2-4 生碼麺
「「「師匠、おはようございます」」」
「おう、お疲れさん。雨だけど客足はどうだ?」
「やはり普段よりも少ないです。ラーメン屋台は未だかって言うお客さんが多かったですよ」
「やっぱり、今日は急に寒くなったからな。そんじゃ、こっちも直ぐに屋台を開くわ」
「お願いします。ラーメンと一緒だどギョーザも注文してもらえますから」
「ああ、判った。そんじゃ、レイ、ポチット開店準備だ」
「はい、ご主人さま」
「は、はい! ご主人さま。直ぐに準備しす」
やっぱり、雨が降り続いているので、餃子の売れ行きも芳しくなかったようだ。
聞いてみるとポテト屋台も、食材が大分余っていたけど、日が暮れたので屋台を閉めて帰ったとか。
まあ、どこの世界でも雨や雪だと屋台の客は減ってしまう。
そもそも歓楽街全体の客が少ねぇしな。
通りを歩いている客が桁違いに少ねぇんだよ。
客引きの綺麗どころのお姉ちゃん達も、店先の屋根の下で雨宿りしながら寒そうにしてるもんな。
「おい、……えっと、パオ、白菜はどの位持ってきたんだ?」
「はい、師匠。持てるだけ持ってきました。ワン、白菜を師匠の屋台へ運んでちょうだい」
「あいよ、パオ姉。師匠、何処へ置きましょうか?」
「ああ、そこの屋台の脇へ頼む。雨に濡れねぇように積んでくれ」
「はい、判りました師匠。おーい、ビー兄も手伝ってくれ」
「判ったよワン。師匠、どんな料理なんですか?」
「まあ待て、お前らにも食わせてやるからよ」
「えっ! 俺達にも食べさせてくれるんですか?」
「ああ、これも修行だからな。但し、麺抜きだけどな。餃子と一種に食っても美味いんだぞ」
「「「やった!」」」
「作り方もちゃんと見て置くんだぞ」
「「「はいっ!」」」
餃子屋台を任せているガキ共三人。
一番年上のパオは、16歳の娘で三人の中では一番料理の手際が良い。
16歳の男の子ビーと、15歳の男の子ワンは実の兄弟なので良く似ている。
年齢詐称をしているレイの自称年齢や、ポチットとも同じ年頃なので仲も良い。
屋台を任せるまでは仕事に就けずにいたが、やっと定職が見つかったので三人で部屋を借りて共同生活をしているそうだ。
その部屋を貸してくれているのは、これも孤児院の出身者で今は冒険者をしている先輩なんだとか。
フェアがボランティアでやっている孤児院の出身者は、絆が凄く強くて孤児院を出てからも助け合って生活しているんだと言う。
冒険者をやっている孤児院出身者は、依頼が無い時には護衛がてら昼間のポテト屋台や餃子屋台の警護に来ている。
俺達にもちゃんと挨拶をしてきているので、食材の余ったときには奴らにも無料で食わせてやるのが日課だ。
もっとも、最近はラーメンの食材が中々余らねぇんで、餃子を振る舞う事が多いんだけどな。
今日は雨という事で、冒険者の依頼も無かったのだろう、一人の冒険者が餃子屋台の側にたって居た。
「おい、ラングレーだっけ? 今日は仕事無かったのか?」
「はい、キーの兄貴。この雨では採取で森に入るのは危ないので休みです」
「そうか、森へ入るのも危険だからな。夕飯はまだだよな?」
「ギョーザが余ったら頂こうと思って……」
「はははは、そうかい。なら、丁度良かったな。これから身体の温まる料理を作ってやるから待ってろ」
「はい、有り難うございます!」
レイとポチットがラーメン屋台の営業携帯へのセットアップを済ませて寸胴鍋に火を入れる。
雨よけの簡易テントも餃子屋台で張ってあったテントの横へ張り終え、営業開始の準備完了だ。
餃子屋台のビーとワンに運んでもらった白菜の葉を剥いて水洗い。
そしてポチットが家から担いできてくれた麻袋にはいった野菜も取り出し、これも水洗いをする。
この野菜は、良く水洗いをしないと食中毒を起こすので、しっかりと洗う。
そして中華鍋をコンロに乗せて着火。
中華鍋がしっかりと温まった頃合いで油を引いてから、この野菜を大量に投入。
ジュー! と言う音と共に香ばしい香りが鍋から溢れる。
適当な大きさにカットした白菜とカットした豚バラ肉も投入して、中華鍋を振りながらまんべんなく炒めて、火が通った頃合いでラーメン用のスープを追加。
余り煮すぎない内に塩と胡椒、そして醤油で味を調えて、最後は水溶き片栗粉を回しながら掛ける。
