死神の嘘
八角形の庭に、その中央には白い壁と、青の屋根など建物がある。
その建物、名を【オルフェーヴィッグ学園】。
誇り、富、名声、力……その他諸々を求める若き者が通う学園である。
その講習分野は、多岐に渡り、大きく分けて四つある。
先ずは代表的と言ってもいいほど、メジャーで多くの人間が属す【戦士部門】。
その名の通り、戦うことを目的とした術や魔術、知識などを専門として修学するクラスである。
次いで【研究部門】。ありとあらゆる全てを研究する部門。
比較的自由で、様々な魔法を開発したり、魔物の研究や神話の証明などを行う。
因みに、ここに居るのはほぼ変わり者ばかりだ……。
創ることが何よりも楽しい職人が育てられる【生産部門】。
言うまでもなく、あらゆる物を生み出す部。それこそ、農産物や武具といったものまで何でも。
偶に研究部門と共同開発で魔道具を作ることがある。
最後に【商業部門】。
モノの取り扱いや算術、経済の流れと言ったモノや、物流の基本を学び、職業体験と言った機会もある。
俺はここに通う、戦士部門『弐学五階級』所属の、イツキ・ハルヨミは、教室の最後列窓側という特等席でノートを真面目にとっていた。
ここでの俺は、【死神の嘘】と呼ばれている。
バッサリ言ってしまえば、嫌われ者の落ちこぼれ。更に、五階級なんて落ちこぼれクラスと言うおまけ付だ。
理由無しかつ無条件で、雑言罵倒悪戯三拍子を超えて、殴打落書き器物破損の類を数ヶ月経験した。今では、それは存在無視と変化している。当然一部を除いてな。
そんな俺にも、夢があった。
過去形なのは、今は変質して、目標が変わったからだ。
最初に、ここへ入学したのは、【大切な仲間を、手に届く範囲でも良いから、手遅れになるまで救う事】だった。
俺はその、中心目標である【手遅れになるまで救う事】の手段を増やすべく、力と経験、知識を手にする一心だった。
当然、何度も壁が立ちはだかり、夜空を握る程挫折を味わった。
しかし、俺には護るべき仲間が、俺を支えて、壁の向こうに押し出してくれた。俺は挫折する事に、楽しみを覚えるようになった。皆の手が、堪らなく嬉しかった。
そして、宝物だったそれが、いつしか裏切りへと変わった。それ以来俺は、人間を信頼する事全てに絶望した……。
「以上、板書はここまでだ。各自来月の試験へ向けて励むよう」
いつも通り、先生の授業終了の合図で授業が終わった。
俺はバッグに道具を詰め、急ぎ足で教室を出た。
「おい、待てよ嘘つき野郎」
ッチ……また面倒くさいやつかよ。と俺は無表情でそいつを睨む。
俺の言う、一部例外とは、このように絡んでくる奴である。
そいつは赤いバンダナを額に巻いて、茶色い髪を上に押し上げている。ガタイも良く、精悍な顔に鋭い目つきである。
最も、もう見飽きた姿としか言いようがない。そもそもが、興味すら無いので、名前なんぞ覚えてもない。ほぼ毎日、こと有る毎に絡んでくるからだ。
今まで行われていた虐めの殆どは、興味を失せさせるように仕組んだり、飽きさせたり、暴力からある程度抵抗して逃走を繰り返してやり過ごしてきた。
しかし、こいつは暴力派で、執拗に俺に絡んでくるからウザい。何度本気で殺そうかと思った事やら。今でも、必死で殺気を抑えるのに苦労している。
〝またお前か、飽きもせずよく続けられるな。呆れを通り越して一種の才能を感じるまでである〟
「んだとゴルァ!? テメェ、誰に向かって口をきいてやがる、ァアッ!!」
〝知らん。そもそもが、興味の無い奴の名前を覚えること自体が理解出来ん。覚えるとしたら、余程の物好きか暇人だ。そうだな、喩えるならばお前のような奴だろう〟
「……魔闘技場に来い。今度こそブッ殺してやる!!」
やれやれ、沸点の低い奴だ。ヘリウムでも、体内に蓄積しているんじゃないのか?
