2-8 ベジタリアン
排骨麺は一日限定十食としたけど、これが屋台開店と同時に瞬く間に売り切れる。
ポテト屋台はと言えば、排骨が飛ぶように売れていて、フライド・ポテトと一緒に買って行く客が絶えない。
ポテト屋台は大盛況となったので、屋台の運用人員も増強だ。
孤児院の年長組は、これまで下ごしらえだけを任せていたけどポテト屋台の運営に回した。
そして下ごしらえ係は孤児院の子供だけじゃ無く、卒園者で求職中の者も加える。
孤児院を出た者達は、独自のコミュニティを形成しているので、直ぐに労働力は補充出来るのだ。
餃子屋台の方も順調そのもの。
白菜からキャベツに似た緑菜玉へと具材を変えつつあるが、客足は途絶えない。
野菜が好きな者は白菜から緑菜玉へ変えた事に直ぐ気がついたが文句は出なかった。
季節が変わると白菜が入手出来なくなる事を知っているからだろう。
とは言え未だ白菜は入手出来るので、それはラーメン屋台の方で生碼麺の具材に使っている。
流石に生碼麺でキャベツに似た緑菜玉へ切り換えてしまうと、それは食感が全く違っちまうんで白菜が手に入らなくなったら、萌やしそばへと切り換えるしかねぇだろうな。
もっとも、緑菜玉をメインにしたラーメンは既に考えて有る。
まだ試作はしていないけど、トッピング部分だけは飯のおかずで作ったりはしているけどな。
こっちは、孤児院の夕食で炊いた飯と一緒にガキ共へ食わせているけど好評だ。
どうも野菜はサラダで食うのがポピュラーなようで、あまり炒めたりしては食わないのが普通なんだとか。
これじゃ子供が野菜嫌いになっちまう。
やっぱり、育ち盛りのガキ共には、ちゃんと野菜もたっぷりと食わせないとな。
それにしても、ラーメン用の麺が一日五十食分しか無いのは痛い。
客からももっと用意しろと言う声が届いている。
だがしかし。
麺を打つのに必要な肝心要の、かん水が見つからねぇんで、どうにもならねぇんだよ。
灰から作れると聞いた事は有るんだが、その作り方を俺は知らねぇ。
元々、かん水は天然だと聞いた事があるけど……。
かん水探しの旅に出るわけにも行かねぇしな。
小麦粉だけ、うどんにしてみるかと思ったけど、どうも俺のスープじゃしっくり来ねぇから止めた。
王都の市場でもパスタの乾麺は売られている。
これでスパゲッティ料理を作ってみたけど、こっちは更にラーメンとはほど遠い。
麺によって、スパゲッティと焼きそばの違いを思い浮かべれば、そりゃ全くの別物だ。
もっとも、孤児院のガキ共や屋台で働いているガキ共、そしてフェアなんかもスパゲッティは皆が美味いと言ってはいるが、それはラーメン屋としては痛し痒しの褒め言葉。
「キー様、こんばんは。ラーメンを三つと味噌ラーメンを二つ、それと排骨麺を三つお願いします」
「おう、毎度。直ぐに作るから、そこで待っていてくれ」
「はい、お手数をお掛けします」
最近、ラーメン屋台を何時もの時間に開店すると真っ先にやって来る客だ。
特別の客で屋台で食べて行くんじゃ無くて持ち帰りの客だ。
一人じゃ持ち帰る事も出来ない量なので、ポチットにも手伝わせて出前となる。
持ち帰る先は、俺達が屋台を運営している公園みたいな広場の奥にある高級宿。
そう、お客は高級宿の従業員だ。
宿泊客に依頼されて、ラーメンや餃子を持ち帰っている。
高級宿に宿泊している客は、金持ちや貴族ばかりなので、屋台まで来て食べる事は殆どしない。
しかし、ラーメンの噂や餃子の噂を聞きつけ、高級宿の従業員に持ち帰らせているんだとか。
まあ、屋台を運営させてもらっているんで俺としても嫌とは言えねぇ。
なので、特別に高級宿の客だけには出前を受け付けているんだ。
なにせ、フェアが高級宿のオーナーだしな。
ラーメン屋台だけじゃ無く、餃子屋台の方へも別の従業員が注文に来ている。
そんな状況なんで、麺をなんとかして打ちたいと思っている訳なんだよ。
高級ホテルの従業員達も、餃子屋台の店じまいの時間、そして俺がラーメン屋台を開く時間に合わせて毎夜やって来るようになった。
高級宿の厨房を預かっている料理長も、俺達の屋台に出向いてきて挨拶までしてくれた。
料理長には、ラーメンや餃子の味見をしてもらったけど驚いて一言だけ「美味しい……」と言ってくれたよ。
餃子なんかは、レシピもフェア経由で渡したんだけどな……。
そうそう、高級宿の厨房には、胡椒も一缶フェア経由で渡した。
もちろん無料では無く市場価格でのお買い上げだ。
なので高級宿のステーキが格段に美味くなったと評判で、それだけで料理長は鼻高々なんだよな。
