喧嘩という名の一方的な実験
ヴィクセンが闘技場に待機してから数分後、閑古鳥が鳴くほど静かだった観客席が、徐々に見物者が現れた。
「しまった……入場制限かけんの忘れてた。もう遅いか」
ヴィクセンが、魔闘技場に現れ、【サイト】闘技場を選択することは、これから喧嘩が始まるという意味合いにもなる。
それに吊られて、観客が現れることがあった為、入場制限をいつもかけていたが、今回は忘れたようだった。
「(まぁ、相手が相手だから仕方ないか)」
更には、実力テスト以外でイツキが参加する事は無い為、彼の実力の一端を見れるレアケースだからである。
観客の中には、それを目当てに上級生や彼の事を気に掛ける教員の姿もある。
「遅いな、一体何の準備をしている」
その呟きからしばらくすると、ヴィクセンの反対側に光の粒子が現れ、徐々に人の形を取った。
それは少し多めの白髪混じりの、目を隠し肩ほどの長さがある黒髪に、右腕全体に渡って巻かれた真っ白な包帯、いつも持ち歩いている白い柄の打刀を携えた、対戦者である、イツキの登場だ。
〝待たせたみたいだね〟
イツキは、腰の後ろに手を回し、そこにあるアイテムバッグの中に手を入れ、何やら水色の様な玉を取り出して、上に投げては遊んだりを繰り返した。
「ん? それは何だ? 見たところ、ミョウムシリーズの爆弾に近いが……」
ミョウムシリーズとは、冒険者の間で非常に人気が高い魔法道具のシリーズである。装飾品から使い捨ての武器までであり、武器に至っては初心者でも扱いやすく値段も安い。装飾品は、デザインの人気が高く効果も素晴らしい物ばかりである。中には200万エリルする物もある。
〝ご名答。これは本人からの依頼でね、『適当に被験体でも見繕って効果を試してきてくれ』と頼まれた物で、市場にはまだ出回ってないものさ。君はその実験台ね〟
「んなッ!?」
《対戦者が揃ったことにより、試合を開始します。両者のステータスを確認……完了しました。HpとMpを、【バトルボード】にロード……コンプリート》
ヴィクセン・オルフェグラン
Lv.32
HP:1157/1157
MP:287/287
AP:632/632
VS
イツキ・ハルヨミ
Lv.25
HP:847/847
MP:971/971
AP:1583/1583
バカな! このレベルでこのステータスは釣合わない! 一体どんな鍛え方をしてやがる!?
普通はHP500辺りが限度だ。なのにコイツは軽くそれを上回っている! しかも、MpとApが異常値すぎる!
観客の誰もが、イツキの異常に目を疑う。
クラスの人間は、特に一番「有り得ない!?」という反応だった。
これがあの落ち零れの強さである筈がない。誰もがそう思わざるを禁じ得ない。しかし、システムが反映するステータスは、異常でも起こらない限りは正常に映し出される。
教員は直ぐに、再度読み込みを行う要請を出したが、それが正常な数値である事を知る。
〝後二月ほどは隠したかったが、どうやら無理のようだな〟
「へッ! 実力を誤魔化してるとは感付いたが、これ程とはな! 面白いぜ!」
《両者、準備をして下さい……確認しました。カウントダウン5秒前。5……》
冷静に考えろ、俺。相手はたかがレベル25程度。ステータスの異常値は高くても、技術は俺が上! コイツが幾ら実力を誤魔化していようが、所詮は逃げ足程度しか鍛えてねぇ雑魚。
《4……》
ミョウムシリーズの『元素魔玉』は、相手によってダメージが変動し易い。使用者には影響されねぇ分威力も大したことはねぇ筈だ。
《3……》
何よりも、個数に限理があるが、無駄撃ちさせりゃ問題ねぇ。
《2……》
アドバンテージはこっちのもんだ!
