てくれるのだとか。

 エルフ姫だけなら、それでも問題はねぇ。

 しかし、エルフ姫の倍以上の大食エルフ戦士共が消費する食材消費量は、ちょっと困る。


 食材、特に麺不足で品切れになっちまって迷惑が掛かるしな。

 そこで、エルフ戦士達にはタンメンを一人一杯まで。

 ソース焼きそばとガキ共の餃子屋台で扱う肉抜き餃子は要予約って事にしてもらった。

 飯は他の客はあまり注文して来ないので好きなだけ食わせる。

 最も飯の保温ジャーが空になったり、クーラーボックス内の稲荷寿司が無くなった時点でお終いだけどな。


 それにしてもエルフ達は良く飽きねぇもんだ。

 ベジタリアンだからなのだろうか。

 提供している俺の方が心配だよ。

 そこで、今夜は変わった飯料理を提供してやる事にした。

 飯はそのまま小さいな丼で提供したり、チャーハンにしたりしているだけだったからな。


「今夜は野菜チャーハンじゃ無くて俺の国の携帯食を食ってみないか?」

「キー殿の国の携帯食とな。それはどんな料理だ? 無論、肉関係は無しだぞ」

「ああ、もちろんだよ。稲荷寿司も携帯出来るけど、もっと簡単で味は良いぞ」

「そうか、キー殿がそう言うならそうなのだろう。それを提供してくれ」

「護衛の方々もそれで良いか?」

「「うむ、ローレル様と同じにしてくれ」」

「あいよ。ほんじゃ、ちょっと待ってな」


 俺は飯の入った保温ジャーから暖かなご飯をしゃもじで掬う。

 そして掌に塗した塩で飯を握り始める。

 綺麗な三角形に整えてラーメンのトッピング用の海苔を握り飯へ巻く。

 中の具はねぇけど、海苔おむすびの完成だ。

 何個かを同じ要領で作り皿へ盛りつける。

 最後に、これもラーメンのトッピング用の味付けメンマを脇に添えてエルフ達へ出した。


「あいよ、お待ちどうさん。おむすびだ。食ってみてくれ」

「炊いた米をこのような形にするのか……。そのまま手で食すのか?」

「そうだ。上品に箸を使っても構わねぇけど……おっと、箸が使えなかったな。そのまま手で掴んで食ってくれ」

「では頂く。……美味いな。この黒く薄い葉のようなものは何だ?」

「そりゃ海苔っていう海草を天日で乾かしたもんだ。海の味がするだろう?」

「うむ、塩味の米とノリという黒い海草が合う。これは美味いぞキー殿!」

「だろ。俺の国では弁当の定番なんだ。添えてあるメンマも口直しで食ってくれ。今、スープ作るからな」

「このメンマも心地よい歯応えだからな。里へ帰ったら絶対に食せる竹を探しだす」

「そうだな。大抵の竹なら地面から出たばかりの頃なら殆ど食えるぜ」

「なんと、あの葉で包まれた状態の芽竹は食せるのか?」

「そうだとも。(たけのこ)って言うんだけどな。煮ても焼いても美味えぞ。採りたてなら生でも食えるしな」

「良い事を聞いた。雨季になる頃には芽竹……タケノコが沢山、我らの里にも生えるのだ。今から楽しみだな」

「ちゃんと味付けしないと駄目だからな。醤油があれば簡単なんだけどよ」

「大豆と小麦と塩で発酵させると言っていたな。里の者に研究させよう。エルフは酒を作るのが得意なので発酵させる事は難しくない」

「そうかい。(こうじ)菌ってのが発酵に必要だったかな。俺も良く知らねぇんだ。出来た醤油を買うだけだから……。済まねぇな」

「構わぬ。人族と違い我らには時間がたっぷりある。だから焦ったりはしないのだ」

「そうなのか……。おっと、スープが冷めちまうな。へい、スープお待ち!」


 エルフ達三人へ出した海苔むすびは、瞬く間に食い尽くされる。

 よし、追加で作ってやるか。

 同じ海苔おむすびじゃ芸がねぇから、次は味噌むすびだ。

 塩を付けずに先ず、おむすびを握る。

 出来上がった、おむすびに今度は掌に味噌を塗り再度おむすびを軽く握って全体へ味噌を塗り込む。

 これで味噌おむすびは一応完成なんだけど、更に美味しくするのが料理人の一手間だ。


 ガスコンロの上に五徳を被せてから金網を置く。

 火力は弱めで金網の上に握った味噌おにぎりを置き焼きはじめる。

 味噌が焼ける香ばしい香りが俺の食欲も刺激するぜ。

 もちろん、俺だけではなく屋台の前に座り込んでいるエルフ達も同じだ。

 鼻の良いポチットは、接客しながら焼いている味噌おにぎりに興味津々だよ。

 もっとも、隣の餃子屋台からも餃子の焼ける良い香りが漂ってくるので、香ばしい香り天国いや地獄だな、こりゃ。

 焼き上がった味噌おにぎりを皿に盛りメンマを添えて腹ぺこエルフ共へ出してやる。


「さっきのよりも熱いから火傷しねぇように食ってくれ」

「良い香りだな、味噌と言ったか……。熱っ! むっ! 香ばしくて美味いぞキー殿。先ほどのとは全く食感も味も違う。むむむ、見事な料理だ!」