だから屋台で販売している料理は、高級宿では作らないと決めたようだ。
そこで出前でラーメンや餃子を客の要望で提供するって事になった。
他の所からも出前の要望は多いんだけど、そちらは断っている。
そもそも、ラーメンの出前は麺が伸びちまうから出前用に麺を茹でなきゃならねぇから、出前の距離が長いと茹で加減も難しい。
高級宿までは距離も近いし持ち帰る時間も判っているから、茹で加減も判っている。
最初はポチットだけでラーメンの出前していたけど、餃子屋台もワンやビーが行うようになった。
餃子の方は水餃子は茹で加減の調整が必要だけど、焼き餃子はそのままで大丈夫だ。
なので、餃子の出前は焼き餃子だけにしてもらっている。
高級宿の従業員二人とポチット、ワンが高級宿へ出前を届けに出かけた。
流石にアルミ製のおかもちは無いから、木製のおかもちを作ったよ。
餃子屋台に二個を常備した。
ラーメン屋台には常備していない。
いや、毎日召喚して装備するのも面倒なので、餃子屋台の方へ常備したんだ。
高級宿にも、おかもちを複数預けてあるので、それを従業員が持ってくる。
出前に出かけたポチットとワンが帰って来た。
そして、二人の後ろからフードを被った女が一人、後を付いてくる。
「ご、ご主人さま。このお方が料理をお願いしたいそうです」
「料理? 宿の宿泊客なら、出前で頼めば良いだろ?」
「お、お肉が嫌いなのだそうです」
「肉が嫌いだと? そんじゃ、俺達の作る料理は駄目だろ……」
「店主よ、肉のスープを使わずに麺料理は出来ないのだろうか?」
「う~ん……俺のスープは、鶏や豚から出汁を取っているからなあ……難しいな」
「そうか、残念だ。この麺を食してみたいのだがな……」
「あんた、肉は全く駄目なのかい?」
「駄目だ。肉の匂いだけで気持ちが悪くなる」
「そ、そうか。そりゃ、残念だな……。作ってやりてぇけど、今夜は無理だな」
「判った。無理を言って済まなかった」
「いや、こっちこそ悪りぃな。そうか、ベジタリアンか……」
「べじたりあん? それはどんな意味なのか?」
「ああ、俺の国で野菜しか食わない主義の人を指す言葉だ」
「べじたりあん……。そうだな、わたしは野菜しか食さない」
そう言うと、女は被っているフードを脱いだ。
女は長い金髪に、緑色の瞳をしていた。
その美しさに俺は思わず息を飲む。
そして女の耳に目が釘付けになった。
女の耳は少し長く尖っている。
「あんた、ひょっとしてエルフか?」
「そうだが……」
「へぇ~、やっぱりエルフって菜食主義なんだな」
「いや、エルフ族にも肉を食う部族の者も多い。わたしの部族は肉を食さないがな」
「本当にエルフなんだな……。初めて見たよ」
「エルフ族は、あまり外界には出ないからな。わたしは所用で、この王都トメマイへ来たのだが、食事で難儀しているのだ」
「そ、そうか……。ちょっと待ってくれるか?」
「うむ、何かな?」
俺はラーメン屋台に積んであるウースター・ソースを取り出す。
このソースは一般に売られているソースで、確か肉や魚介類は全く使われていない。
俺はソースの入った容器の成分表を確認する。
うん、大丈夫だ。
少量を小皿へ垂らして、それを目の前の超美人のエルフへ差し出し言った。
「この調味料をちょっと舐めてみてくれ。肉や魚介類は使って無い」
「……確かに匂いからは肉は感じられない。主成分は何なのだろうか?」
「野菜や果物、それから香辛料とか酢、塩や砂糖だな」
「頂く」
エルフ美女は、小皿のソースを指に付け、綺麗な形の口へ運ぶ。
「甘くて、美味い。いや甘いだけでは無いな……この奥行きのある味。初めてだ」
「そうかい。問題ないなら、このソースで麺料理を作ってやる。と言っても、今夜は無理だ。準備をしてくるから明日の晩に、もう一度来てくれるかい?」
「うむ、有り難い。では、明日の晩を楽しみにしている」
「そんじゃ、明日な」
エルフの超美人は、少しだけ笑うと再びフードを被り高級宿へと帰って行った。
くっ、美人に頼まれちゃ嫌だとは言えねぇ。
「ご主人さまは、本当に美人さんに甘いですね」
「五月蠅えよ、レイ!」
ニタニタと笑うレイ。
どうやら完全に俺の心の中を読まれてしまったようだ。
俺じゃ無くたって、誰でも男なら美人にゃ甘いんだよ。
俺とレイのやりとりに、訳が判らないという顔をして首を傾げるポチット。
俺達三人を離れた餃子屋台にいる三人は、俺と目が合うと何も言わずに全員が目をそらす。
くそ、ポチット以外は全員が俺の下心を、お見通しなのかよ……。




