2-1 新たな屋台
俺達が歓楽街で屋台の営業を開始してから1ヶ月が経った。
最初は、ガキ共に任せたポテトフライとポテトチップの屋台と同時営業だったが今は別個の時間帯に営業している。
ポテト屋台は、昼から夕方までの営業だ。
対して俺達のラーメン屋台は完全に日が沈んでからの営業にした。
ポテト屋台もラーメン屋台も盛況で連日完売となっている。
特にラーメン屋台は価格を庶民にも食える価格にしたので、連日行列が絶えねぇ。
歓楽街の警護に研修で来ているグロリアやシルビアは、夜勤の時には必ず俺達のラーメン屋台を訪れてくれる。
もちろん約束だから無料だよ。
しかし、彼女達は義理堅くてラーメン以外のチャーハンなどを頼む時は、律儀に必ず代金を支払って行くけど。
「コータ、本当にこんなに安くて大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。これで十分に採算がとれてるからな」
「そうか、なら良いのだが……食しているこちらが心配になってしまう」
「ありがとよ、グロリア。本当はもっと夜遅くまで営業したいんだけど、食材やスープが無くなっちまって、どうにもならねぇんだ」
「いつ来ても、この行列ではな……我らは、行列に並ばんでも良いのか?」
「いいんだ、シルビア。騎士が食っている姿を見せるだけで、そりゃ宣伝になるってもんだ。特に貴族様達にはな」
「なるほど、我ら二人は客寄せと言う訳か」
「悪りぃな。まあ、あんた達なら行列に並ばなくても、文句言う客は貴族だけだからな」
「それもなかろう。何故ならば、歓楽街を訪れる貴族は身分を隠してお忍びで来るのが暗黙の規則だ」
「へぇ~、そんな規則があったんだ」
「無論、公式に訪れる場合はその限りではないがな」
「そうか、それで騎士が歓楽街を警護対象にしているってことか」
「そういう事だ。我ら王都の警護騎士以外にも、歓楽街の私設警護も居るしな・・・あの者のようにな」
シルビアが目で示した先には、俺も良く知る男が居た。
狼人族の怖い顔をしたレパードだ。
あいつ、暇なのかどうか知らねぇが本当に良く屋台の周りをうろちょろしている。
それも、昼から夜までずっとだ。
知らねぇ仲でもねぇから、ラーメン屋台の飯が余った時にはチャーハンを食わせてやったりしているけど、あの巨体を維持するには足らねぇだろうな。
「ご、ご主人さま。麺が行列の人数で最後になります」
「おお、ポチット、判った。今夜も無くなるのが早かったな」
「は、はい。今行列の最後尾に並んだお客さまに伝えてきます」
「頼む。ワンタンとチャーハンなら有ると言ってくれ」
「は、はい、ご主人さま」
ポチットはそう言うと行列の最後尾に並んだ客へ箸って行く。
客と何やら話をしていたが、並んだ客はそのまま最後尾に並んでいるので、ラーメン以外のメニューにしたんだろう。
「本当に大盛況だな」
「お陰様でな。これもグロリアやシルビアのお陰さ」
「何を言う、コータのラーメンが美味だからだ。なあ、シルビア?」
「グロリアの言うとおりだ。コータ、もっと他の料理も作らぬのか?」
「おお、良く聞いてくれた。実はな、明日から新しい屋台が出て新料理を売るぞ」
「なんと、明日からか……。どんな料理だ? いや、明日の夜からか?」
「そうだ、明日の晩から出すぞ。俺達のラーメン屋台とは少しだけ営業時間が重なるかな」
「むむ。グロリア、明日は遅番だったか?」
「そうだな。早々に明日の新料理を頂こうではないか。コータが作るのか?」
「いや、俺が教え込んだガキ共が作る。味は俺が保証するよ。俺が作っても同じ味だからな」
「そうか、あのポテトフライやポテトチップも美味だったからな。期待しよう」
「ああ、期待してくれて良いぞ」