「食欲の増す香りだよな、味噌が焦げる匂いって……。どれ、俺も味見だ」

「熱つ……うん、久々に食う焼きおにぎり、最高だな。お~い、ポチット。お前も食ってみろ」

「よ、よろしいのでしょうか? ご主人さま?」

「いいぞ、沢山はねぇから味見の一個だけだ。レイ、お前も食うか?」

「いただきます! この香ばしい香りで食べないと天神様の(ばち)が当たります」


 おお、珍しく中華そば一筋のレイまでもが食いついてきた。

 やっぱり、味噌おにぎりの焼きおにぎりは正義だ。

 結局、その後も俺は味噌焼きおにぎりを作り続けて保温ジャーの飯が無くなってしまった。

 食欲をそそる香りってのは、料理には不可欠だって事だな。


■ ■ ■ ■ ■


 翌日屋台の営業を開始しても、何故か何時も来るはずのエルフ姫ローレルがやって来ねぇ。

 どうしたのだろうか。

 昨日まで毎晩欠かすことなく夕食を食べに来てくれていたのに……。

 まあ、何処かに用事で外出しているのかな。

 お忍びとは言え、何せエルフの姫様なんだから。


 俺は何時ものようにラーメンを作り提供する。

 今夜はローレル姫やエルフ戦士が来ないから、ソース焼きそばも肉入りで希望の馴染み客に提供だ。

 流石に肉抜きのスープは、提供する訳には行かねぇので手はつけねぇ。

 タンメンやパーコー麺もよく売れる。

 普通のラーメンも醤油に加えて味噌ラーメンも好調で、常連さんも交互に頼んでくれるしな。

 と、エルフ戦士がたった一人で屋台までやってきた。


「キー殿、済まんが出前を頼めるか?」

「ああ、構わねぇよ。姫様、外出できねぇのかい?」

「そうだ。熱が出て食欲もなくベッドで休んでおられるのだ」

「何だって? 病で熱が出たんかよ。そりゃ辛いだろう。良し、待ってろ直ぐに病人用の食事を作ってやる」

「有り難い。姫様も喜ぶだろう……しかし、喉も痛いと仰っておったが……」

「熱があって喉か……。そりゃ風邪だな。よし、判った」

「カゼ? 風魔法なら姫様の得意な魔法だが?」

「その風じゃねぇよ。いや、良いから待ってろ」

「うむ。済まぬ」


 どうやらエルフの姫様はお風邪を召したようだ。

 俺はエルフ専用の野菜スープを温め直して、そこへ塩で味付けしてご飯や野菜を煮込む。

 ご飯は少なめの雑炊だ。

 本当なら、おかゆを炊いてやりたいところだが、それだと時間が掛かりすぎる。

 野菜が十分柔らかく煮えたところでコンロから下ろして鍋に蓋をしエルフ戦士へ渡す。

 小さな丼とレンゲも添えてやる。


「熱いから冷ましながら食えと伝えてくれ」

「うむ、感謝する」

「それから、食後にこの錠剤を3粒飲ませろ」

「これは?」

「俺の居た国の薬だから安心しろ」

「キー殿の国の薬とな。それは有り難い、いただいて行く」


 屋台に積んであった救急箱の中に、常備薬の風邪薬が入っていたので、それを渡す。

 小さなガラス瓶に入った白い錠剤。

 人間に効く薬だけど、エルフでも効くだろう。

 なにせ、同じ食事をして美味いと感じるからな。

 それに二百歳って事だから、子供用に半分の服用にしてやる事もないだろうし。


■ ■ ■ ■ ■


 翌日、屋台を営業開始すると直ぐに完全復活したエルフ姫が走って屋台までやって来た。


「キー殿! あの秘薬は何なのだ? 一晩で病が治ってしまったぞ。まるで聖女様に直していただいたようだ!」

「おお、そりゃ良かったな。俺の国の薬だよ。秘薬でもなんでもねぇ、ただの風邪薬だ」

「このような秘薬、聞いた事も見たこと無い……。キー殿の国とは……いや、詮索はよそう。兎に角、感謝に堪えない。礼を言わせて貰おう」

「良いって事よ。大事なお客様が病で来られねぇなんて、悲しいからな」

「……何れ、正式な礼をするが、今夜の所は先ずはタンメンを大盛りでくれぬか?」

「あいよ! タンメン大盛りな。ちょっと待ってくれ」

「うむ。ギョーザ屋の店主、肉抜きギョーザを頼む」

「はい、お待ち下さい。直ぐに焼きますから!」


 それにしても、ただの安物風邪薬を飲ませただけなのに、一晩で完全復活してしまうとは……。

 ひょっとするとエルフって薬が効きやすい体質なのかもな。

 俺じゃ風邪薬飲んでも一日やそこらじゃ直らねぇよ。

 何はともあれ、エルフ姫の風邪が早く治って良かった。

 二百歳のエルフ姫ローレルが、美味しそうに大盛りタンメンを食べる姿を見ながら俺そう思ったのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


作者ツイッター: Twitter_logo_blue.png?nrkioy @heesokai

  ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