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異世界屋台 ~精霊軒繁盛記~  作者: 舳江爽快
第二章 営業 編
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2-3 鍋

「良く降るな……」

「そうですね、ご主人さま。それに寒いです」

「朝から雨が降り続くなんて、初めてだな」

「空気が乾燥してたので、埃っぽかったから良いお湿りですが……」

「か、乾季の終わり頃に、こんな雨が少し続きます」

「乾季? ふーん、って事はこれから雨季なのか?」

「う、雨季はもう少し先になります。春の始まりに降る冷たい雨です」

「なるほど、本格的な春がもうすぐやってくるのか。それにしても今日は寒ぃな」

「何か、温かい食べ物が欲しいです。欲しいですよ、ご主人さま」

「二度も言うなよ。中華そばじゃ無くて良いのかよ?」

「今日は寒いので、中華そばを待っているお客様も多いでしょう。それをわたしが頂くなんて……」

「お客を第一に考えるなんて、レイも判っているじゃねぇか」

「五十食分しか麺が無いのですから当然です!」

「判った。それじゃ、身体の温かくなる鍋でも作ってやるよ」

「鍋料理ですか?」

「そうだ。土鍋が欲しいところだけど、無い物ねだりしてもしょうがねぇ。この鉄鍋で作ろう」


 降り続く雨を家の窓辺から三人で眺めながら、そんな会話をしていた。

 この異世界にやってきて早、1ヶ月と半分が過ぎたので、日本だと三月中旬頃だ。

 そろそろ春の訪れも近いようだが今日はやけに寒いんだよな。

 日本も春先に突然雪が降ったりするが、この世界では冷たい雨が春の知らせだとポチットが言う。

 夜の営業の前に、寒いので身体の温まる鍋料理で腹ごしらえをして行く事にする。


 厨房の脇に止めてある屋台のガスコンロに鉄鍋を乗せ水を注ぐ。

 餃子の具材用に仕入れてある白菜に似た野菜を適当な大きさにカットする。

 同じく、餃子の具材用の豚バラ肉を適当にカット。

 白菜とバラ肉を交互に重ねて、それを巻きながら鍋に入れる。

 それにインスタントの出汁の素を適当に振りかけて、胡椒をたっぷりと振りかけコンロに着火。

 鍋に蓋をして煮えるのを待つ。


 簡単だけど白菜と豚肉の旨みが楽しめる白菜鍋。

 寒い日には身体が温まって最高だよ。

 続いて、鍋が煮えるのを待つ間に、タレの代わりとなる薬味を準備だ。

 薬味はいろいろ地方によって違うらしいけど、俺は大根下ろしが好きなんだよ。

 おろし金も屋台に積んであったので、それを使って大根を下ろす。

 この大根、市場で見つけたんだけど大きくて旨いんだよな。


 大根を下ろし終わった頃、鍋の蓋から蒸気が勢いよく上がり始める。

 よし、白菜も肉も煮えたな。

 幸いにも、今日の昼はこの世界の米を炊いて孤児院の子供達に食べさせたので、飯がまだ有るんだ。

 三人分の茶碗に飯を盛りつけ、取り皿も三枚準備。

 醤油の小瓶もテーブルの上に出して夕食の準備完了だ。


「よし、鍋が煮えたぞ。食おう」

「美味しそうです。何て言う鍋なんですか? ご主人さま?」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。白菜鍋で良いじゃねえの」

