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転生ヒロインの使命は、悪役お姉さまを守ることです!  作者: 鳴田るな
承:四天王制圧編~vsモナモリス
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幕間 あなたは誰 前編

 夕方、と言うよりも夜と言った方が正しいかもしれない。一日の業務を終えて戻ってきたスフェリアーダが自室から出て行こうとすると、メイドが控えめながら声をかけてくる。


「侍女長様、どこにいらっしゃるのです」


 彼女は立ち止まると微笑んだ。


「このまま少しだけ歩いてくるわ」


 彼女付きのメイドは二人。正確にはもっといるが、彼女が一定以上の信頼を向けていて、最も接する機会が多いがこの二人だった。


 主の性格を反映しているのか、どちらも物静かと言うか口数の少ない方である。


 一人は先天的に耳が悪く、普段から身振り手振りでやり取りをしている。喋れないこともないのだが、滅多なことがなければ口を開かない。ここに放り込まれた当初、居場所を確保するために起こした(主に鼻っ柱の高いお嬢様方の自信を片っ端から折っていった)一連の騒動で、なぜかスフェリに大層懐いたらしい。

 彼女は先んじて相手の意を汲み何かすると言ったことはあまりないが、主に言われたことは絶対に完遂しようとする優秀な部下、と言うか忠犬気質の持ち主らしい。おそらく色々と苦労を重ねてきたのだろう。身体は細いし、手は年季の入ったあかぎれでいっぱいだった。嫌な事があっても文句を言わずふてくされることもなく、淡々とこつこつと努力を重ねている姿が好ましいとスフェリは思っている。


 今声をかけてきたのはそちらではないもう一人の方だ。スフェリについているメイドたちを束ねている身でもある。

 こちらはスフェリが何かしたい、と思うと即座にフォローしてくれるようなタイプだった。たとえば寒くなってきたなと思っていると、「上着をお持ちいたしましょうか」と聞いてくる。最初は何かする前に常に声をかけてきていたが、付き合いが長くなってきている最近は必要な時のみ尋ねるようになっている。


「今日はもうお休みになられた方がよろしいかと。まだ本調子でないでしょうし」


 倒れる前までは二人とも自分の領分をわきまえ、こちらの自由にさせてくれて一切文句を言ってこなかったが、あれ以来メイド長の方は彼女の体調に関してうるさくなった。少し無理をしようとすると途端にこれだ。自分たちが世話を任されておきながら、と責任を感じているのだろう。


「ちょっとした気分転換よ。すぐ戻ってくるからお供もなくていいわ」


 止められないと悟ると付き従おうとした相手の動きを制すると、片方はそれなりに渋い顔を、もう片方は心配そうな顔をしている。スフェリアーダは苦笑した。


「……たぶんね。どうせついてきてもらっても、すぐに人払いすることになると思うの」

「では少しだけお待ちください。お支度を整えます」


 とたんにメイド長が何か察知した顔になった。てきぱきと主人を椅子に座らせてしまうと、衣服や髪型の点検を始めている。もう一人も指示されて慌てて部屋のあちこちを走り回っている。化粧まで直されたあたりで、さすがにスフェリはため息をついた。


「……何か勘違いしているのではなくて? ちょっと出てくるだけって言ったでしょう」

「ええ、ええ。わかっておりますとも」


 一度ほどいて結わきなおしているメイド長の憮然とした……いや、真面目にしようとしていてどこか浮かれているような調子の入った言葉に、ますます深く息を吐く。メイドたちが髪飾りを並べてやけに真剣に選んでいるのを横に、もう好きにしてくれと肩の力を抜いたのだった。






 周囲を見渡して廊下に人気がない事を確認してから、そっと見慣れた扉の内側に身体を滑り込ませると、笑い交じりの声がかかった。


「よう、気合い入れて夜の散歩か。昼間と飾りが違う」


 予想通り男はこの部屋にいた。後宮からそう遠くないが、離れているわけでもない場所。窓枠に腰かけて、月を見ながら晩酌とでも洒落込んでいたらしい。いいご身分だ。実際国王だが。

 室内は明かりが一つしか灯っていなくて暗いのに、窓際にいて部屋の反対側、入口の人間の様子を一目で見破り指摘してくる。実に憎たらしい。わずかにムッとした表情で相手を睨みつけてから、スフェリはふいっと横を向いた。


