2-11 美女と美女
予想以上にタンメンが好評で、醤油ラーメンや味噌ラーメンと同じ位に毎日売れている。
しかし冒険者風の筋骨隆々の男達や男の騎士達は、タンメンよりも肉を好むので排骨麺が好評だ。
今日はグロリアとシルビアもタンメンを食べたが、トッピングとして豚排骨を追加で頼んだしな。
やはり、重い甲冑を纏ってパトロールを行うため、体力を維持するにはどうしても肉が不可欠なのだろう。
とは言え、女騎士二人もタンメンを賞賛してくれたけど……。
「コータ、このタンメンは野菜の旨みがスープに染みていて最高だな」
「ああ、シルビアも野菜は嫌いじゃ無いんだな」
「いや、正直な話、生野菜……サラダはあまり好きではない。しかし、この調理された野菜類は美味いから好きになったぞ」
「そうか、野菜も沢山食わねぇと身体に悪いからな。沢山食ってくれ」
「幼少の頃からシルビアはサラダが嫌いだったからな。だが、私もこのタンメンのような調理された野菜は好きだぞ。野菜スープよりも野菜の歯応えがしっかり残っているからな」
「グロリアは生野菜も大丈夫なのか。とは言え、肉も食わねぇとな。排骨を追加してやろうか?」
「「頼むぞ」」
「あいよ。ほれ」
女騎士二人組は、追加してやった排骨をタンメンの残りスープと一緒に、美味そうに食い始める。
二人は、早番との事で俺の屋台で夕飯を食ってから家に帰るそうだ。
既に辺りは暗くなってきている。
そろそろ、二百歳のエルフ美女も夕飯にやって来る頃だ。
今日はソース焼きそばか、それともタンメンを頼むのか判らねぇが、どちらも準備はしてある。
タンメンの麺は普通のラーメンと同じだが、ソース焼きそば用の麺は予め蒸してきているので、エルフ美女が頼まなかった場合は、俺やポチットが食っている。
もちろん、ポチットには肉を大量に入れてやっているけどな。
この時間帯は、餃子の屋台も未だ営業中なので客は途切れる事無く大忙しだ。
レイとポチットはフル稼働で接客しているし、俺も手を休める暇などねぇ。
餃子屋台をやっているガキ共三人も同じで、三人とも元気よく働いている。
もちろん、肉抜き餃子も準備してあり、エルフ美女が注文しても良いよう準備万端だ。
スレンダーな割には、あのエルフ美女は大食漢なんだよな。
胸なんか、少年のようにぺったんこだし……。
女騎士二人は普段甲冑を纏っているけど、ドレス姿を見た事も有る。
二人ともスタイルが良くて、ちゃんと立派な胸をしてたよな。
それに、腰のくびれなんかコルセットでもしているかのように細かった。
そんなグラマラスなボディも、金属鎧で全身を覆っちまってるから残念だよ。
たまには、あの女らしいドレス姿も見せて欲しいところだ。
しかし女騎士用の甲冑って、ちゃんと胸が窮屈で無いように一人一人身体に合わせた特注品なんだろうか。
「キー様、お久しぶりです」
「おお、フェアじゃねぇか。久しぶりだな。何処か行ってたのかい?」
「ちょっと忙しくて、来られませんでした」
「孤児院の従業員から聞いているよ。いろいろ大変だな」
「やっと他の者に引き継ぎが終わったので、楽しみにしていたラーメンを頂きに参りました」
「そうかい。新しいメニューも増えたから、それ試してみねぇか?」
「はい、是非。噂は聞いておりますよ。野菜が美味しくいただける麺のお料理だとか」
「ああそうだ。タンメンって言うだ。食ってみるかい?」
「そうですわね。そのタンメンを頂きますわ」
「あいよ、ちょっと待ってくれ」
「はい」
「コータ、私達は帰る。またな」
「ああ、グロリア、シルビア、またな」
女騎士二人は、俺とフェアの顔を交互に見てから最後に俺の方を見て、にやっと笑ってから屋台から離れて行く。