《1……》
〝一つ忠告しておくよ〟
「なんだ? 惑わせようってか?」
〝まぁそんな所〟
《オープンコンバット》
〝アドバンテージがあると思っているようだけど……〟
ヴィクセンは、素早くイツキの周りを駆ける。およそ、あの体躯からは予想外の速さだ。
〝この試作品、侮らないことをオススメするよ〟
イツキは、彼が来る場所を予測し、そこに元素魔玉を投擲する。
「そんな小規模花火、この俺に通用する……!?」
ヴィクセンは、普通の範囲の爆発が来ると読んで、直ぐに後ろへ跳んだが、爆発した瞬間、冷気と爆風が広がり、有効範囲から外れることは無かった。
「うグッ! つめてッ! 足が動かねえ!?」
爆心地には、尖った氷柱の塊があり、ヴィクセンの右足を捉えていた。
〝な? 言ったろ? このミョウムから頼まれた実験用の元素魔玉はな、どれだけの魔力を注ぎ込んだら威力が上がるかの検証だったが、範囲が広がるのは全く以って予想外だ〟
「何だと!? そんな事やったら、内包されている魔力核が暴発するぞ!」
魔力核とは、主に魔道具などに組み込まれ、魔力を用いずに魔法効果を発生させる。常に魔力を宿している為、魔力を注ぎ込む必要がない。
しかし、魔力を注ぎ込むと暴発する危険性も持ち合わせている。威力と規模は、使用した魔力核によって異なる。
〝元素魔玉の魔法効果は元素魔術。物理的な要因で発生させる魔術だ。物理魔法とも呼ばれているな。今ではめっきり数が少ないが、魔法防御が通じない点では強大だな。最も恐ろしいのは低コスト。どれだけ高威力でも、消費Mpが少ない。【バトルボード】を見な〟
ヴィクセンは話の合間に、氷から足を開放し、【バトルボード】に注目した。
「なっ!? あんだけの威力で、消費MPがたったの3だと!」
ヴィクセン・オルフェグラン
Lv.32
HP:892/1157
MP:287/287
AP:632/632
イツキ・ハルヨミ
Lv.25
HP:847/847
MP:968/971
AP:1583/1583
観客も、その凄まじい脅威を目の当たりにし、騒然となる。
イツキは、お構いなしに説明を続ける。
〝ミョウムは考えた。元素魔術は物理的で、物理耐性のある魔物には効果が少ない事を。それを補うためにはどうすれば良いか。研究に研究を重ねた結果、魔力核に魔力を注がず、完全な魔法効果を生み出す方法を発見した〟
「……お前、マジで何もんだよ。なんでそんな奴とパイプ持ってやがる」
〝それは彼の為にも、言えないな。手持ちにはあと九個有る。凌げるかな?〟
「上等だ! 食らいやがれ、『スマッシュキック』!」
◆
「上等だ! 食らいやがれ、『スマッシュキック』!」
やっぱ単調だな。にしても、基本的な技とは言え、威力が並じゃない。まともに食らったら少し危ねえな。
冷静にヴィクセンの『スマッシュキック』を目で捉え、分析したイツキは、体を少し捻り、紙一重で躱す。
が、今度はすれ違いざまに、ヴィクセンの闘気を込めた拳、『スマッシュフィスト』が横に来る。
しかし、イツキは腕を蹴り上げ、軌道をずらして対処した。
基本技とは言え、闘気を用いた技は危険だな。しかも連続で来るとは。
「今のは流石に当たると思ったんだが、そうは行かねぇ見てぇだな」
〝ただの二段攻撃が効くと思わないでくれ。単調過ぎて丸分かりだ〟
さて今度はどの位の魔力を込めようか。先ずは20位は保ってもらおうか。
適当に取り出した元素魔玉に魔力を込め、投擲する。
投げたのは、暴風魔玉だった。
ヤバイと思い、更に距離を取った。次からは確認しようか。
俺が投擲した位置を中心に、竜巻が発生した。
「(うおッ! 予想以上の吸引力だな! ここまで距離を取らなかったら確実に巻き込まれて、笑えない事になるな。 さて、あいつはどうなった?)」
俺は踏ん張りながらも、被験体を見る。
おいおい、マジかよ。限界ではないとは言え、あれだけの暴風を踏ん張っているのか。
ヴィクセンは、這い蹲りながらも耐えていた。がしかし、徐々に引き摺られる様にして竜巻に引き寄せられる。
俺の目には、格好の的でしかなかった。
俺はミョウムシリーズの初期、火花魔玉を投げつける。歪んだ、悪どい笑みを浮かべて。
「てっメェーーー! 何しやがる!!」
小規模爆発がヴィクセンを襲い、体を浮かせた。それにより、竜巻の方へ完全に引き込まれる事になる。
竜巻に吸い込まれながら、こちらに怨嗟を飛ばす様子は非常に面白い。
だが、これだけでは終わらないのが俺である。
バッグから、墳炎魔玉を取り出し、今度は55p程魔力を注ぎ込む。
ヴィクセンが、完全に吸い込まれたのを確認すると、竜巻に向かて魔玉を投げる。
墳炎魔玉は、竜巻内部で爆発し、竜巻を揺らしたが爆風で更に上へと伸びた。それは宛ら、天に昇る火龍の様だった。
よし、実験は成功だ。爆炎昇龍旋風と名付けて置こうか。にしても凄いな。ネーミングセンスの悪さに反して、低コスト過ぎて恐ろしい。
「あ゛ああああああぁ……!! ガフッ!」
爆炎昇龍旋風から開放されたヴィクセンは、落下による追突ダメージも負う。
現在のステータスはこうだ。
ヴィクセン・オルフェグラン
Lv.32
HP:106/1157
MP:287/287
AP:592/632
イツキ・ハルヨミ
Lv.25
HP:847/847
MP:913/971
AP:1583/1583
APが減ってるな。何かしたな?
「はぁ……はぁ……魔攻抵抗が無かったら、確実に終わってたぜ」
〝勝手に死んで貰っては困るな、まだまだ実験台になって貰う〟
「てんメェッ、喧嘩を何だと思っていやがる!」
〝非生産的闘争。遠慮なく盾にでき、ストレス発散の口実。見せしめに骨も折れる〟
これが俺の、喧嘩に対する価値観だった。