「わたくしのせいじゃありません。メイドたちが勝手に弄ったんですわ」

「……へえ。あ、そゆこと。ふうん、やるなあ……」


 ほんのわずかに顎に手をやってぶつぶつつぶやいてから、男は再びこちらに顔を向ける。


「まあ、似合ってていいと思うよ」

「わたくしか、わたくしのメイドが選んだものですから当然です」

「それはもっと本気出して口説けってことなのかな」

「想像するだけでぞっとしますわね」

「はいはい」


 からかうように向けられる言葉をぴしゃぴしゃ叩き落としていると、窓枠に行儀悪く座っていたリオスは急にふっと表情を綻ばせた。


「休みを出した甲斐があったかな。血色もかなり良くなったし、調子出てきたみたいじゃん。やっぱ憎まれ口叩いてるぐらいでないと」


 彼女は注意深く男の顔を見つめながら、そっと唇を震わせる。


「……可愛くないと、思ってらっしゃるのでしょう?」

「え、何。それって重要なこと?」


 男は笑っている。表情を総合して言うのなら。


 目を伏せて、スフェリアーダは話題を変えた。


「ところでわたくしの記憶が正しければ、今国王陛下はハーデビー卿と楽しい団欒のお時間だったはずですが」

「だってあいつめんどくさいんだもん、ネチネチと」

「随分とお暇でいらっしゃること。これで何度目のご政務放棄ですか」

「数えてないよ、そんなの。それと放棄じゃない、信頼して任せてるの。うちの国臣下が優秀だから問題ないよ」

「さて、現場にはどれ程の不満が溜まっていることやら。使えないと判断された頭の末路は悲惨ですよ」

「トカゲの尻尾切りならぬ頭切りか? またの名をクーデターってところかな。切るなら切ればいいさ。ただで切られてやるつもりはないけど」

「……まあ」


 部屋は広すぎると言う事もないが、使用人たちの使っている倉庫や物置のように狭いという事もない。彼は月明かりの差す窓枠に腰かけ、彼女は入り口から少し入ったところでそばの椅子につくこともなく立ったまま話している。彼は大体笑い顔を浮かべていたが、今日の彼女はずいぶんと笑顔が大人しい。それよりも部屋に入ってきたからじっと注意深く、相手の観察を続けている。


オレが無能な方が、むしろお前は助かるんじゃないのか」

「程度と種類にもよるかと」

「過ぎたるはなんとやらか。まあ馬鹿が過ぎると賢い人には想像もつかないようなアホな行動取られたりするしな。……で? オレはやっぱり、お前の嫌いな馬鹿なのかな」

「……質問の意図を測りかねますわ」


 彼女は少し間を置いてからそう答えた。リオスはわずかに目を見開く。


「へえ。……じゃあ、いいよ、別に」

「……なんなんですの?」

「いーやー?」


 男は一度咳払いしてからふっと真面目な顔になる。彼女も意識的か無意識にか、合わせるようにますますピンと姿勢を正した。


「さっきの言葉。ついでだから少し反論しておこうか。頭は大事だ、もちろん。頭がなければ統率がとれない有象無象だろうからな。だが、頭でっかちが過ぎるのも考え物だぞ。言ってる意味わかるよな。溜めこみ過ぎなんだよお前は。これを機にもっと他人を頼れ」


 ビシッと指を――いや、杯を向けられてスフェリは今夜何度目かのため息をつく。


「……もう散々、言われました」

オレに言われずともってか。……不服か?」

「放っておいてほしいです」


 どこか投げやりな返答に、リオスはすっと目を細める。


「……お前が良くても、周囲は困るかもしれない」

「……」

「何も思わないのか。最初は対立もあったみたいだが、侍女たちは口々にお前がいると頼もしい、いないと何か足りないと言う。メイドたちだって懐いてる。文官の友人だっているだろう。……そのすべてが、お前にとってどうでもいいものなのか。お前のことも――」


 視線を逸らしたスフェリの黒い瞳がテーブル上の灯りを反射してゆらゆらと揺れている。


「ひょっとしたら、アデラリードのことさえも」


 長い長い沈黙だった。リオスは少しだけ彫像のような横顔を見つめていたが、すぐに一人晩酌に戻る。彼女は答えないだろうと思っていた。今まで通りに。


「リオス様。陛下。リオスドレイク」


 だから不意に沈黙が小さなつぶやきに、それも自分の名前を呼ぶ声で破られた時、彼は一瞬だけむせそうになる。


「……やっぱり違うわ。何かが」


 バッと振り向くと、ゆっくりと伏せられていた視線が、瞼が上がった。

 二つの黒い宝石が、静かに静かに彼を射抜く。見たことのない表情だった。警戒はしているが――どうやら彼女はひどく戸惑っている。


「あなたは一体、どなたなのですか。リオス様の顔をした、別の誰か――さん?」


 その言葉の意味を理解するのと、答えに詰まるのとで、今度は彼が完全に沈黙することになった。

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