「うむ、楽しみだ。それでは、我らは警護に戻る。またな、コータ」
「ああ、グロリアもシルビアもありがとな。頑張ってくれ」
「それでは、何か有ったら必ず預けた笛を吹いてくれ。直ぐに我らが駆け付ける」
「ありがとよ。でも笛を吹かなくて済む方が良いけどな」
「もっともだ。それでは邪魔をしたな」
グロリアとシルビアはそう言うと脱いで居た兜を被り直してから、屋台を後にして歓楽街の方へと歩いて行った。
あの二人がラーメン屋台を愛用してくれているお陰で、屋台の営業は安全そのものだ。
何度か素行の悪い客が居たりしたのだが、二人の女騎士が有無を言わせず成敗、いや警備隊までしょっぴいてくれたしな。
もちろん、毎晩あの二人が居る訳では無いが、そんな時はレパードが無言の威圧を発し、素行の悪い客があっと言う間に逃げ去った。
未だ流血事件には至っていないし、あの屋台の常連には騎士や強い冒険者が居るという噂は、瞬く間に広まったので、今は何事もなく平穏無事に営業を続けていられる。
それは、昼間の営業をしているポテト屋台も同じだ。
どうやら同業者による嫌がらせなのか、料理法を知るためなのかは知らないが、ガキが運営している屋台と言うことで、色々と有った。
しかし、それらの妨害や強引な調査も、グロリアやシルビア、そしてレパードのお陰で今はすっかり無くなっている。
加えて、グロリアとシルビア以外の騎士達も、俺達の屋台の常連客になっているので、もめ事はすっかり無くなったと言っても良い位だ。
「ご主人さま、ご飯が無くなりましたよ」
「あいよ、そんじゃ今夜は、お終いにするか。レイ、終業だ」
「はい。行列も無くなったので良かったですね」
「そうだな。ポチット、お客さんが食べ終わったら片付けだ」
「は、はい。ご主人さま」
俺は屋台の提灯のLEDライトを消灯する。
既に、客も屋台の提灯の明かりが消えると、店じまいだという事が知れ渡ったのか、屋台前に並ぶ客も居なくなった。
屋台のLED照明は未だ消さない。
折り畳み式のテーブルや屋台の前の椅子では、数人の客がチャーハンやらチャーシュー丼を食っている真っ最中だからだ。
営業貸し当初は飯が余る事も多くて、俺達の夜食になっていたんだけど、最近じゃ俺達の夜食用の食材は殆ど余らねぇ。
なので、帰宅してから現地の食材で夜食を作って食う。
現地食材は市場で調達してくるんだけど、麺を打つのに必要なカン水が未だに見つけられねぇ。
しかし、他の食材によって何品か中華料理を再現して、それがとても好評だったんだ。
フェア曰く、「これは美味しいですわ。是非屋台で販売しましょう」と言うので、文字通り鶴の一声で決まった新たな屋台のデビューだ。
ポテト屋台の営業も順調で、孤児院出身者で仕事に就けないでいるガキ共に声を掛け、仕事先として新たに屋台を出す事にしたって訳だ、
と言っても、料理は簡単じゃねぇ。
そこで、ポテト屋台を任せているガキ共三人に、新しい料理屋台を任せ、新たに入ってきたガキ共にポテト屋台をやらせる事にした。
その新しい屋台のデビューも、いよいよ明日になったって訳だ。
既にガキ共には料理の作り方を叩き込んだんで、遜色なく作れるようになった。
ポテト屋台は、新たに加わったガキ共が、半月ほど一緒に屋台を営業しながら問題無くこなせるようになったから問題ねぇだろう。
■ ■ ■ ■ ■
翌日の営業開始時間。
いつもなら俺達がラーメン屋台を出す時間に、新しい屋台を引く三人のガキ共の姿があった。
昨日のポテト屋台の営業は新人三人のガキ達に任せ、奴らは新しい料理の最終確認を行うべく、自分達の夕食や俺達の夜食に新しい料理を提供しまくったんだよ。
なので、俺達は昨夜の夜食で、たらふく新料理を食べた。
ここ半月の練習の成果もあり、味や形は全く問題ねぇ。