割りと本気で思った事だ。ヘリウムは、沸点が低くい。性質上にな。
よし、こいつは今日から液体ヘリウムと呼ぶことにしよう。
〝やれるもんならやってみやがれ、液体ヘリウム〟
「一々“念話”で馬鹿にしやがって! このクチナシが!」
〝お前の目は飾りか? 口こそ使ってないが、意思疎通は出来ているだろう〟
念話を使っているのは、単に無駄が少なく、尚且つ正確で、特定の人間と会話が出来るからである。
別に、俺は喋れないからではない。本来、喋れない人間が用いるアビリティだが、俺は無駄がない素晴らしさと、労力を伴わない事を理由に使っている。
〝液体ヘリウム、喧嘩を受けてやる代わりに、利益を要求する。それが出来ないなら話は無しだ〟
「ッケ、やっと受ける気になったかよ。今まで実力テストで手ェ抜きやがって! 今日こそテメェの化けの皮を剥がしてやる! その要求受けてやる。ただし、俺が勝ったら実力を誤魔化すことを認めねぇ! それと、俺の名前はヴィクセン・オルフェグランだ。覚えておけ」
〝興味を惹く要素が有ればな〟
「本気でムカつく野郎だぜ。死神のロージィ」
ヴィクセンは、乱暴に扉を開いたまま去っていった。
物に八つ当たりすんなや、単細胞め。だがそれで良い、誘導が楽で助かった。コイツが手出し出来なくなったら、俺は何者にも危害を加えられる事なく、無視されるだけで済む。まさに俺の自由が達成される。
俺は内心、浮かれながらも、何処か心に違和感を覚えた。
今の俺には、知りようもないが、必要も無いだろう。
さてっと、今までの鬱憤を晴らすべく、入念に準備をしよう。
◆
クソっ! 本当にムカつく野郎だ。 碌に喋りもしねぇし、毎日顔合わせてんのに名前すら碌に覚えやしねぇ。オマケに興味がねぇだけで、俺をゴミでも見るような目で見やがって!
ヴィクセンは、誰もが目をそらす程、怒りに染まった形相をしながら廊下を歩いていた。途中、何度か誰かにぶつかったが、無視ないしは睨んだりした。
そんな事もありながら、目的の場所の前に着いた。
プレートを確認し、扉の側にある機器の前に立ち、ポケットからカードを取り出した。
これはステータスカードと呼ばれ、この学園の生徒証明証であり、実績を表すカードである。同様に、ギルドカードと呼ばれる物も有り、何処のギルドに所属しているかを証明するものもある。
機能としては、実績証明の他に、自身の強さを表す事も出来、システムウィンドウと呼ばれる。
ヴィクセンは、カードを機器に差し込み、ピピッ! と音が鳴ると、扉が開いた。
扉を潜ると、そこには学校のグランドに似た広場がある。そこでは、この学校の生徒が素振りをしたり、的を射る、もしくは銃で撃ち抜く、魔法の練習をする者が居る。
この広場は魔闘技場と呼ばれ、生徒や教師が戦闘訓練場として使用される場だ。
入り口付近には、またもや機器があり横一列に並んでいる。異なる点が有るとすれば、天井と機器の間に、時折薄く緑色に光る透明な壁がある。
この機器はサイトゲートと言い、広場と入り口の場所を遮るのはエナジーウォールと呼ばれる。
機器にカードを差すことによって、ゲートが開く。このゲート内は特殊な結界が張られていて、この中で戦闘不能、もしくは死亡が確認されれば、光の粒子となって、休憩所に転送される。なので、死ぬ事はない。
原理としては、人体をデータ化し、結界内で再現する仕組みだ。なので、ゲーム感覚で利用できる。
「【サイト】は……闘技場にするか」
機器にカードを差し込み、透明なウィンドウが発生した。ウィンドウには、【サイト】と呼ばれる戦闘場所を指定できる。
『【サイト】、闘技場を選択しました。ロードします。ロード完了、ヴィクセン・オルフェグランをデータ変換します。……コンプリート』
ヴィクセンは光の粒子となり、一瞬にしてその場から消えた。
次に、彼の目に広がるのは、広大なステージと、空が見える観客席だった。
「……どうしてアイツは、実力を誤魔化すんだ? 一体何の理由がある。実力さえ示せば、あんな状況にならねぇ筈なのに」
アイツは嘘が非常に上手い。最初の実力テストで完全に騙された。俺はさも当然とばかりに誇っていたが、回数を重ねる毎に、アイツは全然余裕だった事が分かる。
俺はそこに腹を立てるようになり、いつもアイツに喧嘩を売るようになった。
休み時間を狙って、突然殴り掛かったがあしらわれ、不意打ちをすれば、まるで分かっていたかの様に避ける。何れも、相手にしてくれなかった。
が、一回だけいつも通り喧嘩を売った時、俺はそいつから明確な殺意を以って睨まれた事がある。
アイツが、研究と称している小物作りの時に、机をぶっ叩いたら作りかけのものが落ちた。オマケに罅までも入った。
俺は内心、悪いと思いそれを拾おうとしたが、辺りが凍りついたような空気を感じた。
全く動けなかった。アイツの視線が、俺の動きを止めている。呼吸さえも忘れる程。
「(どうした俺!? 動けよ!)」
そん時は、マジで焦った。突然動けなくなり、呼吸すらままならなかったからな。
俺が必死になっていると、アイツが手を伸ばしてきた。俺はその手の軌道がなんとなく分かり、【首】を絞めようとしている事を理解してしまった。
俺はもうダメだと、死を覚悟したが、チャイムが鳴って動けるようになった。
開放され、安心した時、アイツは落ちた小物を、何事もなかった様に拾った。
そして……
〝次、喧嘩売った時に後悔させてやる。殺してやる、ただ死ねると思うなよ〟
念話によって伝えられた、【死刑宣告】だった。