いや、グロリア、シルビア、フェアとはそんな間柄じゃねぇぞ。
確かにフェアも美人だけどさ……。
素行は危ねぇ女騎士二人も、超が付く位に美人なんだけど。
なんだか、美人が周りに集まってくる割には、俺に春は訪れねぇんだよな。
極めつけは、超々美人のエルフさん。
但し二百歳だけど。
俺がフェア用に肉入りの普通のタンメンを作っていると、その美人エルフもやって来た。
既に馴染み客になったので、ポチットが屋台前の席へと案内して来る。
そして、タンメンが出来上がるのを待っているフェアの隣へとエルフ美女は座った。
「店主、今宵はソース焼きそばを大盛りで所望する」
「あいよ、ちょっと待ってくれ。餃子はどうする?」
「うむ、ギョーザも頂こう」
「あいよ。おーい、肉無し餃子を焼いてくれ」
「はい、師匠。直ぐに焼きます」
「悪いな。肉炒めているんで、肉の匂いがするだろう」
「気にするな。口に入れなければ問題無い」
「そうなんだ。ちゃんと肉炒めた鍋はしっかりと洗うからよ」
「気を遣ってもらい悪いな」
「あいよ」
「失礼ですが、宿に宿泊されているエルフ族の姫様でございますね?」
「いかにも。エルフ族の族長筋の者だが……」
「ご挨拶が遅れました。私は、あの宿の主でフェアと申します。以後、お見知りおきをお願い致します」
「おお、そなたがあの宿の主だったか。いや、いろいろと迷惑を掛けて済まぬな」
「とんでもございません。お食事でご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございません」
「いやいや、私のためだけに特別なパンまで焼いてもらい済まぬ。それも、この屋台の店主の計らいで、里の食事以上に美味な晩餐を楽しませてもらっておるでな、大変満足だ」
「そうでございますか、キー様のお料理がお気に召したのでございますね……」
「店主の名、キー殿と申したか。そうか、申し遅れたな。私はエルフ族一番の古い部族で、族長の娘ローレルと言う。よしなに頼むぞ」
「本当にエルフの姫様なんだな。毎晩、護衛も無しに一人で来るから、一般人かと思ってたよ」
「護衛か……。エルフ族の護衛は、森や林に紛れているからな。気付かれてしまうような護衛は、護衛の役目は果たせぬぞ」
「まるで忍者だな。何処に居るのか、全く判らねぇよ……」
「キー様、ローレル様はお忍びで王都へいらっしゃっております。本来であれば、王宮へお泊まりになりますのよ」
「そうなのか……。いや、そうなんだろうな。エルフの姫様なら当然だろうけど、なんでお忍びなんだ? いや、答えなくていいよ。聞いてしまうと厄介事に巻き込まれそうだ」
「はははは……。キー殿は案外賢明だな。聞かぬ方が良い事も多々、世の中にはあるでな」
「そうだよな。俺だって、言えねぇ事は沢山ある……。いや、何でもねぇ……」
「おっと、フェア、タンメンお待ちどう様」
「ローレル姫さんの、ソース焼きそば、もう少し待ってくれ。餃子は出来たみたいだから、そっちを食っててくれよ」
「キー様、野菜が山盛りなんですね。このタンメンという麺料理」
「ああ、野菜と肉を炒めて煮て、野菜の旨みがスープに染みてて美味いはずだよ」
「では、お先に頂きますわ。先ずは野菜から……美味しいですわ。シャキシャキとした歯応えにも関わらず生野菜とは違った風味。このスープも、いつものショウユとは違ったコクのあるお味。癖になりますわね、このタンメン」
「そりゃ、良かった。やっぱり女に人気があるのは、野菜が多いからかな」
「生野菜は好き嫌いが有ります。そして野菜スープだと野菜本来の歯応えが無くなってしまいます。このタンメンは、それが失われてません。生野菜嫌いにも食べやすく美味さが倍加してますもの。女性好みかもしれませんわ」