「お、美味しいです。これ」
「うん、美味しいね。最初はどうなるかと思ったけど」
「姉さん達に、そう言って貰えると嬉しいすっ」
「あ、あたしと同じ歳なのに姉さんなんて呼ばないでください」
「そうだよ、わたしだって同じ歳……」
(嘘言え、このロリババア)
「ご主人さま、何か言いたそうですが?」
「いいや、何にもねぇぞ」
「そうですか、なら良いのです。ご主人様もこの新しい料理を食べたら褒めてあげてください」
「ああ、お前ら。よく頑張ったな、合格だ。明日からも気を抜かねぇで頑張れよ」
「「「はいっ、師匠!」」」
そんな昨晩の夜食での会話を思い出しながら、ガキ共の新たな屋台開業を俺達も付き添うことにした。
未だポテト屋台は営業している時間だが、もう間もなく店じまいだ。
常に俺達の屋台のどれかが営業しているように、回転時間を調整したんだよ。
ポテト屋台のガキ共が俺達に気がつき、声を掛けてくる。
「師匠、先輩、お疲れ様です! 間もなく仕込んだポテトフライが無くなります」
「そうか。ポテトチップは?」
「まだ品切れしてません」
「判った。暗くなったらポテトチップが残っていても屋台を閉めろ」
「「「はいっ、師匠!」」」
「よし、お前ら、屋台を準備しろ」
「「「はい! 師匠」」」
三人のガキ共は新しい屋台をポテト屋台の隣に停車させて、テキパキと支度をする。
ポテト屋台は折りたたみ式のテーブルは使っていないが、今回の新料理ではテーブルも使う。
俺達が屋台を準備していると、それに気がついた歓楽街の人々が集まり出す。
どうやら、ラーメン屋台が珍しく早い時間に営業を始めると勘違いしたようだ。
「ラーメンじゃないよ。新しい料理の屋台だから、試食してってくれ。今日は開店初日だから大盛りをサービスするから」
俺の一言で、人々が更に屋台へ集まりだした。
新しい料理は、兎に角食ってもらって美味い事を広めて貰うのが一番だからな。
新しい屋台の寸胴鍋に水を入れて湯が沸くのを待っているガキ共。
接客係も折り畳み式テーブルの上を濡れた布で拭いている。
寸胴鍋から湯煙が昇り始め湯が沸騰した頃、ガキの一人が提灯のLEDへ通電して明々と提灯が点灯。
赤い提灯には黒い文字で「餃子」と書いてある。
もちろん、赤い暖簾にも白地で「餃子」と染め抜いた。
この異世界じゃ誰も読めねぇけど、俺の拘りだ。
待ちかねて行列を作っていた客が次々に注文を入れてくる。
ガキ共は二人がかりで、二個の寸胴鍋で次々と餃子を茹で始め、茹で上がった餃子を皿に盛りつけ客に出す。
タレは予め醤油とラー油、そして酢を混ぜてある。
なにせ、醤油が貴重品だからな。
ラー油と酢は現地素材で再現できたので、客の好みで好きに足してもらう。
そう、新しい料理メニューは餃子だ。
日本の餃子は焼き餃子が主だが、俺達の餃子屋台は茹で餃子を主役にした。
市場で白菜と食感も味も似た野菜を発見したので、キャベツでなく白菜と挽肉だ。
本場中国の餃子と全く同じだな。
大蒜と韮は入れなかった。
これは歓楽街で働く女達に接客の障害になると不評だったからだ。
作り置きした餃子が硬くなってきた場合は、焼き餃子にして出す。
手間が掛かるので、焼き餃子の値付けは割高にしたよ。
焼き餃子と言っても、半分は蒸し餃子だからな。
餃子屋台は、長い行列が直ぐに出来たが、最初に餃子を食べた客達は口を揃えて感嘆した。
「美味い!」
「これは癖になる料理だな」
「形は変わっているけど、美味いから許す」
「このもっちりとした食感と、中の肉と野菜がたまらん」
「この焼いた方も美味いぞ。焼いてカリとした食感と、もっちり感とで二度楽しめる」
こうして、俺達の異世界屋台三号の餃子屋台は、歓楽街の新たな名物料理の屋台となったのだった。