「なるほど……まあ、名前なんか何でも良いです。それで、どうやって食べるのでしょう……」

「ああ、レイも初めてだったか。ポチットも当然ながら初めてだよな?」

「は、はい。ご主人さま。あ、あたしも、食べた事はありません」

「ふーん、この白菜、普通はどんな風に料理して食うんだ?」

「ふ、普通の家庭では生でサラダとして食べます」

「生か……。せめて一夜漬けにでもすれば良いのにな。まあ、それは文化だから仕方ねぇな。で、食い方がが、こうやって食うんだ」


 俺は鍋から適当に煮えた白菜と豚バラ肉を取り皿へ取り、大根下ろしをその上に山盛りで乗せる。

 さらにレンゲで鍋から煮汁を掬い、大根下ろしの上に注ぐ。

 最後に、好みに応じて醤油を垂らせば、白菜鍋大根下ろし添えの完成だ。

 まあ、正直な話、これを料理と言うのかどうか、はなはだ疑問なのだが身体が温まって美味いんだから、良いだろう。


「さあ、食え食え。ポチットは、肉を沢山食えよ」

「は、はい。有り難うございます。お、美味しいです! さっぱりしていて、白菜もこんなに美味しいなんて……」

「本当に美味しくて身体が温まりますね、ご主人さま」

「簡単で美味くて身体も温まるからな。飯とも合うしな」

「スープも美味しいですね。白菜と豚肉だけなのに……」

「スープを少し残しておいて、雑炊にしても美味いんだ」

「雑炊……それ食べたいです、わたし」

「ぞ、雑炊って何でしょうか?」

「ポチットは知らなかったか。まあ、飯を食う生活じゃ無かったから無理もねぇけどな。説明するよりも、実際に見た方が早いな」


 残った白菜鍋のスープに、まだ煮込んで無いカットした白菜と豚バラ肉を加え、更に三人分の飯も加えてて、コンロに再びを火を入れる。

 大根下ろしに使った大根も適当な大きさにカットして鍋に投入。

 少しだけ醤油で味の調整を行いながら、具材が煮えるのを待つ。

 本当は卵も入れたかったのだけど、残念ながら無いので我慢だ。

 雨が降っているので、今ここで屋台を召喚してしまうと運搬するのが大変だからな。


「よし煮えたぞ。みんな茶碗を出せ」

「はい。美味しそうです、ご主人さま」

「こ、これが雑炊ですか……。あたし、初めて見た料理です」

「やっぱり米を食わねぇ文化だからな、仕方ねぇよ。さあ、熱いから注意して、ふー、ふー、しながら食え」

「は、はい、頂きます。フー、フー、熱! お、美味しいです!」

「ああ、鍋の締めは、やっぱり雑炊に限るな。身体が温まるし、大根も良い具合に煮えたな」

「ご主人さま、白菜、大根、鍋の具材ばかりですけど、あの袋に入っているのは何なのでしょうか?」

「ああ、あれか。ふふふ、白菜をガキ共が大量に買いすぎちまってな。餃子じゃ使い切れ無いってんで、俺が少し引き受ける事にしたんだ。そのために、一緒に調理する野菜を市場で見つけてきたのが、あの袋の中身だ」

「なんだか、大きな袋ですね」

「でも安くて旨い野菜だぞ」

「野菜なのですか?」

「そうだ、俺達の世界……いや国でも流通してた野菜だ。ラーメンとの相性も抜群だしな」

「今日から出すのですか?」

「その予定だ。今日は寒いから丁度良いだろう」

「楽しみですよ、わたし」

「み、瑞々しい匂いの野菜ですね……お豆の匂い?」

「流石、ポチットの鼻は凄ぇな。まあ、後で食わせてやるから楽しみにしておけや」

「は、はい!」

「さて、身体も暖まったところで、そろそろ準備して出かけるか」

「は、はい。お片付けします」

「ごちそうさま、ご主人さま。大変に美味しく頂きました」

「ああ、そりゃ良かったな。鍋もたまにゃ食いてぇもんな」


 ポチットは食器や鍋を厨房で洗う。

 レイは、テーブルを雑巾で綺麗に拭く。

 俺は、大きな麻の袋に入った市場で仕入れて野菜を玄関まで運ぶ。

 白菜は、既に餃子屋台へ積み込んであるので、それを受け取る予定だ。

 雨は、大分小降りにはなってきたが、未だ止んではいない。

 日が沈むと、もっと寒くなってくるだろうし、この世界では誰も傘をささねぇから身体が雨に濡れて、本当に寒そうだ。


「ご、ご主人さま、野菜の袋、あたしが持ちます」

「ああ、それじゃ頼む」


 百均で買ってあった透明ビニール製の雨合羽が、屋台に積んであったので、それを毎日回収しておいて正解だ。

 レイとポチットへも透明ビニールの雨合羽を渡し、俺も自分で頭から被る。

 この世界では目立つだろう透明ビニール製の雨合羽だが、既に屋台が目立っているので、それを誰も気にしなくなっている状態だ。

 それにしても、百均の雨合羽があってよかったよ。正に備えあれば憂い無しだ。

 雨が降り続く中、俺達三人は歓楽街の高級宿屋の前庭目指して歩き始めたのだった。







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