「我ら古のエルフ族であれば、尚更だがな」
「エルフ族にも、このような野菜料理は無いのでございますか?」
「無い。こんな美味い野菜料理は初めてだ。作り方は、しかと見せてもらったので、里へ戻ったら皆に食べさせようと思っている」
「へえ、エルフの姫さん、作り方を覚えちまったのか。そりゃ、すげえな」
「うむ。ソース焼きそばも覚えたが、麺の作り方やソースの作り方までは判らぬから再現は難しいな」
「ソースは参考になるなら持ってかえりなよ。麺はなあ……材料が、まだ見つかってねぇんで、難しいな……」
「麺は、小麦では無いのか?」
「小麦なんだけど、こねる水が特殊なんだよ。その特殊な水が見つからねぇんだ」
「はて? 麺は、毎日補充されているようだが?」
「それは、収納鞄に保存してあるだけしか無いんでな……だから、一日に限定数しか提供出来ねぇんだよ」
「成る程、そう言う事か。その水、見つかると良いな」
「そうだな。俺もそう願っている。よし、ソース焼きそば、出来上がりだ。お待ちどう様!」
「おお、美味そうだな。いつもよりも野菜が多めか?」
「タンメン用も仕込んであるんで野菜は多めに有るからな。お代わりも出来るから気にせず食ってくれ」
「うむ、では頂く。うーむ、美味いな。タンメンと甲乙付けがたい美味さだが、別にスープが欲しくなるのが、ソース焼きそばの残念なところか……」
「おっと、そうかい。スープ、作ってやるよ。エルフ・タンメン用のスープが有るから、それで作る。ちょっと待ってな」
エルフ専用タンメンを作るために野菜と昆布ベースのスープへ、塩と胡椒で味を調え、刻み葱を多少多めに入れてエルフ専用スープの出来上がりだ。
二百歳の美女エルフの姫さんは、出来たてのスープをレンゲで口へ運ぶ。
「これはタンメンのスープと同じ味だが、胡椒と葱の味が効いていて美味いな」
「焼きそばやチャーハンには、やっぱりスープがねぇとな。気がつかなくて悪かった」
「いや、催促して済まぬな。ところで、今キー殿が言ったチャーハンとは、どんな料理だ?」
「ああ、炊いた米を炒めた料理だ。そうか、これも卵を使わなければ、ローレル姫さんでも食えるな。明日の晩にでも作ってやるから食ってみな」
「おお、米の料理か。米ならエルフの里でも食しておるが、また変わった料理のようで楽しみだ」
「そうか、そんじゃ明日の晩はチャーハンな。今日の所は、これを食ってみてくれ」
クーラー・ボックスへ入れてある、お稲荷さんを皿に盛りつけエルフ姫の前に出す。
数はあるので、フェアにも皿に盛りつけ出してやる。
「その油揚げは、大豆から作ってあるから安心して食ってくれ」
「頂こう。むっ! この甘くしょっぱい味、むむっ! 米は酸っぱい。しかし、これは美味いぞ、キー殿!」
「稲荷寿司って言うんだ。狐の神様の大好物って伝承がある、祝い事なんかで食うんだよ」
「狐の神とな。キー殿の国では、狐が神なのか?」
「いや、神様の使いだったかな? 俺も良く知らねぇんだけどよ、ははははは……。まあ、美味きゃ何でも良いだろ」
「確かに、美味い。神の眷族への貢ぎ物か。成る程、納得できる美味さだ」
稲荷寿司に感動しながら、ソース焼きそばと肉抜き餃子を食う金髪美女エルフの姫さん。
そして、その横で野菜大盛りのタンメンと稲荷寿司を食べる青い髪の美女フェア。
先ほどまでの危ねぇ美人女騎士二人に続き、どこか気品の溢れる美女二人。
いやあ、この異世界で屋台を開くことが出来て、俺は良かったと思う一時だ。
そんな俺のにやけた顔を、レイが横目で見ながら溜息をついた。
くそっ! 今夜もレイに馬鹿にされてしまったようだ……。
そしてポチットは、今夜も笑顔で忙しく客への対応中だった。