「よし、完成だ。さあ、みんな食ってみろ。熱いから気を付けろよ」
「……野菜と肉をを炒めた料理なんですか? でも、ソースがドロっとしてます」
「そうだ、餡かけって言うんだが、これが身体が温まって寒い日には最高なんだ」
「頂きます……熱! う、美味いです、師匠!」
「白菜がシャキシャキしてます。それと、この豆の芽もシャキシャキしてて、歯応えが最高です」
「豆の芽、炒めて食べると、こんなに美味いんですね。それに、このアンですか、美味しい……」
「だろう、本当はもっと野菜の種類を増やして、魚介類なんかも一緒に炒めると、八宝菜って料理になるんだけどな。これはもやしと白菜、それと豚肉しか入ってねぇから違うけどな」
「豆の芽、モヤシって言うんですか?」
「そうだ、萌やしだ。萌えるだろう?」
「「「「「「……??」」」」」
くそ、滑ったか。
萌えという単語が、この世界へ正確に翻訳されなかったのだと思いたい……。
唯一、レイだけが冷めた笑いを俺に向けていた。
俺は何事も無かったように、萌やしと白菜の餡かけ炒めを食うガキ共とポチットへ料理の説明を始める。
「この萌やしと白菜の餡かけをラーメンの上に乗せるんだ」
「この料理をラーメンへですか?」
「そうだぞ。まあ萌やしと豚バラ肉だけでも良いんだけど、白菜が入っているのが美味いんだ」
「この料理とラーメンの組み合わせ、美味そうですね、師匠」
「ああ、俺の師匠の友達から教えてもらったんだけどな。俺の国でも一般的な料理じゃねぇんだよ」
「なんて言う麺料理なんですか?」
「生碼麺っていうラーメンの派生版だな」
「ご主人さま、秋刀魚なんてどこにも見えませんよ」
「そうだな、俺も最初にサンマー麺って聞いた時は、サンマが乗ったラーメンかと思ったけど、違うんだよ」
「白菜が入っていなければ、普通のモヤシそばじゃないですか?」
「店によっては萌やしと豚バラ肉の餡かけ麺らしい……。それは、萌やしそばだよな、確かに……」
「ご、ご主人さま、レイさん、サンマって何ですか?」
「ああ、ポチットは知らないか。細長い魚で海で取れるんだ。これは焼くと美味いんだけどな……」
「海の魚なんて、乾物以外は食べられませんよ、師匠。それも目玉が飛び出る位の値段です」
「だろうなあ、海から遠いからな王都は……。川魚は市場でも売っていたよな」
「そうです。魚介類と言えば川か湖で取れるだけです」
「まあ、サンマや魚は、このサンマー麺とは無関係だから、どうでも良いんだ。元々は、中華料理……料理店の賄い料理だったと師匠の友達からは聞いたな」
「賄い料理ですか、やっぱり料理人って美味しい賄いを食べるんですね」
「そうだな、賄いが不味い料理屋じゃ、客も来ねぇし美味いから客にも出すようなったんだろな」
「そうですね、本当に美味しいし、身体が温かくなってきました」
「ああ、まだ有るから熱いうちに食え、食え。ポチット、ラングレー、遠慮しねぇで腹一杯食えよ」
「あ、ありがとうございます、ご主人さま。頂きます!」
「キーの兄貴、ギョーザと一緒に食べると、更に美味しいです!」
「だろう。このシャキシャキの歯応えが、食欲をそそるんだな」
生碼麺、横浜で生まれたラーメンのバリエーションだ。
諸説はあるのだけど、俺が師匠の友達に教えて貰ったのは、萌やしに加えて白菜も入っていた。
本当、萌やしだけだと萌やしそばと見た目も味も変わらねぇ。
だから、八宝菜に使う白菜も一緒に入れる店も有る。
今回は、大量に仕入れ過ぎた白菜を消化するためなので、萌やしと白菜は半々で作っている。
どちらの野菜も餡かけ料理には相性が良くで、歯応えもシャキシャキと似ているからな。
俺達がサンマー麺用のトッピングを試食していると、ラーメン目当ての客が屋台へとやってき始める。
そして「その料理は?」と聞かれるので、「期間限定の特別ラーメンの具材だ」と教えると、「それをくれ!」と、直ぐに注文が入る。
一人の客がサンマー麺を頼んで食い始めれば、後は余程に普通のラーメンかチャーシュー麺目当てで来た客以外は、殆どの客がサンマー麺を注文してくる。
こんな雨で寒い夜。
餡かけで身体の底から暖まるサンマー麺は、大人気となるのだった。




